20
週に一度のお楽しみの水曜日。
既に悟りを開いた私はいつも通り、推しを愛でる気持ちでポーレット侯爵邸へ向かうことになる。空色のティアードドレスを着て、手首にはマーガレットの花を模したブレスレット、髪飾りも同じモチーフでめいっぱいのオシャレをしていた。
「お嬢様は春らしく可愛い装いではないですか、坊ちゃま」
「うん。キャロラインは僕の自慢の妹だ。世界で一番可愛いよ」
「そうですよね」
モリーと兄の会話を聞いていると、やはりキャロラインは愛されているなぁと思ってしまう。そしてキャロラインも兄のこともモリーたち使用人も、両親もみんな大好きだった。
だからこそ、彼らを不幸にする事態を回避しなければならない。
嫌われ悪役令嬢を目指し、少しは成功したが、上手く行かなかった。そこで私は全く違う角度から家族と推しの未来を守る方法がないかと考えに考えた結果、いくつかの方法を捻り出すことに成功していた。
こういうことって、ふとひらめくものなのね。どうしてもっと早く思いつかなかったのか……と思うけれど、仕方ない。
中身はアラサーでも体は子ども。就寝時間は早く、起きている時間は妃教育に追われている。そしてこの手のことはじっくり考えても答えがパッと出ることではなかった。
ともかくこの方法で動くなら、今ではない。その時が来てからで十分。今は……今は大好きな人に囲まれて過ごす時間を大切にしよう。
そんな結論に至っていた。
「ようこそ、フィッツロイ公爵令息、フィッツロイ公爵令嬢!」
エントランスホールに迎えに来てくれた推しは、春を意識してかラベンダー色のセットアップを着ているが、アイスブルーの髪と銀色の瞳にその装いは実に似合っている。
「今日は一足先にイースター用に父上が支援する工房で作られたスイーツを用意したので、まずはみんなで味わいましょう」
その言葉にどんなスイーツが用意されているのかと、気持ちが盛り上がる。
「どんなスイーツが用意されているか、楽しみですわ」
「見た目も可愛らしいので、フィッツロイ公爵令嬢にも喜んでもらえると思います」
そう言って推しは、いつも通り、私をエスコートして歩き出す。
そこで私はそっと推しに伝える。
「『パルツィファルの物語』、読み終わりましたか?」
「はい! 昨晩、遂に読み終わりました。……今回は感想が長くなり……。あのメモ帳も終わりになってしまいました」
この言葉に「ああ、やっぱり」と思ってしまう。
「僕としては何と言うかあのメモ帳をフィッツロイ公爵令嬢と交換することが習慣化されています。……もしよかったら本の感想とは関係なく、そのまま交換を……続けませんか?」
「!」
これには驚きと喜びで自然と笑顔になってしまう。
「その笑顔は……OKということでいいですか?」
「はいっ! もちろんです! 実は『パルツィファルの物語』をそろそろ読み終わると思い、朗読会用とは別で、本を一冊持参しているんです」
「そうなのですか。それは僕のための本ですか?」
「はい。ただ、今度の本は騎士の本ではなくて……。鍛冶職人の少年の物語なのです。職人の真髄を学ぶ、その過程で少年がぶつかる悩み、それをどう乗り越えるか……という成長の物語は『パルツィファルの物語』に通じる気がして……」
「なるほど。何かを極めるという点においては職人も騎士も通じるところがあると思います。ぜひ、貸していただけないでしょうか。読ませていただきたいです!」
推しが銀色の瞳をキラキラさせてそう言うので、私は嬉しくなり「はい!」と元気に返事をした。
◇
いつもの応接室に到着した。
「これはイースターエッグ?」
「でも甘い香りがとってもしますわ、お兄さま」
私と兄はテーブルに並べられたパステルカラーの卵に目が釘付けになっていた。推しはこれはスイーツと言うが……。
「フィッツロイ公爵令息、フィッツロイ公爵令嬢。これはね、チョコレートですのよ!」
エリザベスの言葉に、兄と私は「「えーっ」」と驚きの声をあげてしまう。
兄が驚くのは当然。この世界でイースターエッグと言えば、カラフルに着色されたゆで卵なのだから。しかし私は前世でイースターエッグと言えばチョコレートのイメージが強かった。だからむしろこの世界でゆで卵だと知り、少し残念な気持ちにもなっていたのだ。
「チョコレート……もしや中は空洞ですか……?」
私が勢い込んで尋ねると、推しはビックリしながらも答えてくれる。
「中が空洞!? それは……そんなことができたらすごいと思います。これは工房の職人が卵型に切り出したので、中は空洞ではありません。この一番大きいのは食べ応えがあると思います!」
推しがそう言う卵は、ダチョウの卵ぐらいの大きさで、アイシングで綺麗なパステルブルーで色付けされ、白い花が飾られている。
「チョコレートで卵は斬新だな。これが発売されたら、僕は母上に頼み、絶対に購入してもらうぞ!」
兄がそう言うとエリザベスは「マジパンの卵と砂糖細工の卵も可愛いですよね?」と微笑む。
「卵の形のクッキーも全部、いい! これは来年のイースターから子どもたちは甘い卵が欲しいと大騒ぎじゃないか!」
兄の言葉には強く同意し、早速、イースターエッグのチョコレートを頂く。
「甘い。しかも食べ応えがあるな!」
「美味しいです……!」
兄は特大サイズのイースターエッグのチョコレートにかぶりつき、口と手をチョコレートまみれにしながら笑顔になっている。私は小ぶりのイースターエッグのチョコレートをいただき、マジパンやクッキーもいただく。
甘い香りに包まれ、美味しい時間の後は、朗読会に移る。
イースターが近いので、兄は主の復活の物語、エリザベスはイースター・バニーの童話、推しは聖ジョージと竜の物語を朗読した。そして私は――
「イースターの卵をイメージした詩を作ってみたので、朗読します!」
これには兄も推しもエリザベスも興味津々の表情となる。
「イースターの卵 春を知らせる卵
卵の中には春が眠っている
コンコンと殻を叩き 声を掛ける
そろそろ春の時間ですよ
でも眠りたがりの春は
なかなか目を覚まさない
そこでウサギは綺麗に咲いた白い花を
イースターの卵に捧げた
白い花からは 良い香りが漂っている
春はその香りに心惹かれていた
ようやく目覚めの時を迎える
パカッと割れた卵から 春が飛び出す
花の精 草の精 虫の精 鳥の精
みんな一斉に飛び出し 世界に光が満ち
沢山の草花が咲き誇り
鳥がさえずり 蝶が飛び交う
今年もまた無事にこの世界に春が訪れた」
私の朗読が終わると、みんなが一斉に拍手をしてくれる。
「卵の中に春が眠っているなんて、なんだかロマンチックだわ」
「春が飛び出すというのは元気があってよかったぞ、キャロライン」
「オリジナルの詩の朗読なんて今回が初めてです。とても良い試みだと思います!」
エリザベス、兄、推しの賛辞に私は笑顔になる。
こうして今日の朗読会も終わり、お開きとなったが――
部屋を出ようとする私に推しは新しい小さな本の形のメモ帳と一緒にマーブル模様の美しい紙の包みを渡してくれる。
「ポーレット侯爵令息、これは……?」
「今年のイースターの記念に。父上の工房の職人に作ってもらっていました。良かったら。プレゼントです」
「……! ありがとうございます」
推しから受け取った紙の包みを、屋敷に戻り、開けてみると――。
白い花びらで中央が黄色い、この可憐な花はプリムローズ!
春を知らせるこの季節ならではの花でもある。そのプリムローズのガラス細工のペンダントだった。
推しはどうしてこれを私に……?
その答えはメモ帳に書かれていた。
『プリムローズは侯爵邸の庭に植えられていて、毎年春に可愛らしい花を咲かせてくれます。そのことを雪が降った日、庭園を眺めて思い出し、その時にキャロの顔が浮かびました。キャロに似合う可愛い花だと思い、このペンダントを作ることを思いついたのです。そしてこの花に僕の想いを込めています』
花に想いを込める――つまりは花言葉を見てください、ということだ。
そこで貴族令嬢なら一冊は持っている花言葉図鑑でプリムローズが意味する言葉を調べる。
白のプリムローズ、その花言葉は……初恋、だった。
お読みいただき、ありがとうございます!
殿下との婚約を知らない推しが贈った純粋な気持ちが切ない……!
続きは明日の夜頃公開予定です~
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