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この物語のヒロインである安芸杉 麻井こと、マーイ。
まだ高校生だが、そこは今時で、肉付きもよく、その体はすっかり大人のもの。西洋人に比べて日本人は胸が小さい……なんてこともなく、ドレスも様になっている。
それでも普段からドレスを着ているわけではないし、ドレスに合わせた細いヒールに高さがあるパンプスを履き慣れていない。ゆえに歩き方がぎこちなく──
いきなり前のめりで転けそうになり、そばにいる令息に助けられている。
危なっかしいわね!
「フィッツロイ公爵令嬢、どうしましたか?」
そこでジョセフ殿下が私の視線を追う。
この世界のヒーローがヒロインの姿を捉えた……!
この時ばかりは一読者としてその表情の変化に期待してしまう。愛する人を見つけたのだ。その顔にはじわじわと興味を惹かれる気持ちが湧き上がり、頰はうっすら赤くなり、瞳はキラキラと輝くのではないか。
「フィッツロイ公爵令嬢、王族の控えのスペースがあるのでそちらへ参りましょう」
「へっ?」
「何かありましたか?」
ジョセフ殿下は間違いなく、さっきヒロインの姿を見たはずなのに! 全く表情に変化はなく、すぐに視線を私に戻し、にっこり笑顔をこちらに向けているのだ!
「殿下、今、珍しい黒髪の美少女がいませんでしたか!?」
「えっ、どこにですか?」
「いや、だからさっき見ていた方向にですね、居ましたよね!?」とブチ切れそうになるのを盛大に我慢!
「先ほど私が見た方向にいましたけれど」
「そうでしたか?」
のほほんとジョセフ殿下は応じると先ほどの方向に視線を向け、しばし目を泳がせ……
ついに恋に落ちる……!
「……あぁ、あれかな? 夜なので分かりにくいですね。でも多分、あのご令嬢かな? 確かに黒髪は珍しいですね。……では行きましょうか、フィッツロイ公爵令嬢」
すぐに視線をこちらに戻し、ジョセフ殿下は全力の笑顔で私の手を取る。
「えっ!」
「えっ?」
「今の令嬢を見て、何も思わないのですか!?」
「……? 知り合いではないと思うのですが」
「それはそうです! 今日出会ったばかりですよ、殿下!」とどつきたくなるが、グッと堪える。
「可愛らしいご令嬢でしたよね?」
「……どうでしょうか? 暗くてよく分かりませんでした」
あぁ、なるほど。ジョセフ殿下は近眼だった……ではない! そんな設定ない! というか暗い? そんなことはない! 街灯もそうだし、トーチもたくさんある。少なくとも周囲の人の顔がよく見えないなんて暗さではない!
「それより早く王族の控えへ行きましょう」
確かに貴族たちが続々と集結し、そこに第二王子とその婚約者がいると気がつき、話しかけたい雰囲気が周囲に漂っている。
まだ正式なスタート前なのに、社交を始めるのは……疲れるわ!
ここはのろのろせず、ジョセフ殿下の言葉に従い、王族の控えへと向かう。そこにいるのは王太子と婚約者とその学友の令息、王女たちとその友人の令嬢。
そう、そこに推しがいる……!
どうやら正式に騎士に叙任された推しは、騎士の修練より、次期侯爵家当主として、社交に重きを置くようになったようだ。笑顔で王太子と談笑していたが……。
その銀色の目が私の姿を捉えた瞬間、瞳には甘美な輝きが煌めく。近くにいた王女の友人らしき令嬢が一斉に頰を赤くしている。
幼い頃はその髪色でからかわれていた推しだが、今は違う。王太子の学友の一人であり、爽やかな美貌である上に、騎士の儀礼用の隊服である白い軍服を着ているのだ。マントは夜空のようなミッドナイトブルー。令嬢が推しの心を射止めたいと目を輝かせて当然だった。
推しとの甘美な視線の交差は一瞬のこと。ジョセフ殿下に気が付かれないよう、すぐにお互いに視線を逸らす。でも心臓はドクドクと鼓動し、頰が熱い。
「フィッツロイ公爵令嬢、こんばんは」
王女の友人たちが声をかけてくれるので、私は彼女たちと王女、王太子とその婚約者、さらには学友たちにもカーテシーと会釈で挨拶をして、天幕の下に用意されている立派なカウチに腰掛けた。広場の一角なのに、絨毯も敷かれ、室内のような調度品まで置かれている。
「前回、彗星が誕生した年のワインでございます」
二十歳以上の令息令嬢にアンティークワインが配られていた。非常に気になるが、我慢して、余計な詮索をしない王族派の令嬢たちと歓談していると、ファンファーレが聞こえる。
国王陛下夫妻が登場し、舞踏会がスタートした。
◇
舞踏会がスタートしてしばらくすると、彗星が姿を見せ、皆、ダンスを楽しみつつ、夜空を楽しむことになった。彗星という共通の話題があるので会話は自然と盛り上がっている。
こうして最初のダンスタイムが終わり、三十分の休憩タイムに入った。ワルツの後に流れる歌劇の編曲は休憩タイムのスタートの合図だ。
「フィッツロイ公爵令嬢、王族の控えスペースで休憩しませんか?」
私ではない令嬢とのダンスを終えたジョセフ殿下に声をかけられ、いつものノリで「そうですね」と返事をしかけて踏み止まる。
ガーデン舞踏会だけど、まるで普通の舞踏会みたいだった。何よりもヒロインがいるのに、ジョセフ殿下とは接点ゼロ!
一体二人はどうやって知り合った!?
小説の内容を思い出す。
そうだ! ジョセフ殿下はレストルームに向かった帰り際にヒロインと再会するのだわ!
つまりジョセフ殿下にはレストルームに行きたい気持ちになってもらわないといけない。つまり飲み物なり軽食、スイーツを勧める、これ、重要!
方針が決まったので私は王族の控えスペースで、ジョセフ殿下に飲み物と食べ物を勧めまくる。自分が食べて美味しいからと言いながら。
「……今日のフィッツロイ公爵令嬢はよく飲んで食べられて、いつもより積極的で嬉しいです」
ジョセフ殿下は実に嬉しそうにしている。
そうではなく、そろそろレストルームではないですか!? 私は令嬢らしく、全部かじる程度。でも殿下は私のおだてにのり、しっかり食べて飲みましたよね!?
だがジョセフ殿下が席を立つ気配はない。
利尿作用を高める飲み物は何だったかしら?
まさにそんな事まで考えた時、「フィッツロイ公爵令嬢、失礼してレストルームに行ってきます」とジョセフ殿下がついに立ち上がったのだ!
まさに絶妙なタイミングだった。そろそろダンスタイムが再開し、皆、ダンススペースに集まる。宮殿の中のレストルームに続く廊下でヒロインとばったり出会っても邪魔する貴族はほぼいないはず!
ジョセフ殿下が無事、ヒロインと出会えますように(祈)。
祈りながら彼の背中を見送った。そこで楽団の演奏する曲が変わり、ポロネーズの前奏が流れ始める。
いつもの流れだとここでジョセフ殿下ともう一度ダンスになるけれど……。
殿下はいない。今頃、ヒロインとばったり出会っている最中だろう。
そうなると誰とダンスするか、だけど……。
チラリと周囲を見ると、私のそばにジョセフ殿下がいないと分かった高位貴族の令息がこちらを気にしている。
「フィッツロイ公爵令嬢、これから始まるポロネーズ、もしジョセフ第二王子殿下と踊る予定がなければ、僕といかがでしょうか?」
礼儀正しく声を掛けてくれるのは……。
お読みいただき、ありがとうございます!
ヒーローのブレ過ぎた行動www
続きは明日の夜頃公開予定です~
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