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推しが打ち明けた悩み。それを私に話していいのかと兄に問うと――
兄は書庫の中を踊るように進みながら、笑顔になる。
「ポーレット侯爵令息にキャロラインに話したとバレたら、怒られそうだ。だから秘密にしておいて欲しい」
「もう、お兄さまったら……!」
「でもこの話を聞いたら、ポーレット侯爵令息におススメな本が何であるか分かるのでは?」
そう言われた私は書庫で立ち止まる。
「……騎士を目指す少年が壁にぶち当たり、でも乗り越えていくような物語ですよね? そんな物語、あったかしら?」
「そこが難しい。王道の騎士物語では、騎士たちが失敗から学び、成長する姿が描かれている。でもそれはポーレット侯爵令息が直面している悩みとは微妙に違う。よってそれらの本を読んでも、内容としてはいい。でもポーレット侯爵令息にとって直接役に立った……とはならないだろうね」
それを聞いた私は俄然、悩める推しを救いたいと思ってしまう。
「お兄さま、騎士ではなくても、現実と折り合うことを描いた本はないのでしょうか?」
「実は僕は見つけられなかったけど、家庭教師のワグナー先生から教えてもらった本がまさにピッタリだった」
「どんな本なのですか!?」
「『鍛冶職人スミスの成長記』という本だ。スミスという少年が鍛冶職人に弟子入りし、そこで壁にぶち当たってしまう。スミスは弟子入りした時、八歳だった。貧しい農村の子沢山の家に生まれ、早くに弟子入りさせられた。最初は雑用ばかりで、弟子らしい仕事をさせてもらえない。スミスは不満だった。でもようやく十代になり、職人としての修行が始まったけれど……」
兄は書庫を歩きながら話し、とある棚の前で止まった。棚に並ぶ本に目を走らせながら、話を続ける。
「スミスはその年齢の子どもにしては体も小さく、体重も少ない。手も足も小さいのは、弟子入りする前、ろくに食べていないからだった。弟子入り後は、三度の食事を食べることが出来たが、それでも過去の不足は補い切れなかった。体力が追いつかない。道具の大きさ、重さに耐えられない。そこでスミスは親方に『僕なんて職人に向いていない。このまま下男として下働きをする』と嘆くんだ」
そこで兄は棚から本を一冊取り出す。それこそが『鍛冶職人スミスの成長記』だった。
「そこで親方はスミスに伝える。『体の成長はこれから追いつく。だから今は耐えろ。まずは手順を覚えることに専念するんだ。そして鍛冶職人の仕事は力仕事と思われるが、それだけではない。手先の器用さ、忍耐強さ、丁寧さも必要になる。それは体の成長と関係なく学べることだ』とね」
そういうと兄はすぐ近くのテーブルに本を置き、ページをめくった。私は椅子の上に両膝を立てて乗っかり、兄が開くページを眺める。
「ほら、ここだ」
「本当ですね。これなら……自身の成長とのギャップで悩むポーレット侯爵令息の悩みに寄り添うことが出来ますね!」
「その通り。どうだ、キャロライン。これをポーレット侯爵令息に貸してあげては?」
「お兄さま、ありがとうございます! そうします」
椅子からぴょんと降りた私に兄は本を渡してくれる。
「でもお兄さまは、ご自身でポーレット侯爵令息にこの本を貸すこともできるのに、私に……?」
すると兄は優しく微笑む。
「キャロラインはポーレット侯爵令息のことが大好きだろう?」
「!」
「僕もポーレット侯爵令息のことは大好きだ。チェスでの対局、水曜の朗読会。ポーレット侯爵令息と話す度に、彼のひたむきな前向きさ、向上心の強さに感銘を受けていた。同じく家を継ぐ者同士としても、共感できる部分も沢山ある」
「お兄さま……!」
「殿下は……悪い方ではない。でも全てを持って生まれてきた方だ。特に努力しなくても大概のことが手に入る。もちろん、王子教育は大変だと思う。でもそつなくこなし、それ以上はしない……そこは王太子がいるから、あまりでしゃばらない方がいいからというのもあるだろう。なんだろうか、殿下では……どこか物足りない。だからキャロラインの気持ちもよく分かる」
これには「えっ、えっ」と私は絶句してしまう。
「でも仕方ない。キャロラインと殿下の婚約。間もなく公になると聞いている」
兄の言葉に心臓がドクンと不穏に鼓動してしまう。
「キャロラインが六歳になるのに合わせ、王家は国内外にジョセフ殿下の婚約者がキャロラインになると発表する――そう父上から聞いている。……ポーレット侯爵令息とはあくまで仲の良い幼なじみ、友人。そうするしかない。残念だけどね」
「ま、待ってください、お兄さま! 私はポーレット侯爵令息のことは尊敬して推しているだけで……」
「いいんだよ、キャロライン。僕にまで隠す必要はない。僕は二人とずっと一緒にいるのだから、分かっている」
そんなつもりはなかった。あくまで推しとして推しているだけで……。
そう思うものの、では推しのことを恋愛対象として本当に一切見ていなかったかというと……。
見ないようにしているだけだった。
兄に言われ、改めて自分の中の気持ちに気がつく。本当は推しのことが……恋愛感情の意味でも好きであると。
でもそれこそ兄の言う通りで、もうどうにもならない……。
「さぁ、次の朗読会でこの本をポーレット侯爵令息に渡そう。……そしてそろそろお腹が空いてきたぞ。今日は鹿肉のパイが出ると聞いている」
鹿肉の料理は領地から届くご馳走である。春の狩猟で得られた恵みでもあった。
「ほら、キャロライン。笑顔になって。デザートは摘み立てのストロベリーとたっぷりのフレッシュクリーム添えだ。キャロライン、フレッシュクリームも大好きだろう?」
「そうですね、お兄さま」
表向きは明るく笑いながらも、私の胸中は複雑だ。
自覚……しなければよかったのに。推しは推しとしてただ愛でられたらいい、だったら苦しくならないのに。
兄は私と推しが会うことを止めた方がいいとは思っていない。ただ、私とジョセフ殿下の婚約がついに公になる。だからあくまでこれからも友達として、幼なじみとして仲良くするのだよと諭してくれたのだ。
書庫から兄と共に出て、一旦自室へと向かいながらほろ苦い気持ちを味わうことになるが、すぐに気付く。
いくら私が推しを好きだとしてもそれは……そもそも一方通行だったわ……!
推しのキャロラインに対する好意は間違いなく友情。幼い頃、自身の髪色に悩む推しを救ったことで、友として認定された。
そう、どの道、私の想いは片想いだった。
いずれにせよ叶うことのない想い。それでも推しが私との友情という名の固い絆を信じてくれるなら……。
次期侯爵家当主の推しが私の護衛騎士になるなんてことはあり得ない。でも騎士道精神に基づき、令嬢を守る、私を守ると誓ってくれるなら……その気持ちだけで十分だった。
「お嬢様、お目当ての本は見つかりましたか?」
「ええ、モリー。お兄さまが一緒に見つけてくれたわ!」
私は笑顔でモリーに本を見せた。
お読みいただき、ありがとうございます!
お兄様、優しい~
続きは明日の夜頃公開予定です
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