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私の名を呼ぶ母の声に身が引き締まった。
そんな私に母は淡々と告げる。
「フィッツロイ公爵家はこの国の筆頭公爵家です。ご先祖様は王弟であり、我が家の私財は王家に匹敵します。お父様が所有する騎士団は精鋭揃いで、王家の近衛騎士より優秀と言われているのよ。この国で王家と肩を並べられるのは我がフィッツロイ公爵家だけなのです。恐れる必要はないの、キャロライン」
母の言葉を聞いた私は冷水を浴びた心地になる。
お母様はどこか強い一面があったが、やっぱり公爵夫人! ものすごい強気! しかも王家に負けないと言っているようなもの。そんなことを言えるのは……本当にそうだからだろう。
でもこの強さが、キャロラインが身投げした後の王家への復讐へとつながってしまうのだ。
やばい、ここは絶対に王家は関係ないとアピールしないと……!
そう思ったまさにそのタイミングでモリーがホットミルクを持って部屋に戻って来た。
「奥様、ホットミルクでございます。お嬢様、たっぷり蜂蜜をいれましたからね」
「ありがとう、モリー。さぁ、キャロライン、お飲みなさい」
「はい、お母さま」
ここは素直にホットミルクを口に運ぶ。舌の上に広がる温かい甘さに「はぁ~」とため息が漏れる。
「キャロライン。大丈夫よ。あなたのことはお母様が守るから。何も心配しなくていいの」
「……お母さま……」
キャロラインはやっぱり家族に愛されている。私は幼い頃にいくつか悪役令嬢になるべく仕込んだ出来事があるが、それを踏まえても、家族の愛情は……変わらないのかもしれない。
だったら、と思ってしまう。
悪役令嬢になり、嫌われることを願った。
でもそうではないやり方に方針転換してもいいのではないのか――と。
◇
ホットミルクを飲んだ私は、間もなく六歳になる子どもの体ということもあり、すぐに眠りに落ちてしまった。
ぐっすり眠り、目覚めた翌朝から、私は悪あがきをやめることにした。みんなに嫌われる悪役令嬢を目指すことを諦めたのだ。代わりに考えているのは――
フィッツロイ公爵家は王家に匹敵する――そう両親が思っているのなら。私とジョセフ殿下の婚約、なかったことにできないだろうか。
両親がジョセフ殿下と私の婚約を「やはり白紙撤回させてください!」と王家に申し出るとしたら、どんな場合が考えられるだろう?
昨晩母はジョセフ殿下の行き過ぎた私への好意を気にしていた。バルコニーに私を連れ出し、手の甲へキスをするような動作をしたこと。その動作自体は貴族の礼儀の一つであるが、あくまでそれは成人女性に対して行うもの。子ども同士ではすることではない。
つまりジョセフ殿下が幼い私にキスをしようとした……それだけで母は「まだ子どもなのになんて破廉恥な!」となるのではないか。
そう思ったものの、では実際、そんなことをジョセフ殿下は私にするだろうか……?
手の甲へキスをするような動作は確かに行き過ぎだったかもしれない。だが百歩譲ってまだ許されるとして、キスは……。さすがに本人も「まだ早い」と思っているのでは……?
ならばジョセフ殿下を誘惑し、キスをするようにし向け、その上で「キスをされそうになった!」と両親に訴える……?
いや、そんなハニートラップもどきのことはできない。そもそも私がそういうタイプではない。背に腹は代えられないと頑張ったところで、失敗する姿しか想像できなかった。
色恋沙汰ではなく、お金絡みは? ジョセフ殿下からお金の無心をされた……いや、それはない。第二王子に割り当てられているお金は相当だろうし、お金に不自由しているということはさすがにないだろう。
では違法ギャンブルに手を出している……そんなのすぐに調べたら、でっち上げとバレてしまう。
その後も変な性癖があるとか、怪しいことに勧誘されたとか、いろいろ考えたが……。
ジョセフ殿下に黒い噂はなく、清廉潔白。何を言ってもいちゃもんにしかならないわ!
嫌われ者の悪役令嬢を目指してもままならず。では、と両親が納得するようなジョセフ殿下との婚約解消理由を考えたが「これだ!」というのが浮かばない。
浮かばない上に妃教育の授業は難易度も量も増える。
ままならないまま、週に一度のお楽しみの朗読会の日を迎えることになった。
◇
「キャロライン、今日は何だか雪の精のようだ」
兄が白のドレスにふわふわのファーのついた白のフード付きのロングケープを着た私を見て目を細める。
雪の精。まさに今日の私が意識したコーデである。
リボンも白で、ブーツも手袋も白。
「お兄さまは火の精みたいね。赤のジャケットにオレンジ色のコートで」
「……確かにそうだな。キャロラインのことを溶かすつもりはないのだけど」
兄とそんなことを言いながらウキウキで馬車に乗り込む。
未来のために自分がどうあるべきか悩む中で、推しとの朗読会の日は唯一心が休まる場であると言っても過言ではない。
「お兄さまは今日、何の本を持参したのですか?」
「僕は最近、家庭教師の授業で習った『アメージング・ワールド』だよ」
「世界の不思議を紹介する本ですか?」
「そうなんだ。マルコという人が訪れた異国の地の話や北の極寒の地で見られるというオーロラのことなんかが紹介されているんだ」
「それは面白そうですね!」
「キャロラインはどんな本を持参したんだい?」
兄に尋ねられ、私は少しドヤ顔で答える。
「『パルツィファルの物語』です」
「何!?」
兄が前のめりになるのも仕方ないこと。
パルツィファルは聖杯を求めた騎士であり、精神論で語られる騎士の代表格。彼について描かれたこの書物はとても古く、完全版はそもそも少ない。少し新しくなると『パーシヴァルの物語』が出回るが、その原点こそが『パルツィファルの物語』だった。
「キャロライン、そんな希少性の高い本、どこで手に入れたんだい!?」
どうってことはない。由緒正しいフィッツロイ公爵家の書庫にひっそり収蔵されていたのだ。
「何と! そうだったのか……! 僕は全然知らなかったよ」
「我が家の書庫は実は宝ですよ、お兄さま」
そんなこんなでポーレット侯爵邸に到着した。
◇
「フィッツロイ公爵家とポーレット侯爵家による第一回朗読会にようこそ!」
笑顔の推しは、パールシルバーのセットアップで出迎えてくれた。
うわぁ! かっこいい! 白銀の王子様みたい……! アクセントのタイとベストのアイスブルーも実にマッチしている。
「あら、何だかお兄さまとフィッツロイ公爵令嬢は、雪の王子とお姫様みたいね!」
エリザベスのこの指摘はまさにその通り!
推しとペアコーデしたみたいだわ!
私がニマニマするのは仕方ない。推しはというと……。
「!」
頰をポッと淡くローズ色に染めて、瞳をキラキラさせているではないですか。
「フィッツロイ公爵令嬢とお似合いと言われるのは嬉しいな。……姫君、どうぞお手を」
何だか推しが王子様になりきり、手を差し出してくれる。
これには「はぁぁぁ……!」と嬌声をあげそうになるのを何とか堪えた。なるべく優雅に見えるよう、差し出された手に自分の手を重ねる。
「……先週の水曜日、フィッツロイ公爵令嬢は僕のこと、気に入っていると言ってくださいましたよね」
「はい! ポーレット侯爵令息は初めてお会いした時から素敵だな、と思いました。そして当主教育で忙しいのに、騎士になろうと努力されています。その上で、殿下のチェスの会にも参席し、兄と二人でこの朗読会を実現してくださいました。有言実行で努力家なポーレット侯爵令息のこと、全力で推しています!」
「全力で推す……というのは僕を好きということで合っていますか?」
「はい! 大好きです!」
お読みいただき、ありがとうございます!
キャロラインの服装、絶対に可愛い(´艸`*)
次話は明日のお昼頃公開予定です~
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