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彗星鑑賞から二日後。
私は人を使い、フォーリー男爵家に新しい使用人が増えていないか確認してもらった。
「お嬢様、探偵からの報告が届きました。フォーリー男爵家ではまさに昨日から侍女が一人増えたそうです。なんでもその侍女、異国の者らしく、黒曜石のような瞳と、瞳と同じ長い髪を持っているのだとか。小柄で控えめでかなり若い侍女らしいですよ」
マリエットからこの話を聞いた私は「ああ、やっぱり物語の進行通りね」と思ってしまう。
この世界にヒロインが遂に現れてしまったわ……!
事前にそうなると分かっていたこと。覚悟は……できていたはず。それでも「本当なんだ……」とショックを受けざるを得ない。
「でもお嬢様、どうしてフォーリー男爵家の侍女が気になったのですか……?」
「それは……彗星を見たでしょう? あの時、主の啓示を受けた気がしたの」
「えっ、そうなのですか!?」
驚くマリエットに「そうなの」と応じる。
「何となく……何か関りが出来そうな気がして」
「……フォーリー男爵家とですか? 家格が全然違いますし、過去に旦那様や奥様がフォーリー男爵家のお茶会や晩餐会に呼ばれた……なんて聞いたこともありません」
「そうよね。気のせいかしら?」
そんな風にひとまずマリエットには誤魔化しつつ、改めて今月の予定を確認する。
「まず晩餐会の予定ですが……」
そこで確認していくと、宮殿の舞踏会は七月の第二木曜日と第四木曜日。
第二木曜日は……来週だった。
来週、ヒロインとジョセフ殿下が出会う!?
ドキッとするが、ジョセフ殿下が早々にヒロインに惚れてくれれば、殿下からのスキンシップに悩む必要もなくなる。
できれば来週、ジョセフ殿下はとっととヒロインと出会ってしまってください。
私は祈る。
推しは……私へ変わらぬ愛を誓ってくれているのだ。ならばヒロインとジョセフ殿下がくっつくなら、さっさとして欲しい……と。
◇
七月の第二木曜日。
その日までは何だか生殺し状態で、じりじりした気持ちで日々を過ごすことになる。ジョセフ殿下が心変わりすることは昔から分かっていること。それなのに何だか落ち着かない。
「……もしかしてお嬢様、今晩の舞踏会が楽しみで、楽しみでならなかったのですか……?」
「ええ、実はそうなの。だって彗星が姿を現した記念で、いつもより豪華になるって噂でしょう?」
「そうですね! 今日のドレスはとっておきの一着になさいますか?」
「おそらくだけど、彗星が見えるから急遽ガーデン舞踏会になる気がしているの。だからとっておきのドレスだと、植木にレースを引っ掛けたりしたら、残念過ぎるわよね。多少、汚れてもいいドレスにするわ」
この世界の主人公たるヒロインだが、元は普通の女の子。公爵令嬢として全てを兼ね備えるキャロラインに比べると垢抜けない。
ちょっとしたハンデみたいなもの。今日の舞踏会は少しオシャレに手を抜く。少しでもヒロインが可愛らしく見えるように。
こんな努力をしなくても物語の設定がジョセフ殿下がヒロインに惚れ込むよう作用すると思う。それでも念には念をいれて……だ。
パールが散りばめられているが、かなりシックなミッドナイト・バイオレット色のイブニングドレスを選び、宝飾品は繊細だが派手さより上品さが強い銀細工にパールがあしらわれたものを身につけることにした。
前世で読んだ小説では、彗星が見えるということで、ガーデン舞踏会になるのは確実だった。こんなに暗いドレスでは目立たないし、ジョセフ殿下は明るいパステルカラーのドレスを着たヒロインをすぐに見つけ、二人は恋に落ちるだろう。
◇
「ではキャロライン、会場でまた会おう」
ジョセフ殿下は公的に私を伴う時、公爵邸まで迎えの馬車を寄越す。私は侍女のマリエットと共にその馬車に乗り込み、両親は別の馬車で宮殿へ向かう。
私は別に両親と同じ馬車で宮殿へ向かっても構わないのに。
ジョセフ殿下のこの扱いにはいつまで経っても慣れない。
でもこの王家の紋章が飾られた馬車が我が家に来るのはあとわずか。婚約解消されたら、この馬車が公爵邸に姿を見せることはなくなる。
ということで乗り慣れた王家の馬車に乗り込む。
公爵邸の馬車も十分高級だし、内装も素晴らしい。でも王家の馬車は別格。座席のクッションはふかふかだし、ふんだんにゴールドが使われ、冬には毛皮も敷かれるゴージャスさ。
そんな豪華な馬車だったので、朝から緊張気味だった私はうとうと居眠りしてしまう。
「お嬢様、着きましたよ」
マリエットの声にハッとして目覚める。
エントランスに続く緩やかなスロープを馬車は進んでおり、私はマリエットにより最後の身支度確認をしてもらう。
「完璧ですわ、お嬢様」
そこでピッタリのタイミングでエントランスに到着。馬車を降り、私はマリエットと共にエントランスホールへ向かった。
◇
「フィッツロイ公爵令嬢! 今日は何だかとても……大人っぽいですね。いつもより艶めいて見えます」
王道の黒のテールコートで登場したジョセフ殿下は私を見て頰を赤くする。
ええっ、かなり地味にしたのに!
艶めいて見えるって……!
そういう関心は私にではなく、ヒロインにお願いします!
そんなことを内心では思っているが、表向きの私は「お褒めの言葉、恐縮ですわ」と笑顔。
だってこの我慢も今日までよ。この後、ジョセフ殿下はヒロインと出会い、恋に落ちるのだから!
「ではフィッツロイ公爵令嬢、舞踏会の会場までご案内します」
いつも通りに私をエスコートして歩きだしたジョセフ殿下は私の耳元に顔を近づけ、ささやく。
「実は今日はいつものホールではなく、急遽ガーデン舞踏会になったのです」
「うん。知っている」と答えたくなるが、そこは我慢して「まあ、そうなのですね!」と大袈裟に驚く。そして「どうして夜の庭園で舞踏会を?」と尋ねる。
「昨晩、彗星が現れましたよね? 今宵も彗星が見えます。それなのに室内に引きこもっていては勿体ない。父上が『ならば今夜は庭園での舞踏会でよいではないか』と提案し、宮殿の使用人は朝から大忙しでした」
「なるほど。夜の庭園で舞踏会……初めてのことで楽しみですわ」
「軽食では星型や三日月型のクッキー、七十六年前のワインも登場しますよ」
「えっ……つまり前回、彗星が現れた年のワインを飲めるということですか!?」
「その通りです。宮殿にはアンティークワインを貯蔵する専用のセラーがあります。そこには彗星が前回現れた年のワインを沢山保管しているんですよ」
これはとても希少なので飲んでみたい。だがしかし。私はまだ十七歳。この世界でもお酒は二十歳から。
む、無念。元の世界ではアラサーだったのに! そんな貴重なワインを飲めないなんて……!
「僕たち、まだお酒を飲める年齢ではないですが……」
「殿下。お立場をよくお考え下さい。国民の模範となる必要があるのです。法を自ら破るなどあってはならないこと。それに二十歳になってからというのは、健康を考えて定められているのです。破るなど言語道断だと思います。国王陛下に報告しますよ?」
「……! ま、待ってください、フィッツロイ公爵令嬢! 法を破るなんてそんな! 絶対にしません!」
「当然かと」
そこで昨晩と同じルートで庭園を見下ろす回廊に到着すると……。
「これは……!」
昨日、噴水前広場に沢山椅子が並べられ、街灯がついていることに驚いたが、今日はその比ではない。トーチも沢山用意され、庭園は煌々としてとても明るかった。楽団もずらりと揃い、軽やかなメロディを奏で、ダンスができるように舞台も整えられていた。さらに昨日と同じように屋台も並び、そこには星や月のバルーンも飾られ、シェフやパティシエ、給仕のメイドもうろうろしている。
見上げる空にまだ彗星の姿はない。
「天文学者によると、彗星は日によって位置が微妙に変わり、現れる時刻も変動するそうです」
「そうなのですね」
「夜は長いですから。ゆったり楽しみましょう」
ジョセフ殿下がにっこり笑顔になった。
「!」
笑顔のジョセフ殿下のはるか後ろに一瞬見えたあの姿は……!
間違いないわ。ヒロインだ。ヒロインがいる……!
お読みいただき、ありがとうございます!
遂にヒーローとヒロインが出会う!?
続きは明日の夜頃公開予定です
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