14
ジョセフ殿下の婚約者となり、この世界で定められたキャロラインのルートからなかなか逸脱することができない。つまり婚約解消となり、儚く消える未来から逃れられないのだとしたら……。
私は嫌われ者の悪役令嬢となり、「婚約解消もやむなし」と思われる方向へ持っていくしかない。そのために――
チェスを終え、宮殿から戻り、晩御飯となった。その席で私はカターンとフォークとナイフをお皿に派手に置き、盛大なため息をつく。
「不味いわ!」
突然の私の言葉に両親も兄も固まる。
これには私の良心が大汗をかくが、それを誤魔化すように声を出す。
「この芽キャベツ、不味すぎるわ! こんなもの、貴族が食べる必要はないと思うの!」
その場がシンと凍り付き、私の良心も「やっちまったよ~」と半べそ状態。でも私は歯を食いしばり、これもみんなが生きる未来のためと自分に言い聞かせる。
「確かに芽キャベツは子どもには癖があるな」
まさかの父の一言に目が点になる。
「私も子どもの頃は芽キャベツが苦手だったわ。……セバス」
母が執事長を呼び、彼は「はい、奥様」と穏やかに応じる。
「料理長に頼んで、芽キャベツは子どもが食べやすいように調理法を工夫するように言ってちょうだい」
「かしこまりました」
執事長のセバスは恭しく返事をするとダイニングルームから退出する。
「今日は無理に食べる必要はないよ、キャロライン」
「美味しいと思って食べないと、体にはよくないと言いますからね」
両親は……実に寛容! こうなると「そうですね……」と引き下がりそうになり、慌てて付け加える。
「この白パンも毎日同じもので飽きたわ!」
毎日同じ……なのは私がこの白パンを気に入ったと言い、「毎日これが食べたい!」とお願いした結果だった。それを忘れて何をのたまう!という状態だったが……。
「そう言われると僕も飽きました」
まさかの兄が同意を示し、私は目が点になる。
「いくら好きな物でも、毎日同じだと飽きるものなのですね」
しみじみとした兄の言葉に、両親は……。
「それはそうだな」
「我が公爵邸のパン職人はこれ以外のパンも作れるのですから、バリエーションを出してもらいましょう」
両親も同意を示している。
「キャロライン、無理にパンを食べる必要はない」
「飽きたと言っているけど、一個はちゃんと食べたものね。偉いわ、キャロライン。メインは食べ終わっているから、デザートを持ってきてもらいましょうか」
和やかな雰囲気に「このままではみんなに嫌われる悪役令嬢になれない!」と焦り、「デザートはいらない!」と言いかけたが……。
「今日のデザートはキャロラインの大好きなバニラ入りのカスタードタルトよ」
母の言葉に、私は言おうとしていたことを呑み込む。
バニラ入りのカスタードタルト……!
それは私の大・大・大好物……!
「キャロライン、デザート、食べるわよね?」
「……食べます……!」
◇
私はヘタレだ。大馬鹿者!
大好きなバニラ入りのカスタードタルト食べたさに、みんなに嫌われる悪役令嬢を演じることを放棄してしまった。
でもチャンスはまだある!
この世界はなんちゃってヨーロッパだから、バス・トイレはリアルな昔の事情とは違っている。手動ではあるが、ちゃんとシャワーもあるのだ!
そこで私は……。
「お嬢様、どうされたのですか!?」
「そのシャンプーの香りが嫌!」
「えええっ、昨日まで喜んで使っていましたよね!?」
この世界にはシャンプーとリンスがちゃんと存在しているが、シャワーが手動なので、貴族は乳母やメイドに手伝ってもらいながら入浴するのが当たり前。そのシャワーの場で私はシャンプーが気に入らないと我が儘を言い出したのだ。
案の定、困り切ったメイドの一人がバスルームを出て行く。
きっとお母様にこの事態を報告するわ。
お母様は私の我が儘を聞き「困った子ね……」と思うはず。
夕食での一件もある。これは確実にお母様に嫌われる……!
そう思っていた。ところが。
「まあ、キャロライン、よく分かったわね! そうなのよ。シャンプー、香りは同じ薔薇なのだけど、いつもとは違う商会から手に入れたの。この違いに気がつくなんて……!」
まさかの事態に「ええっ、そうなの!?」と驚くしかない。
「そうだったのですね! 私どもは全く気がつきませんでした」
「お嬢様はさすがですね!」
メイドからも称賛されてしまう。
ち、違う! そうではないのに……!
こうなったらと入浴を終え、一息つき、「お嬢様、そろそろお休みの時間ですよ」と言われたところで我儘を発動させる。
「まだ寝たくないわ!」
「えっ」
いつも寝ている時間である。正直なところは眠い。でも少しでも嫌われ悪役令嬢にならなければと、眠いのに眠くないと主張してみたのだ!
「……お嬢様、瞼が閉じそうですよ?」
「そ、そんなことないわ! 眠くない!」
「ですが……」
モリーは何とか私をベッドに横にさせようとするが、私は断固阻止。すると……。
見かねたメイドが母を呼びに行ったようだ。
「キャロライン、どうしたの?」
母が部屋に入って来た。
「私、まだ寝ません!」
「そう。それなら一緒にホットミルクでも飲みましょうか?」
母の言葉に「ホットミルク!」と目が輝いてしまう。
ホットミルクは眠れない時に飲ませてもらえて、蜂蜜がたっぷり入って甘いのだ。ホカホカでこれを飲むと眠くなる。
眠くなる……眠くなってしまう!
眠くなったら我儘はそこで終了だ。
ダメ、ホットミルクはダメ!
そう思うがすでに母はホットミルクを用意するよう、モリーに伝えている!
「ホットミルクは……」
モリーが部屋を出て行き、母はベッドのそばのソファに座るよう、私に言う。
頷いた私は渋々その指示に従うしかない。
「キャロライン、眠れないのは何か悩みでもあるのかしら?」
母はそう言うと私を優しく抱き寄せる。
ふわっと母のつける香水のいい匂いがして、私の心は一気に解きほぐされてしまう。
「悩み……はい」
「何を悩んでいるの? それはお母様やお父様に話したら、解決することではないのかしら?」
母は優しくガウンの上から私の腕をさすり、小さな声でささやく。
そんな風にされると全身から力が抜け、リラックスしてしまう。
「解決は……しないです」
「あら、どうして? お父様もお母様も、財力もあるし、社交界で影響力があるのよ」
「でも……第二王……」
そこで私はハッとする。
すっかり癒され、つい全てを母に話しそうになっていた!
「キャロライン、第二王子殿下が関わることなの? 何か彼から言われたり、されたりしたのかしら?」
「い、いえ、違います……!」
「……殿下はキャロラインとの婚約にとても乗り気だと聞いているわ。チェスで宮殿を訪ねたときも、いきなりあなたのことをバルコニーに連れ出したわよね。本来はあんなこと、王家の方はされないのに。しかもキャロラインの手を取り、甲へと口づける動作をしたわよね。あれは、大人のレディにすることよ。婚約しているならまだしも、内定の段階なのに。驚いたわよね? もしかしてそれで悩んでいるの?」
あの時、見ていないようでバッチリ母は見ていたようだ。
母が見ていたなら、父も見ていたわよね……。
推しも心配してくれたが、まだ婚約が内定の段階であり、正式に成立していないため、あんな風に二人きりになることは、親からしても心配なのだろう。
「そ、それは関係ないです……」
「キャロライン」
そこで母の声がピリッと引き締まった。
お読みいただき、ありがとうございます!
お母様の我が子を守るモードが発動です……!
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