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原典と呼ばれる『パルツィファルの物語』はとにかく長い! パルツィファルが登場するまでも長いが、その後も人生論が度々語られるし、後半にいたってはガーヴァーン……ガウェインの物語になっており、こちらのボリュームも満点。
つまり推しは忙しい合間に読むだろうから、数カ月はかかるはず。そして推しはその感想を毎週日曜日に宮殿で会う時に渡してくれるのだ!
その感想の最後には私へのメッセージが綴られている。
それは他愛のないことだ。
キャロの好きな音楽は? キャロの好きな色は? キャロが好きなお菓子は?
そうなったら私は返事を書き込むことになる。返事を書き、水曜日の朗読会で私から推しにメモ帳を返す。
つまりこれは……元の世界で言うなら交換日記をしているような状態なのだ!
まさか推しと交換日記できるなんて……!
憂鬱なジョセフ殿下とのチェスの日曜日は、完全に私の中で「推しから交換日記を受け取る日曜日」へと変換され、ミサへ行くのも宮殿へ向かうのも、楽しみになっている。
ところがこの私の微妙な心境の変化に目ざとく気づくのがジョセフ殿下!
「フィッツロイ公爵令嬢、なんだかご機嫌だね」
「!」
そんな風に聞かれた私は「昨晩の夕食で好物のデザートが出たので……」と、ご機嫌の理由を悟られまいと必死に言葉を口にする。
ジョセフ殿下は私が推しを推していることに、何となく気づいている気がする!
現時点ではヒロインもいないため、ジョセフ殿下はキャロラインのことをちゃんと好きみたいだ。だからこそ、推しに私が肩入れすることは……あまりよく思っていない可能性が高い。
推しと交換日記をしていること。これは絶対にバレないようにしないと!
スリリングな日曜日、穏やかな水曜日、それが幾度となく繰り返され、長い冬の季節が過ぎていく。気づけば季節は春へと移ろおうとしていた。
◇
「次の日曜日はイースターです。チェスはお休みにして、みんなでイースターを楽しみませんか」
3月の最後の日曜日はジョセフ殿下の言う通り、イースターだった。
「みんな、イースターの礼拝の後は、家族と昼食ですよね。その後、宮殿へ来てもらい、イースターエッグハントを庭園でやるのはどうでしょうか」
ワクワクした表情のジョセフ殿下に気づいた兄は「名案ですね。ぜひ参加させてください。キャロラインも参加するだろう?」と私を見る。
私はできれば参加したくない。だが断れるわけがない。そこで渋々「はい。参加します」と応じる。すると――
「僕とエリザベスも参加します!」
推しが勢いよく答えるので、私はビックリしてしまう。
その勢いに呑まれそうになったのは私だけではない。エリザベスも一瞬、何のことかという表情になりかけたが、宮殿の庭園でのイースターエッグハントの件と分かり「は、はいっ。私も参加します!」と慌てて推し(兄)に追随する。
こうして四人の返事を聞いたジョセフ殿下は少し離れた場所に座る私の両親とポーレット侯爵夫妻に今の提案を話す。
「なるほど。宮殿の庭園でのイースターエッグハント、これは面白そうですね。当事者が行きたいのであれば、喜んで参加させます」
父がそう答え、兄は同意を示すべく、力強く頷く。その一方で父の視線が私に向けられていると分かり……。
「私も参加します」と声にも出しながら頷く。ポーレット侯爵は私の父と同じ意見で、そして推しとエリザベスは「参加します!」と答えた。
「ではみんな参加で決定ですね」
ジョセフ殿下が微笑んだ。
◇
イースターエッグハントは子どもたちにとって春のお楽しみ行事の一つだった。
この世界の冬は厳しい寒さのため、子どもたちも室内で過ごす時間が増えてしまう。しかし3月末になると春の芽吹きがあちこちで感じられる。早く庭を駆け回りたい――そんな気持ちもあるので、イースターエッグハントで、はしゃぎながら卵探しをするのは楽しいに違いない。
何より、庭師や使用人がこっそり隠した卵を見つけ出せると嬉しくなるし、特別な一つだけの卵を見つけたら、もうこの日の主人公気分になれるのだ。
つまりイースターエッグハントはそもそも子どもに人気の行事の一つであるが……。ジョセフ殿下の主催かと思うと、気乗りしない。しかしそこに推しが参加するとなると……。
俄然やる気になってしまう。
王家のイースターエッグハントでも特別な一つだけの卵は必ずあるはず。それを見つけたら……推しにプレゼントしたい!
特別な一つだけの卵。
それは金箔が貼られていたり、模様が特に繊細だったりで、見つけたら“ヒーロー&ヒロイン”扱いになる特別なイースターエッグだった。公爵邸の庭でやるイースターエッグハントなら、その特別な一個の卵は屋敷に飾ることになる。でも今回は宮殿だから……。
「嬉しくて食べちゃいました!」と家族には誤魔化し、見つけたら推しにプレゼントしよう。
そんな一方で、推しとの秘密の交換日記。こちらは長い冬の間も静かに続いていた。そしてあの小さな本のようなメモ帳も一冊が終わりそうになっている。そのメモ帳には『パルツィファルの物語』を読んだ推しの感想と共に、私との友情を深める言葉が詰まっているのだ……!
でも間もなく推しは『パルツィファルの物語』を読み終えてしまう。そしてあのメモ帳も終わりが近い。
これで交換日記が終了するのは……寂しいわ。
そこで私は次なる交換日記につながるような本がないか、公爵邸の書庫を探すことになる。
とはいっても日中は妃教育の授業で忙しい。
夕食前の着替えが終わった後。ここが一日で一番長く使える自由時間だった。そこで私はその時間を使い、書庫へ向かうことにした。
「キャロライン!」
「お兄さま!」
書庫は二階にあり、父の書斎の隣の部屋だった。そして書庫に行く途中に兄の部屋もある。まさにその兄の部屋の扉の前を歩いていたら、本人が出て来たのだ。
「父上から聞いたよ。キャロラインが書庫で本を探すって」
「そうなんです、お兄さま。ポーレット侯爵令息がそろそろ『パルツィファルの物語』を読み終わるので、何か面白い騎士の物語がないか、探そうと思ったのです」
「それならばもっとおススメの本があるぞ」
「そうなのですか!?」
「僕も書庫へ一緒に行ってもいい、キャロライン?」
「はい!」
歩きながら兄に聞くと、どうやら推しは騎士見習いの修練の中で、壁にぶち当たっているらしいのだ。
「ポーレット侯爵令息は体が出来上がりつつある時期だ。身長も伸び、手足の長さや大きさも一年前とは大幅に変わっている。そうなると乗馬しかり、これまで持ち慣れていた剣に違和感を覚える――そんなことが起きている」
そう言った悩みを推しは日曜のチェスで兄と対局しながら、ぽつり、ぽつりと打ち明けているらしいのだ。
「『焦る必要はない。焦りは禁物だ。体が成長しているだけ。落ち着けば、いろいろな感覚を取り戻せるはずだ』とアドバイスをしているけれど……。焦りはあるのだろうね」
まさか推しがそんな悩みを抱えていたとは……!
「お兄さま……私、ポーレット侯爵令息がそんな悩みを抱えているなんて……知りませんでした」
「それはそうだろう。そういう弱いところを見せたくないと、男児たる者は思うものだ」
「でもお兄さまには話したのですよね……」
書庫につき、中に入りながら、私は思わずぼやいてしまう。
「うん。僕がチェスをしながら聞き出した。つまり、僕が勝利した時に教えてもらったのさ」
「お兄さま……!」
「でも僕も負けた時、キャロラインにも秘密にしていることをポーレット侯爵令息には話している」
「……というかお兄さま、ポーレット侯爵令息から聞き出したその悩み、私に話していいのですか!?」
お読みいただき、ありがとうございます!
静かに移ろう季節の中で、それぞれの想いが交錯する――
続きは明日の夜頃公開予定です~
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