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あくまで手柄は自分のものと豪語するジョセフ殿下は、金属製のイースターエッグの留め具をカチッとはずす。するとプッシュと空気が抜けるような音がする。そのままパカッとイースターエッグを殿下が開けると……。中にはミニチュアのお城があり、そこに煌めく宝石が見える。
「これはバイオレット・サファイアというもので、母上に頼んで特別に取り寄せてもらったんだ」
そう言いながらジョセフ殿下がその宝石を手に取ると、それはペンダントになっていた。
「キャロライン・アメリア・フィッツロイ公爵令嬢」
そこでいきなりジョセフ殿下に名を呼ばれ「!」と目を剥いてしまう。
「僕との婚約、君の誕生日に発表になる。一足先にこれは婚約の証として君に贈ろうと思う。君の瞳みたいだろう?」
「えっ」
「さぁ、こっちへ来て」
この場に両親は不在で、モリーと兄の従者しかいなかった。まだ公式発表前なのに、ジョセフ殿下が堂々と婚約のことを口にすることに私は動揺するしかない。
「殿下、その件は」
兄がとりなそうとするが「フィッツロイ公爵令息は黙って」とジョセフ殿下は一喝してしまう。
「このことはチェス仲間として、秘密にしてね」
ジョセフ殿下はそう言うと、ペンダントを私に見せ、手を伸ばし掛けたが――
「今、つけているペンダント、外してもらえる?」
「えっ」
「だって、それ、ガラスだろう? そんな安物とこのバイオレット・サファイアは合わないよ」
安物……推しがくれたものに実際の値段なんて関係ない。推しが私のために職人にわざわざ作ってくれたもの。それはプライスレスなものなのだ。
「……嫌です」
「え?」
「嫌です」「キャロライン!」
兄が私の背後に回り、ペンダントを外そうとする。
「嫌、お兄さま」
「キャロライン」
「お嬢様」「お坊ちゃま」
モリーと従者も間に入り、私と兄を遠ざける。
兄は目で「キャロライン、気持ちは分かる。でも今は外すんだ」と言っているが、私は首を振り、かたくなに拒否。
「フィッツロイ公爵令嬢、どうしてそんなにそのペンダントを外すのを嫌がるの?」
ハッとして声の方を見ると、モリーを押しのけ、ジョセフ殿下が私の横に立ち、推しがくれたペンダントを手に取っている。
「た、大切なものだからです」
「僕が贈るペンダントより?」
「そうです!」と言うのは我慢して、ジョセフ殿下の手からプリムローズのペンダントトップを奪い返そうとした時、殿下がそうはさせまいとぐっとペンダントトップを握りしめ――
ぶちっと嫌な音がして、首にハラリと揺れる風を感じる。
「!」
「あー、チェーンも安物だから切れちゃったみたいだ。ごめん。預かって修繕……いや、ゴールドのチェーンに交換し……」
「結構です、殿下!」
私はもう不敬罪になっても構わないと、ジョセフ殿下の手からプリムローズのペンダントトップを奪い返す。
私の粗い動作にジョセフ殿下は一瞬眉をしかめたが、すぐににっこり笑顔になる。
「ではこれをつけようか」
私は涙がじわっとせりあがってくるのを我慢して、口をへの字にして俯き加減になる。
「フィッツロイ公爵令嬢、顔を上げて」
ジョセフ殿下にそう言われても、この泣きそうな顔を彼に見せるわけにはいかない。泣くほど大切にしているとバレたら、誰からの贈り物かと勘繰られてしまう。
「仕方ないね」
そう言うとジョセフ殿下が背後に回り、後ろからペンダントをつける。
「うん。ぴったりだ。なんだかフィッツロイ公爵令嬢がこれで僕だけのものになったと実感できるな」
そう言うとジョセフ殿下は満足そうに背後から私をぎゅっと抱きしめた。
◇
「イースターエッグハントの最後に、特別な卵が噴水にあることが分かりまして……」
「本当はポーレット侯爵令息が見つけたんだ! それなのにその手柄を殿下は……」
「お嬢様はつけていたペンダントを大切に思っているのに、殿下が『安物』とおっしゃられ……」
「キャロラインは殿下から『外すように』と言われたのですが、それを拒否して……」
「でもお嬢様は悪くないと思います。あの言い方は……さすがに……。もっと穏便にできなかったのかと感じました」
「キャロラインはショックだったのだと思います。チェーンまで切られてしまい……」
宮殿から戻った私は寝室に直行した。そして靴を履いたままベッドにダイブすると、そのまま掛け布を頭に被り、何を言われても顔を出せないでいた。すると母と兄がやって来て、私がなぜ今、この状態なのかを話すのを布越しに聞くことになる。
モリーとお兄様、ちゃんと事実を話してくれているわ。
「……そうなのね。そんなことがあったなんて……。それにしてもジョセフ殿下には驚かされるわ。まさか公式発表を前に、キャロラインとの婚約のことを話してしまうなんて」
「母上、その点については殿下自身が『このことはチェス仲間として、秘密にしてね』と言っていましたし、僕からもポーレット侯爵令息とポーレット侯爵令嬢に念押しをしました。二人の従者と乳母にも強く伝えたので、口外されることはないと思います」
「……もし噂になったとしてもそれは我が家の責任ではないわ。勝手な行動をしたジョセフ殿下に非があるとはっきり主張させていただくのが筋。まったくジョセフ殿下は聡明だと聞いていたのに。随分と子供っぽいことをするのね」
奇しくもここで母の中でジョセフ殿下の評価はだだ下がりになっている。
「それでチェーンの切れたペンダントは?」
「キャロラインは馬車の中で大泣きして、その後、眠ってしまったのです。その間に僕が受け取っておきました。ポーレット侯爵令息が『そのチェーンは特殊な金属で出来ています。父上によるとプラチナ、と呼ばれるもので、加工が非常に難しく、まだほとんど流通していないとか。修理は我が家と付き合いのある工房でしかできないと思うので、預かります』と言ってくれていたので、さっき僕の従者にポーレット侯爵令息のところへ届けてもらいました」
「そうなのね、オーランド。ありがとう。……プラチナ。確かに聞いたことがない金属ね」
そこで母はため息をつきながら兄に伝える。
「オーランド。あなたは着替えをなさい。もうすぐでお父様が倶楽部から戻るわ。夕食の時間は間もなくだから」
「分かりました、母上。……キャロラインは……?」
「大丈夫。ちゃんと夕食の席に着けるよう、話をするわ」
そこで兄とモリーが退出したようだ。寝室が静かになり……。
「キャロライン」
母の声が思いがけず近くから聞こえ、ドキッとする。おそらく母は私のベッドに身を横たえているようだ。
「お母様はフィッツロイ公爵夫人として、家門の繁栄を第一に考える必要があるわ。でもね、それとは別にキャロラインの母として、あなたが幸せになること。それをいつも考えているわ。私たち女性は殿方のように政治の場で活躍することはできない。殿方を支え、彼らが出世するように尽くす必要がある。でもそうやって支えるなら……尊敬できる方がいいわよね。その点で言うとジョセフ殿下は……難ありかもしれないわ」
そこで母がふわっと私を抱きしめる。
「それでも殿下は王家の方。多少の難は……目をつぶってあげないといけないの。キャロラインがプリムローズのペンダントを大切にしていること。よく分かったわ。でもあなたもフィッツロイ公爵家の娘として生まれ、自分に課せられた役目をよく理解している。だから我慢したのよね。本当は大声上げて抗議したかったでしょうに。よく我慢したわ……」
「……お母さま」
私はもぞもぞと掛け布から顔を出す。
そこには美しい母の顔があり、慈しみに溢れた優しい眼差しで私を見ている。
「プリムローズのペンダント。それは……大切にして構わないわ。でもね、それを大切にしていることは……生涯、胸に秘めておきなさい。キャロライン、あなたの胸の中だけに秘めておくことなの」
「お母さま、私……!」
「ままならないわよね。お母様とお父様のように、相思相愛で結ばれるのは……とても難しいの。我慢を強いてごめんなさいね。でもお父様もお母様も、いつだってキャロラインの幸せを願っているわ」
母の言葉に感無量になり、私はその体にぎゅっと抱きつく。宥めるように母は私を抱きしめ、背中を優しく撫でてくれる。
推しのことが……大好きだった。でもこの想いは……大切にして構わない。でもそれを……本人に伝えることも、誰かに悟られることがあってはならない。
そのことを改めて母から伝えられた私は……静かに涙を流し、そして決意する。
母の言う通りだ。もうジョセフ殿下との婚約は成立してしまった。そして推しも私が殿下と婚約すると知ってしまったのだ。
どうしたって物語の進行には抗えず、時が流れていくことになった。
お読みいただき、ありがとうございます!
お母様、優しい!
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