第95話「アフリカの角」
時事ネタ?社会風刺?いずれにしろ、この作品はフィクションであり、実在の企業・団体・個人とは一切関係ありません。キリッ
2027年冬。東京。内閣官房。
城島が橘に言った。「WFP(国連世界食糧計画)から依頼が来た」
「なんだ?」
「エチオピアとスーダンへの食糧支援輸送だ。スーダンの難民キャンプへの物資輸送が特に急ぎらしい」
橘が少し間を置いた。「EC725は何機ある?」
「ジブチの駐機場に10機いる。稼働中だ」
「AW101はどうした?」
城島がしばらく橘を見た。「折衝中だ。まだ届いていない」
「大泉に話を通してくれ。海自のMCH-101を10機FEPAに貸し出す形でいい。新造分が届いたら返せばいい」
城島が止まった。「海自のMCH-101を?」
「遊んでるやつがあるだろう。スーダンの難民キャンプに今すぐ飛べる」
「了解した」城島が続けた。「WFPへの回答は?」
「受ける。マリーニに連絡してくれ」
同じ頃。ジブチ基地。マリーニが黒田に報告した。
「WFP(国連世界食糧計画)から食糧支援輸送の依頼が来ました。エチオピアとスーダンの難民キャンプ向けです」
「受けるのか?」
「もちろん受けます」とマリーニが電卓を叩いた。「単価は安くしますが、エチオピア全土への輸送ネットワークが構築できます。農業支援と緑化支援のルートにもなります」
「EC725は使えるか?」
「先月納品されて完熟飛行も終えて10機、駐機場にいます。ジブチは雨が降りませんので格納庫がなくても問題ありません」
黒田が少し笑った。「それもそうだな」
「AW101は城島様が海自から10機手配してくださるそうです。スーダンの難民キャンプへは来週から飛べます」
黒田が頷いた。「やってくれ」
同じ頃。東京。内閣官房。
別の報告が届いた。
片桐が橘に言った。「エチオピア外務省から在日大使館を通じて接触があった」
橘が振り返った。「何の用だ?」
「対中債務の件で相談したいと。53億8000万ドルだ」
橘がしばらく窓の外を見た。「来たか」
「待っていたのか?」
「そうだ」
片桐が資料を出した。「エチオピアと日本の関係は比較的友好的だったんですね。大日本帝国憲法を参考にエチオピア初の憲法を作ったとか」
「そうだ」と橘が静かに言った。「有色人種として共に白人と戦った——そういう歴史がある。本来、中国より日本の方が近い存在だ。債務問題でやむを得ず中国に頼っただけだ」
「だから来た」
「そうだ。ジブチを押さえれば、エチオピアは自然に来る。最初から分かっていた」
片桐がしばらく橘を見た。「対中債務53億8000万ドルを買い取るのか?」
「そうだ。FMS特会から出せる」
「条件は?」
橘が静かに続けた。「日系企業の進出優遇。新鉄道へのアクセス権。農業支援と教育支援の受け入れ。それと天然ガス田の開発権だ」
片桐が止まった。「天然ガス田?」
「エチオピアのオガデン地方に天然ガス田がある。開発が進んでいない。天然ガスで火力発電所を作れば——エチオピアが自立できる」
「電力が安定すれば産業も動く」
「そうだ。産業が動けば」橘が少し間を置いた。「鉄道を国境まで延ばせる」
城島がしばらく橘を見た。「国境の向こうは南スーダンだな」
橘は答えなかった。冷めたコーヒーを一口飲んだ。
「……アフリカの角が全部取れるな」と片桐がつぶやいた。
「さあな」
数日後。片桐がアディスアベバに向かった。
エチオピア外務省の担当者が向かい合って座った。
「日本に来ていただけるとは思っていませんでした」
「友人ですから」と片桐が静かに言った。「エチオピアと日本は100年以上の友好関係があります。ハイレ・セラシエ皇帝が日本の憲法を参考にされたことは、日本人として誇りに思っています」
担当者がしばらく片桐を見た。「本来、我々は日本の方が近い存在です。やむを得ず中国に頼りましたが」
「分かっています」と片桐が静かに言った。「だからこそ、お待ちしていました」
「対中債務の件は本当に買い取っていただけるのですか?」
「53億8000万ドル、F即座にお支払いします」
担当者が少し間を置いた。「条件は?」
「日系企業の進出優遇、中国の電化した鉄道の運営権、農業支援と教育支援の受け入れ——それと油田と天然ガス田の開発権です」
「天然ガス田を?」
「エチオピアの電力問題を解決します。天然ガスで火力発電所を作れば国内が安定します。鉄道も国境まで延ばせます。将来的にジブチ経由で原油も輸出できれば、エチオピア全土が豊かになります」
担当者がしばらく沈黙した。「農業支援も?」
「そうです」と片桐が続けた。「エチオピアの農業ポテンシャルは高い。肥沃な高地の農産物を適切に輸送できれば——食料問題は自然に解決します。タチコマを使った農作業効率化と、緑地化に関しては東京農業大学の技術支援を組み合わせます」
担当者が少し驚いた顔をした。「ロボットで農業を?」
「そうです。運べないから食料が足りないのです。鉄道と農業支援で解決できます」
担当者がしばらく黙った後に言った。「前向きに検討します」
東京。内閣官房。
城島が橘に報告した。「片桐さん、エチオピアとの交渉が前向きに進んでいるそうだ」
「そうか」
「スーダンの難民キャンプへのヘリ輸送も来週から始まる。MCH-101が10機、海自から貸し出されることになった。大泉が珍しく即断したそうだ」
「大泉は何と言った?」
城島が少し笑った。「『断りますか? ご教授いただきたい』と言ったそうだ」
橘がしばらく窓の外を見た。「成長したな、大泉も」
「WFP(国連世界食糧計画)からの輸送契約も正式に締結された。EC725が毎日飛んでいる。マリーニが収益計算を始めたそうだ」
「そうか」
「アフリカの角が動き始めたな」
「そうだ」
城島がしばらく橘を見た。「最初から4カ国まとめて取るつもりだったのか? ジブチ、エチオピア、南スーダン、スーダン」
橘は答えなかった。
城島が部屋を出ようとした時、橘が静かに言った。
「城島、内密の話だ」
城島が止まった。「なんだ?」
「いずれ遠くないうちに、ソマリアへの対処についてアフリカ連合と米国から接触してくると思う」
「ソマリアまで?」
「まだ数年先だ」と橘が続けた。「そうなれば——エリトリアもいつまでも意地を張れんだろう」
「エリトリアが動けば——」
「紅海の安全が完全に確保できる。そしてアフリカ諸国の資源に自由にアクセスできるようになる」
橘がしばらく窓の外を見た。「これは国家100年の計だよ」
城島がしばらく黙った。「最初からここまで見えていたのか?」
橘は答えなかった。ドールAが温めたコーヒーを差し出した。橘が受け取った。
今日も温かかった。
窓の外に霞が関の冬の空が広がっていた。
アディスアベバでは片桐が交渉を続けていた。スーダンの難民キャンプではMCH-101が着陸準備をしていた。ジブチではEC725が飛び立っていた。マリーニが電卓を叩いていた。エチオピアのオガデン地方では誰も気づかない天然ガス田が静かに眠っていた。
すべてが同時に動いていた。
冷めたコーヒーに手を伸ばしたが、もう飲んでいた。珍しく、空のカップを持ったままだった。




