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ヒロインはフォーリー男爵家で侍女になっているはずだったが、今は黒のドレスに白のエプロンでメイドの装いをしていた。
元の世界では給仕はフットマンが行うけれど、この世界では女性も給仕を担当するのが当たり前。よってヒロインがメイド姿で給仕していること、それは別に変なことではない。
私が読んだ小説ではメイドではなく、侍女だったのだけど……。もしかすると最初はメイドからスタートして、仕事を覚えて侍女になったのかも……?
そこの設定の違いは少し気になるが、それよりもこっち!
メイド姿だからか。しかも髪は、おさげにして後頭部でまとめている。ヒロインは舞踏会とは全然見た目が違っていた。
だからジョセフ殿下はヒロインを見ても舞踏会で出会ったあの令嬢であるとは……全く気づいていない。一方のヒロインはすぐにジョセフ殿下に気づき、トングでパンを掴む手の動きが一瞬止まっている。
止まっていたが、慌てて手を動かしたその時。
「あっ」
「!」
ヒロインと共に登場し、果実水が入ったピッチャーを手に、フットマンの男性が動いていた。その彼にヒロインの肘がぶつかり……。
ピッチャーに入っていたのはワインに見立てた黒カラントの果実水。そう、カシス!
前回に続き、今回もジョセフ殿下は……カシスを浴びることになった。
「「大変申し訳ありません!」」
ヒロインとフットマンが声を揃えて頭を下げ、フォーリー男爵夫妻は「モーリス!」「すぐに殿下にタオルを!」と同時に叫んだ。
◇
この世界のヒーローなのに二回もカシスを浴びるなんて……。
そこはジョセフ殿下に同情してしまう。
悪役令嬢ものでは、ヒロインへの嫌がらせが定番展開。ヒロインが紅茶やシチューを浴びせられる描写はあるが、まさかヒーローがこんな目に遭うなんて。
ジョセフ殿下は近衛騎士とフォーリー男爵の案内で宿泊もできる建物へと向かう。
「殿下、本当に申し訳ありません! すぐにお湯を用意させますので!」
フォーリー男爵の平謝りする大声が聞こえる。一方のフォーリー男爵夫人は、フットマンに「あなたはベテランでしょう! ちゃんと周囲を見なきゃダメじゃないの!」と叱責し、ヒロインに対しては……。
「いいのよ、マーイ。あなたは悪くないわ。本当は給仕はサラにやってもらうつもりだったのに、手を怪我してしまったから……。あなたは給仕に慣れていないのに、代わりを申し出てくれた。殿下には私たちがきちんと謝罪しておくから大丈夫よ」
この声がけを聞いて、私は「なるほど」だった。
サラという給仕を担当するメイドは別にいたが、怪我により代わりが必要になったと。しかもそれは私たちが到着する直前だったのではないか。代わりの人間を手配するにも、このスタッドファームの敷地は広い。代わりのメイドを呼び出すにも時間がなく、急遽ヒロインが代役を務めることになったようだ。
私の知るストーリーにこんな展開はないが、そもそも舞踏会でヒロインとジョセフ殿下は出会いはしたが、その仲は一切深まっていない。ゆえにこの急な展開も、既にイレギュラーで物語が進んでいるので、おかしなことでは……ないのだろう。
何よりもサラの代わりがすぐに手配できないなんて、ご都合展開に思えるけど……。
そこで私はハッとする。
そうよ。これはこの世界が作り出したご都合展開なのだわ! ヒロインとヒーローが正しく知り合っていない。それは由々しき事態。二人の距離が縮まるように発生したイベントのようなもの。
そう考えるとジョセフ殿下は今、湯浴みをして着替えをすることになる。
それはつまり……。
しばし考え、私は合点が行く。
これっていわゆるドキッとイベントが発生しやすいタイミングでは!?
上半身裸のヒーローをうっかりヒロインが目撃し、赤面する。ヒーローは初心な反応のヒロインに胸キュンしてしまう……とか!
もしそうであるならば、ヒロインはここでフォーリー男爵夫人に慰めてもらっている場合ではない。今すぐジョセフ殿下が湯浴みしている場へ向かう必要がある。
でも一体どんな理由でヒロインが、ヒーローが湯浴みしている場へ向かうの!?
元の世界だったら、一つ屋根の下、まさか入浴していると思わず、洗面所の扉を開けるとそこに上半身裸のヒーローがいる……なんてあるある展開だ。でもここはそういう世界ではない。
というかジョセフ殿下が無防備になるのにそのそばに近衛騎士がいないわけがないのでは!? 浴室はがっちり近衛騎士にガードされており、ヒロインが付け入る隙は……ないだろう。
そうなるとドキッとイベントは発生しないということ??
まさにそう思った所でサラの代わりで呼ばれていたらしい給仕の女性が数名こちらへとやって来る。ヒロインは彼女たちとバトンタッチし、本人はジョセフ殿下が湯浴みに向かった建物へと入っていく。
「フィッツロイ公爵令嬢、驚かせてしまい、申し訳ございません。殿下が戻るまでの間、よかったらお料理を召し上がってくださいませ。馬も間もなく登場するので、ご覧いただければ幸いです」
なんとかこの場を収めようとするフォーリー男爵夫人を困らせるのは申し訳ない。
そこで私は大人しく着席して、出された昼食を摂り、姿を現した馬を眺めることになった。
◇
湯浴みをしてサッパリした姿で戻って来たジョセフ殿下は、髪は少ししっとり、白の開襟シャツにグレーのジャケットに白のズボン、黒革のロングブーツでさすがこの世界のヒーロー。急遽用意された乗馬服もちゃんと着こなしている。
身だしなみはほぼ完璧だが、その表情は何だか不穏。
「殿下、大丈夫ですか?」
「……果実水がかかったのは事故みたいなものです。仕方ありません。ですが浴室でまさかあのメイドと鉢合わせるなんて……」
これには「えっ、ドキッとイベント発生したんですね!」と言いたくなるのを堪えて、何が起きたのか聞くことになる。
「……なるほど。慌てて入浴の準備を整えたため、タオルの準備が間に合っていなかったと。従者は着替えを受け取りに行き、廊下で近衛騎士は待機していたものの、基本的に彼らは持ち場を動かない。そうしないと敵の襲撃に備えられないのは事実。その結果、先程殿下に果実水を浴びせるきっかけを作ったメイドがタオルを浴室に置きに来て、そのタイミングで殿下は浴室を出たと……」
私が聞いた内容を要約すると、ジョセフ殿下は慌てて付け加える。
「ちゃんと腰にリネンタオル巻いていました! 大切な場所は見られていません! 僕の全てはフィッツロイ公爵令嬢に捧げるのですから!」
動揺したジョセフ殿下が変なことを言い出し、近衛騎士が焦っている様子が伝わってくる。
私だってビックリだ。
何をのたまっているの、ジョセフ殿下は!?
この世界のヒーローなのに!
何よりもこの様子だと、せっかく発生したドキッとイベントは見事なまでに失敗だったのでは!?
「……ところでフィッツロイ公爵令嬢」
ジョセフ殿下も自身が暴走気味だと気がついたのか、咳払いをして私を見る。
「気に入った馬はいましたか?」
「あっ……はい。何頭か試乗したい馬がいました」
「番号は控えてありますか?」
「はい」
私は手元に持っていたメモ用紙を見せる。
「では試乗しましょうか」
「ですが殿下はまだ昼食を召し上がっていないかと」
「大丈夫です。ここに来るまでの間、フィッツロイ公爵令嬢にフルーツや焼き菓子を頂きましたから」
確かにそうなのだけど、あれは小腹を満たす程度のもの。昼食の代わりになんかなるはずがない!
それにヒロインと入れ替わりでやって来たメイドたちはジョセフ殿下が戻ったら給仕するつもりで控えているのだ。
ちゃんと昼食を摂った方がいい。それをどう説得しようか。
まさに思案したその時――
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どこかずれているヒーローw
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