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ジョセフ殿下とスタッドファームに行くことになり、日曜日のレッスンが休みになった。もう婚約者として公にされており、王族との外出はレッスンより優先されて当たり前になっている。
「ではお嬢様、お着替えをしますか」
「そうね」
試乗をするので今日は乗馬服で出掛けることになる。金ボタンの黒のジャケット、スカートは濃い紫の長いもの。サイドサドルで馬に乗るため、微妙にスカートは左右非対称のデザインになっている。
装いはシンプルだけど、その分、帽子はオシャレにし、白シャツのカフスは宝石をあしらったもの。ジャケットの刺繍も実はかなり手が込んでいる。
地味だがこだわりスタイルの乗馬服に着替え、前室で紅茶を飲んでいると、ジョセフ殿下が宮殿を出発したとマリエットが教えてくれた。
公爵邸と宮殿は一番距離が近い。二十分ほどでジョセフ殿下を乗せた馬車は到着するだろう。
紅茶を飲み終えると身支度を整え、マリエットと共にエントランスホールへと向かった。エントランスを見ると、既に私が乗る馬車は待機している。
この世界、婚約している二人でも同じ馬車に同乗できない……このルールに本当に助けられていた。
「お嬢様、奥様が『馬車の中で楽しめるように』とこちらをご準備なさいました。ジョセフ殿下の分もございます」
母の専属侍女が二つのバスケットを届けてくれた。中には瓶に入った飲み物、フルーツと焼き菓子。
スタッドファームは王都の郊外にあり、馬車で二時間ほど移動することになる。途中休憩も挟むと三時間コース。
さすが公爵夫人。完璧な気遣いだわ!
そのままエントランスホールに置かれたソファに座り、置時計に目をやる。
もう間もなく到着ね。
両親は公爵邸にいるが、顔を見せるのは出発の直前だけだ。もう殿下も私も大人なので、過保護過ぎることなく、見守ってくれていた。
「ジョセフ殿下の馬車が公爵邸の正門までやって来ました」
従者の知らせに私はソファから立ち上がった。
◇
ジョセフ殿下は私との外出がかなり嬉しいようだ。黒のジャケットに白のズボン、ロングブーツの乗馬服姿でエントランスに降り立った彼はニコニコと笑顔を浮かべている。両親にも上機嫌で挨拶をして、私が馬車へ乗るのを手伝ってくれる。
「それでは後ほど、休憩所で」
満面の笑みのままジョセフ殿下自らが馬車の扉を閉めてくれた。
「殿下、ご機嫌ですね」
マリエットが思わずそう指摘するぐらい、ジョセフ殿下は嬉しそうにしている。
その様子を見て私は複雑な気分だ。
本来だと舞踏会でヒロインと知り合い、二人は恋に落ちている……はずなのに。
ジョセフ殿下はヒロインに対して怒り心頭になっていた。
この状況をヒロインはどう思っているのかしら……?
ヒロインの方はジョセフ殿下を見て運命を感じているだろうに、全く相手にされていない。これではヒロインは軽くパニックなのではないか。
でも大丈夫。これから向かうスタッドファームでもう一度二人はやり直せる! 私だって全力でサポートするつもりだ。
悪役令嬢がそのお役目を御免できないように、ヒーローとヒロインは定められた役割を果たす必要がある。この二人がぶれたら、それこそこの世界が……崩壊してしまいそうだった。
絶対に今日はジョセフ殿下とヒロインに恋に落ちてもらわないと! そのために私も頑張るわよ!
ゴトゴトと音を立てて進む馬車の中で私は強く心に誓った。
◇
休憩所に着き、馬車から降りると、母が用意してくれた飲み物とフルーツ、焼き菓子で喉を潤し、小腹を満たすことになった。
「フィッツロイ公爵令嬢、僕のためにわざわざご用意くださり、ありがとうございます!」
「あ、いえ、殿下、これはお母様が用意してくれたもので、私ではないんです」
「そうだったのですね……! それは失礼しました。……でも美味しいです。フィッツロイ公爵夫人にはぜひよろしくお伝えください」
「分かりました」
私が用意したわけではないと分かると、ジョセフ殿下がしょぼんとしてしまったが、すぐに元気を取り戻す。そして自身の愛馬について熱く語り始めた。
機嫌が良いと饒舌になるところは昔から変わらないわね……。
自身の愛馬の話が終わると、ジョセフ殿下が馬主である競走馬について話しだす。
乗馬はするけれど、競馬はあまり興味がない。
欠伸が出そうになったが、「殿下、そろそろ出発されますか?」と近衛騎士の隊長がジョセフ殿下に声をかける。
「そうですね。では出発しましょうか」
ジョセフ殿下は相変わらずご機嫌だ。
こうして三時間程かけ、遂に王都の郊外にあるフォーリー男爵家のスタッドファームに到着した。
◇
「まあ、お嬢様、なんて広大な敷地なんでしょう」
王都の郊外に広がるフォーリー男爵家のスタッドファームはまるで一つの街! 入口には男爵のスタッドファームであることを示す看板が出ており、そこから真っ直ぐに続く一本道の左右には広々とした牧草地帯が続き、その先に厩舎らしき建物が見えている。
一本道を進むと客人を迎えるための屋敷が用意されていた。宿泊も可能で、数日馬と過ごし、相性を確認してから購入という手続きを踏むこともできるらしい。さらにその屋敷の奥には乗馬場があるのだけど、その周囲に天幕が張られていた。乗馬場で馬の様子を眺めながら、お気に入りの一頭を見つけられるようになっているのだ。しかもその天幕でランチやディナーも可能で、オーダーした料理が席まで運ばれる。優雅に食事をしながら、乗馬場に登場する馬を愛でることができる趣向だった。
「ようこそ、ジョセフ第二王子殿下、フィッツロイ公爵令嬢。当スタッドファームのオーナーであるフォーリー男爵です。こちらが妻です」
フォーリー男爵夫妻はいかにも良き隣人に見える。フォーリー男爵は白髪交じりのダークブラウンの髪に、目尻が下がっている優しい感じの男性だ。フォーリー男爵夫人はブロンドに碧眼で、男爵より一回り若そうだけど、こちらも落ち着いた様子。
「今回は白馬の牝馬をご希望ということで、何頭か候補がございます。乗馬場に登場させるまで、良かったらお飲み物や昼食をお楽しみください」
早速、天幕の席へと案内されることになった。
「とても広々していますね」
あまりのスケールに思わずそう口にすると、ジョセフ殿下はこんなことを言う。
「王家はナントに牧場を所有しているのですが、そこはナントという都市が丸ごと牧場です。広々とした草原の中、牛、馬、羊、そして山羊や豚などを飼っています。人間より家畜の数の方が多いんですよ。今度、見に行きますか、フィッツロイ公爵令嬢?」
今いるスタッドファームは街のような広さだが、王家の所有する牧場は都市一つ分の広さがあるの!?
これには驚き「そうですね。ぜひ見てみたいです」と応じそうになるが、なんとか「それはすごいですね!」と称賛の言葉で誤魔化す。
「秋に牧場へ行くと、肉祭りが行われるんです。牛、豚、山羊に加え、牧場内の森で狩猟も行われるので、そこで捕らえた鹿、猪、雉、野兎なども並びます。牧場の一角で豪快に火を焚き、丸焼きが行われ、朝から美味しそうな香りで満たされるのですよ」
肉祭り……! なんて素敵な祭り。行ってみたいわ……!
まさにお昼時ということもあり、「ぜひ行きましょう!」と応じたくなるが、それを何とか自制して天幕の席についた。すると「ようこそいらっしゃいました」と、焼き立てのパンが入ったバスケットを手に現れたのは……ヒロインだった!
お読みいただき、ありがとうございます!
ヒーローとヒロインの出会い、再び……!
続きは明日の夜頃公開予定です~
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