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推しの「こちらです」の声にソファの前のローテーブルに目を向けると……。
そこには豪華な装丁の本――『ジャルマン騎士団の物語』が置かれている。ワイン色の本革装、三方金でページの断面はゴールドに輝いている。表紙自体の縁取り、型押しされた紋章もゴールド! しかもそのゴールドはアンティークな輝きを帯び、少しレトロな風合いもたまらない!
「これはすごいな。装丁だけでどれだけお金をかけたのかと思ってしまう」
兄の呟きに推しが答える。
「これは騎士団長のご子息であるマーブル卿にお借りしたのです。かなり手を掛けたものかと」
「なるほど! それなら合点がいく。騎士団長……マーブル侯爵ならご自身のルーツにも重なるから、それは手を掛けるはずだ!」
「はい。そしていくつか栞を挟んだ箇所は、初版本ならではの誤植です」
「ぜひ拝見させてもらおう」
そう言うと兄が私を見る。
私がこくりと頷くと、兄は本に手を伸ばした。
◇
「本当にヒーローのギャラハンの台詞が『素晴らしかったですわ』と令嬢言葉になっていた……!」
「七十一ページが二つありました!」
「宰相の挿絵、髭がないものがあったぞ」
「スペルミスも沢山ありましたね!」
もう兄と私は興奮しながら初版本を見てしまう。そんな様子を推しとエリザベスはニコニコと見守ってくれる。
「本当に貴重な物を見ることができた」
「お父さまとお母さまにも自慢できますね!」
「うん。キャロライン、ちゃんとメモをとったか?」
「はい! お父さまとお母さまに報告できるよう、メモをとりました!」
「よし。ではそろそろ公爵邸に戻るか」
楽しい時間というのはあっという間だ。
いつもより長めのティータイムだったが、もう屋敷に戻り、夕食までまた妃教育の授業を受けなければならない。
「もう帰ってしまうのは……残念だわ」
エリザベスがしょんぼりする。
「……これからも定期的に会える機会を作れるといいですね」
兄の言葉に私も「ぜひそうしたい!」と同意を示す。すると――
「ではこうするのはどうでしょうか。毎週水曜日は『フィッツロイ公爵家とポーレット侯爵家による朗読会』を開催するというのは?」
推しの提案に兄が即反応する。
「それは名案だ! 宮殿のサロンのようなものであり、曜日が決まれば都合をつけやすい。……でもポーレット侯爵令息は騎士見習いで忙しいのでは?」
「大丈夫です。それぐらいの時間、捻出してみせます!」
「そうか。ならば父上に早速話すとしよう」
「僕も父上に話します!」
兄と推しががっつり目を合わせ、大きく頷く。
エリザベスと私はおしとやかに「良かったわね~」と微笑んでいるが……。
実のところ私は頭の中で万歳三唱で小躍りしている。まさかの週に1回、ジョセフ殿下抜きで推しを存分に愛でるチャンスを得るなんて!
これで毎日の妃教育も頑張れるわ……!
ご機嫌で私は帰宅することになった。
◇
ポーレット侯爵家で『ジャルマン騎士団の物語』の初版本を見たことは、夕食の席で両親に報告することになった。兄が中心となり、いろいろ発見したことを語り、私のメモは父に渡った。メモを見た父は「うん。よく記録されている。素晴らしい」と笑顔になる。
父のこのご機嫌のタイミングを兄も見逃さず、さりげなく提案する。
「ポーレット侯爵令息とも話したのですが、今回のような初版本もそうですが、お互いに教養を深めるため、週に一度、たとえば毎週水曜日のお茶会に朗読会をしたらどうかとなったのです」
「ほう。朗読会か」
父が興味を持ったようで兄の方に体を向ける。
「それぞれが読む本の傾向は違うと思うので、お互いに良いと思った本を紹介し合う意味を含めてどうかと」
「なるほど」と応じた父はナプキンで口元を拭い、ワインを一口飲む。
「宮殿にサロンもあり、同じようなことをしている。それをまだ子どものお前たちがやりたいというのは……素晴らしい志だ」
兄がちらっと私を見る。私は「上手くいきそう!」と頷く。
「いいだろう。ポーレット侯爵と話してみよう」
これには「やったぁ!」と飛び上がりたくなるが、何とか堪える。
「父上、ありがとうございます! ぜひお願いします!」
「お父さま、よろしくお願いします!」
兄に続けて私も声を上げると、父は嬉しそうに微笑む。
「二人とも学ぶ気持ちが旺盛で良いことだね」
推しに週一で会えるから……なんて、父には口が裂けても言えないわ!
ともかく週に一度のお楽しみが爆誕しそうで、私の心はウキウキだった。
◇
「今日もみんなに会えて嬉しいです」
白のスーツを着たジョセフ殿下が天使のような笑顔で私たちを迎えてくれた。その笑顔に私は丁寧なカーテシーで同意を示す。
ヒロインに出会い、あっさり心変わりするジョセフ殿下からバルコニーで真摯な愛を告げられた私は、すっかり彼に対し距離を置きたい心境になっていた。話しかけられても、笑顔を向けられても、冷たい微笑で応じる――そんな風になりそうだと思っていたのだけど。
推しと毎週水曜日の朗読会が決まった!
その喜びが大きく、ジョセフ殿下にも寛容な態度をとることができる。だって……。
カーテシーを終え、いつもの席に着こうとすると、推しがチラッとこちらを見た。その瞬間、私は心からの笑顔になる。私の笑顔を見た推しは頬をうっすらと淡い桜色に染め、美しい銀色の瞳を輝かせ、甘い微笑みを返してくれるのだ……!
この微笑みに込められているのは「水曜日にまた会えますね」「楽しみにしています」「待ち遠しいです」という気持ち……と、私はポジティブ解釈して、ハミングしたくなる。
毎週水曜日に朗読会を推したちとすることは……特にジョセフ殿下に伝えるつもりはない。
もし話しても「僕も参加したいな」など言われたら、楽しいはずの朗読会がチェスの日曜日の延長になってしまう。よってジョセフ殿下には秘密。
兄とエリザベスは知っていることであり、知らないのはジョセフ殿下だけ……ではあるが、推しと秘密を共有している――この何とも特別な感じに私は酔っていた。
「フィッツロイ公爵令嬢は何だかご機嫌ですね」
「そうですね! 一週間かけ、勝ちにつながる一手を思いつくことができましたので」
「なるほど。では僕も気を引き締めないとですね!」
私がご機嫌なので、ジョセフ殿下もニコニコしていた。
推しとの秘密の共有の件もあり、心の余裕ができている。だからなのか。ジョセフ殿下のこのニコニコ顔も可愛らしく思える。
ジョセフ殿下は……悪い人ではないのだろう。純粋で自分の気持ちに真っ直ぐ。だからキャロラインではなく、ヒロインを好きになった時も自分の気持ちを偽り、政略結婚することができなかった。
そもそもはこの世界のヒーローとしての役割もある。ジョセフ殿下を責めることはできないわね……。
そこで私はチェスの駒を動かし、ジョセフ殿下がハッとして考え込む姿を見て、「よし。いい手を打てた」とご満悦な気分になり、気が付く。
ジョセフ殿下との婚約の流れが確定する一方で、水曜日にお楽しみができた。それですっかり満足しているが、そうではない!
私がちゃんと悪役令嬢になり、みんなに嫌われた状態じゃないと、推しも私の家族も復讐の鬼となり、悲劇に見舞われてしまう!
ここしばらく、すっかり丸くなってしまったが、そうではなかった。
ちゃんと悪役令嬢としてみんなに嫌われないといけない……!
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推しに会える~(万歳)
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