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迎えた翌日からは朝から妃教育。
まだ内示なのにこんな風に学んでいるということは、もはや覆すなんて無理ではないのか――と、今さら気がつく。
しかしそんなことを考えているうちにも時間は過ぎていく。外国語、王家の慣習、他国の文化などの授業をこなす。
翌日もその繰り返し。
そして日曜日を迎える。
ジョセフ殿下とのチェスの日だ。
推しとの朗読会はノリノリだが、ジョセフ殿下とのチェスは気が重い。でも母がドレスを選び、父も同行で、家族総出で日曜のミサからの宮殿へ移動となる。
ピンクの生地に白のフリル。見るからに可愛らしい、これぞ公爵令嬢みたいなドレスを着てジョセフ殿下に会うのは……心底嫌で仕方ない。しかし我慢するしかない。
ゴトゴトと揺れる馬車の中、兄が饒舌に話し、私は時々相槌を打ちながらも、視線は窓の外。
そして十五分も移動すると宮殿に到着となる。宮殿は王都の中心部にあるので、どこへ行くにもアクセスがよかった。
「フィッツロイ公爵、フィッツロイ公爵夫人、こんにちは」
宮殿に着くと、エントランスホールに推しとエリザベスが自身の両親と共に待っていてくれる。
今日の推しはセレストブルーのスーツで、やはり大変似合っており、とてもカッコいい!
二人に会えたこの時だけは私のテンションも上がってしまう。推しは私をエスコートして歩き出したのだが……。
「フィッツロイ公爵令嬢、お借りしている『パルツィファルの物語』ですが、毎晩楽しく読んでいます」
「それは良かったです!」
「『パーシヴァルの物語』との違いを確認しながら読むと、とても興味深いです」
「そうですよね。原典では誇張もない分、リアリティが強く感じませんか?」
「そうなのです。読んで僕が思ったことをまとめたのですが……」
そこで推しは上衣のポケットから、革張りの小さな本を取り出す。
「良かったらご覧になりますか?」
本と思えたが、どうやら前世で言うところのメモ帳だった。
「ぜひ見たいです!」
喜んで受け取ると、推しは少し頰を赤らめている。
本の感想を他人に見せるのが少し恥ずかしいのかしら?
何とも初々しい推しの反応にほっこりしたが、応接室に到着してしまう。
中に入ると満面の笑みのジョセフ殿下に迎え入れられた。
◇
この日のチェスでラッキーだったのは、早い段階でジョセフ殿下とパーペチュアル・チェックになったことだ。逃げてもすぐにチェックを繰り返す状態になり、引き分けとなったのだ!
「そうしたらフィッツロイ公爵令嬢とポーレット侯爵令嬢で対局するといいよ」
ジョセフ殿下にそう言われたわたしは心の中で万歳してしまう。
そこでエリザベスとおしゃべりをしながらチェスを始めると……。
視線を感じる。
さりげなくその視線の方を見ると、推しがこちらを見ているではないですか!
妹であるエリザベスの様子を見ているのね。
そう思った直後、さらに強い視線を感じ、ハッとすると……。
ジョセフ殿下と目が合う。
これにはビックリで思わず目を逸らしてしまった。
推しに見られても嬉しいしかないのに。ジョセフ殿下に見られていると思うと怖い……。
さらにジョセフ殿下に恐怖を感じるのは、推しと目が合い、私の表情が緩みそうになると、一瞬彼の目が冷たくなるのだ……! それを見て私の顔が固まると、推しは「!」となり、実にさりげなくジョセフ殿下の方を見る。すると二人の視線がぶつかり合い……。
何だが火花が弾けるように思えるのだ!
ジョセフ殿下、怖い!
推しのことをそんな目で見なくてもいいのに!
もう私はガタブル状態。
そんなこんなでこの日は緊張状態でチェスを終えたが……。
帰宅すると奇跡が起きる。
奇跡。
どんな奇跡が起きたのか。
推しから受け取った革張りの小さな本にも見えるメモ帳。これを帰宅した私はすぐにでも見たかった。だが夕食前に着替えもあるし、バタバタするのでそれは我慢。夕食後、満を持してメモ帳を見ると……。
『フィッツロイ公爵令嬢に見せるつもりで書いています。本当はこんな風に呼ぶこと、許されている身ではないのですが……。あなたの名前、キャロラインのニックネームとして、キャロと呼ばせていただきます』
なんと冒頭からビックリな言葉だった。私に見せる前提でこのメモをわざわざ用意してくれていたなんて!
『まず「パルツィファルの物語」はさすが原典だけあり、「パーシヴァルの物語」とは全然違いますね。出だしはパルツィファルの父であるガハムレトについて書かれており……。パルツィファルはなかなか登場しません。でも「パルツィファルの物語」が描くのは罪と贖罪、無知で未熟で愚かさからの成長です。そこに両親の存在は欠かせないので、納得の行く構成だと思いました。それに――』
数ページに渡り、推しの感想が続く。
『ということで、今日はここまで。最後にキャロに伝えたいこと。キャロは僕の髪色を認めてくれたし、努力家であると褒めてくれました。だから僕もキャロの好きなところを書きます』
これには「えっ」と思わず声が漏れる。
ニックネーム呼びに加え、私の好きなところを教えてくれるの!?
もうドキドキしながら目を通すことになる。
『僕にとってキャロは救いの天使でした。不意に現れ、絶望の淵にいた僕を救い出してくれたのが、キャロです。三人の年上の令息相手に怯むことのなかったキャロは、凛として素敵でした。キャロを見て、僕も強くなりたいと思い、騎士見習いになったことは……前にも話しましたよね。僕、必ず強くなり、キャロを守れる存在になります。だから僕が騎士に叙任されるまで……待っていてくださいね』
これには「うん!」となる。
騎士に叙任されるまで待つ。
え、何を待つの??
私を守ってくれる存在になるのを待つ……。
それって……。
え、まさか推しは私、公爵令嬢キャロラインの護衛騎士にでもなりたいのかしら……?
もし推しが護衛騎士になってくれたら、毎日愛でることができる。しかも共にいる時間が増えれば、貴重な表情を拝むチャンスも増えそうだ。これは一人のファンとして堪らない展開……!
ジョセフ殿下から婚約解消される時、そばに推しがいてくれたら……。橋からの身投げも阻止してくれるかもしれない。そこさえクリアすれば、家族も推しも処刑されないで済む!
意外な角度から未来のバッドエンドを回避する提案がなされた気持ちになり、これはいてもたってもいられなくなる。
つい、日誌に教師がコメントをつけるように、推しのこのメッセージへの返信を書き込んでしまう。
『ありがとうございます、ポーレット侯爵令息……私もニックネームで呼んでもいいですか? ウィルとひとまず呼ばせていただきます。ウィルの「パルツィファルの物語」の考察はとても面白かったです! さらに私を見て強くなりたいと思ってくれたなんて……光栄です! ウィルが騎士に叙任される日を楽しみにしていますわ』
書き込んでから、気づいたことがあった。それは……。
貴族の子どもたちはある意味、元の世界より両親による強い監視下にある。例えば手紙。子ども同士がこっそり手渡しでもしない限り、手紙は両親の目を通してから渡される。
でも推しは手紙ではなく、本に見えるメモ帳を使った。
そう、本に見える。
両親は私がウィルからこのメモ帳を受け取っても、本の貸し借りをしているぐらいにしか思わないはずだ。
もしそう意図していたなら、推しは……かなりの策士だわ!
しかしそのおかげで推しとこんな秘密のやり取りができるのだ。私は嬉しくてならない。
本当はすぐにでも返事を届けたいけれど……。
次の水曜日。朗読会で会った時に渡そう!
お読みいただき、ありがとうございます!
推しのピュアさが眩しい……!
続きは明日の夜頃公開予定です~
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