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私とジョセフ殿下が出会ったのは彼の八歳の誕生日を祝ったお茶会だと思っていた。だが彼は違うという。これには「ええっ、そうなのですか!?」と驚くことになる。
「どこでいつお会いしたのですか……?」
すると殿下はチラッと近衛騎士を見た。
これは「話を聞かないで欲しい」の合図なので、近衛騎士たちは私たちを見ることができ、すぐに駆け付けられるが、今より少し距離を取ってくれる。
さらにマリエットと従者を見ると、二人はまさに紅茶を淹れている最中。今すぐここに戻ってくることはない。
それが分かるとジョセフ殿下は安心した様子で私を見る。
「毎週日曜は礼拝ですよね」
「そうですね」
「そこで会いました」
「あっ……なるほど。そこで偶然、私を見かけ、殿下は……」
「ただ見かけてその愛らしい姿に恋をした……そんなわけではありません」
「……そうなのですか!? つまり殿下と私は会話した……ということです……?」
半信半疑で尋ねてしまうのは私自身、そんな記憶がないからだ。
だって彼はこの世界のヒーロー。幼い頃に会ったとしても、ヒーローとしてのオーラがあったはず。
見逃すなんて……あるのかしら?
そう考え込む私にジョセフ殿下が教えてくれる。
「会話らしい会話ではなかったですが、フィッツロイ公爵令嬢は困り切った僕の前に現れ、助けてくれました」
「助けた……」
呟きながら、私は必死に思い出す。
幼い頃、私が誰かを助けた。その頃は、みんなから嫌われる悪役令嬢を目指し、人助けどころではなかったと思う。
でも助けた。幼いジョセフ殿下を。
そこで雷に撃たれたように閃いてしまう。
「お待たせいたしました! 紅茶をご用意出来ました!」
マリエットと従者が戻って来た。
◇
休憩を終え、走り出した馬車の中で、私は衝撃の事実に直面していた。
まさかあの時の金髪の癖毛に碧眼の天使みたいな男児がジョセフ殿下だったなんて……!
初めて参加した日曜の礼拝。そこで私は一人で人目を避けるようにしている美しい男児に出会った。彼は……おもらしをしてしまい、父の元に戻れず、困っていた。
いくら悪役令嬢を目指していても、私は根っからの悪人ではない。しかもおもらしなんて、子どもだったら一度や二度、やらかしてしまうもの。そのピンチを助けたいと、周囲の注目を自分に集め、その間に少年が父の元へ戻れるようにしたのだけど……。
その男児がジョセフ殿下だったなんて!
今のジョセフ殿下は癖毛ではない。でも髪質なんて成長と共に変わるもの。さらにその後、誕生日のお茶会で再会するまでの間にジョセフ殿下はぐんと成長していた。
もしかするとおもらしの一件を経て、彼は自身の成長を早めた可能性がある。もう二度とおもらしなんてすまいと思い、またキャロラインに気に入られたいと努力した……そう思えてしまう。
いずれであれ、ともかくあの時に助けられたことで彼は……どっぷりキャロラインを愛してしまった。
たかが一度、おもらしでピンチを助けたぐらいで好きになるものなの?
そう思ったが自分が逆の立場だったとしたら……。
絶体絶命のピンチで、誰かに助けを求めたいのに、それができない。そんな風に困っていることに気づいてくれる大人もいないとする。そこに突然現れ、救いの手を差し伸べてくれたら……。
その相手は天使みたいに見えるだろう。まさに地獄から天国へ連れ出してくれたことで、感情は絶望から感動へと大きく揺れ動きもする。強烈に記憶へと刻まれ、助けてくれた相手に想いが募ったとしても……。
ああ、そうだったのか。ジョセフ殿下は幼い頃の出来事から、鮮烈にキャロラインのことを記憶してしまった。もうこれは子鴨が最初に見た動く対象を親と認識し、一度そう記憶すると生涯変わらないものに似ている気がする。
いや、でもジョセフ殿下は人間なのだし、一度好きになったからと、その気持ちが変わらないわけがない。
しかし、事実ヒロインと会っているのに恋に落ちていなかった。
えっ、これってヒロインとヒーローが結ばれ、悪役令嬢キャロラインが婚約解消され身投げエンドの展開ではなくなったということ?
それが本当なら実に喜ばしいことである。家族も推しも復讐に燃え、命を落とすことはなくなるのだから。
でもそれでいいの……?
ヒロインはどうなるの? この世界に転生した意味は?
ヒーローとヒロインが正しく結ばれなくて、この世界は維持されるの……?
「お嬢様、どうされましたか? もしや酔いましたか?」
「ううん、違うわ、マリエット。大丈夫よ」
どうやら自分が死なないで済む未来が見えたと思ったが、それは……とんでもない状況であると分かり、私はどうしたものかと頭を抱え込む事態になっていた。
◇
公爵邸まで私を送り届けたジョセフ殿下は最後まで上機嫌だった。
ヒロインのドジで黒カラントの果実水を浴びせられ、半裸を見られ、かなりご立腹だったが、そんな片鱗はどこにも感じられない。
ご機嫌で公爵邸を後にするジョセフ殿下を見送る両親は「何だか今回の外出で二人の仲が深まったようね」と安堵している。さらにこの日を境にジョセフ殿下はキャロラインへの好意を積極的に人前で示すようになってしまうのだ。
周囲の人間はジョセフ殿下が完全に私にお熱であると思っている。
どう考えてもこのジョセフ殿下がヒロインと恋に落ちる姿が想像できなくなってしまった……。
このままではよくないと思うものの、どうやってジョセフ殿下とヒロインの接点を作ればいいのか。前世で読んでいた小説の内容を必死に思い出す。
確かスタッドファームでばったり再会した二人はボート遊びを約束するのだったわ!
そこで私は週に一回のお茶会の席でジョセフ殿下をボート遊びに誘うことになる。
「……勿論です! 宮殿の敷地内に水遊びもできる池があるので、そちらで二人きりでボートを楽しみましょう!」
スタッドファームは誕生日プレゼントのおねだりだった。でも今回は完全にデートのお誘い。ジョセフ殿下は興奮を抑えきれない表情になっている。
違う。そんなに喜ばないでください、ジョセフ殿下……!
私はデートのお誘いをしているのに苦悶の表情でジョセフ殿下に告げる。
「宮殿の敷地内ではなく、王立公園に行きたいです」
「いいですよ。では日付が決まったら貸し切りに……」
「王立公園は王都民の憩いの場です。そんな貸し切りなどにせず、普通に楽しみたいのですが……」
「分かりました。フィッツロイ公爵令嬢が望む形でデートしましょう!」
ジョセフ殿下が「デート」と言うのを聞くと眩暈がしてしまう。
違う、これはデートではなく、ヒロインとジョセフ殿下の仲が深まるためのイベント……!
ジョセフ殿下とのボートデートの約束を取り付けると、私はマリエットに協力を仰ぎ、差出人不明でヒロインへ手紙を届けてもらうことにした。そこにはジョセフ殿下とボートでデートをする日時を記載してある。そして自分は密かにヒロインと殿下との恋を応援していると分かるように、ライラックの花を添えた。
ヒロインは間違いなくジョセフ殿下に恋しているわ。この手紙と花言葉で自分の恋を応援する人がいると分かり、行動するに違いない。というか今の状況なら、ヒロインとしては渡りに船の知らせになるはず。何しろ男爵令嬢と王族では接点はゼロにも近いのだから……。
かくしてスタッドファームのリベンジで、ボートでジョセフ殿下とヒロインが親しくなる作戦を決行することにした。
お読みいただき、ありがとうございます!
ヒーローとヒロインをくっつけるため
必死のキャロラインですが……
続きは明日の夜頃公開予定です!
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