第93話「アフリカのドバイ」
時事ネタ?社会風刺?いずれにしろ、この作品はフィクションであり、実在の企業・団体・個人とは一切関係ありません。キリッ
片桐、牧野、城島、外務省・経産省・防衛省の担当者が並んでいた。
橘が資料を配った。
「ジブチ拠点の永続化を図る。100年単位で考える」
室内が静まり返った。
「現状、FEPAとJDETAはジブチ政府との契約で動いている。だが政権が変われば契約が消える可能性がある。それでは困る。準同盟化する」
片桐が頷いた。「具体的には?」
「ジブチを『アフリカのドバイ』にする。50億ドル(約7300億円)の開発援助をパッケージで提示して、見返りに100年間の借款補償と治外法権、日系企業の進出優遇を取り付ける」
経産省担当が手を挙げた。「50億ドルの内訳は?」
橘が資料を出した。
「まずインフラ系から話す。タジュラ空港の舗装化——3500m滑走路1本と誘導路。ジブチ国際空港の改修——3500m滑走路を2本化して北側に新規ターミナルビルとホテルを新設する。火力発電所1基設置——これが全ての前提だ。Doraleh Multi-purpose Portの拡大。ジブチとタジュラに大規模淡水化プラントの設置。ソーラー発電ユニット組み込みの深礎井戸500本の設置。JDETA拠点にスマートドックを2ドック開設して民間需要にも対応する」
防衛省担当が頷いた。「鉄道は?」
「2路線だ」と橘が続けた。「アリ・サビエからオロルを経由してジブチまでの複線鉄道——これがメインだ。それとジブチからアルタ、アッサルを経由してタジュラへの複線鉄道」
城島が地図を見た。「中国が電化したアディスアベバ・ジブチ鉄道が並走してますよね?」
「使わない」と橘が静かに言った。
「——なぜですか?」
「中国規格だ。それに——」橘がしばらく間を置いた。「あの鉄道は34億ドルかけて電化したが、乗車率は20%で貿易の15%しか担えていない。電力不足で貨物列車が定期的に止まる。34億ドルをドブに捨てた」
牧野が続けた。「——隣接地を確保して新規に複線を敷設するということですね」
「そうだ。日本式の標準軌で最初から正しく作る。電力は火力発電所で安定供給してから着工する。中国の失敗を横目に見ながらやる」
城島がため息をついた。「——中国は怒りますよ」
「怒らせておけ」
外務省担当が少し笑った。
橘が続けた。「農業・産業系に移る。東京農業大学の緑化支援プロジェクトに500億円を投入する。タチコマの派遣で5州1市に緑化帯の設置と農園の開設だ。ジブチとタジュラに鶏舎施設——海水冷却による特殊大規模鶏舎だ。アッサル湖での製塩工場開設。油田と天然ガス田の開発。日産自動車を進出させる——アフリカ市場向けの安価で頑丈な1000cc前後のRVとピックアップトラックだ」
「食料の問題は?」と経産省担当が聞いた。
「ジブチは食料自給率がほぼゼロだ。エチオピアからの陸路輸送に依存している。鶏舎と農園で国内生産を始める。鉄道が完成すれば輸入コストも下がる」
「教育は?」
「5州1市に英語学校と日本語学校を開設する。インターナショナルスクールも複数開設して運営する」
「その他は?」
「ジブチは国土が湾をかこうC状の地形で、南部のジブチと北部のタジュラの往来が難しい。タジュラとジブチ間のフェリー航路を開設して中古フェリーを2隻供与する。タジュラ空港の舗装整備が完成すれば航空路も開ける」
城島が電卓を叩いていた。「——全部合わせると50億ドルを超えますね」
「50億ドルに収める。優先順位をつけて段階的に執行する」
外務省担当が続けた。「——条件は?」
橘が静かに言った。「中国軍基地の撤収。FEPA及びJDETA拠点の100年間の借款補償。借款地区における治外法権。日系企業の進出優遇。宗主国フランスに配慮してフランス軍による航空管制の継続だ」
「——中国軍の撤収は現実的ですか?」
「そのために自衛隊も撤収する」
防衛省担当が止まった。「自衛隊も撤収するんですか?」
「そうだ。アデン湾の海賊対策はFEPAが担っている。自衛隊の存在理由がない。潔く退く。その上で中国軍に対しても年内退去を求める」
「中国が断れば?」
「彼らの目的が海賊対策ではなかったと国際的に証明される」
城島がしばらく黙った。「それは詰みますね」
「そうだ」
数日後。総理官邸。
片貝、大泉、高道、望月が揃っていた。
橘が資料を出した。「ジブチとの準同盟化に向けた開発援助パッケージです。50億ドルの投資で100年単位の拠点を確保します。中国軍を追い出す代わりに自衛隊も撤収します」
高道が資料を見た。「50億ドルか。財源は?」
「FMS特会と対米投資の枠組みを活用します。フランスとの共同投資にします」
「フランスが絡んでくるか」と望月が言った。
「フランスは旧宗主国です。ジブチへの影響力を維持したい。港湾運営と電力インフラへの出資を受け入れれば動いてくれます」
大泉が続けた。「自衛隊の撤収は——国内向けの説明が必要だ」
「海賊はFEPAが抑えています。自衛隊の任務は完了した——そう説明できます。支持率には逆に好意的に反応するはずです」
高道が頷いた。「——やってください」
望月が橘に言った。「フランスとの協議は片桐さんに任せるのか?」
「はい」
数日後。パリ。エリゼ宮。
モローがフランス首相に報告していた。「日本から提案が来ています。ジブチへの50億ドルの開発援助パッケージです。フランスに港湾運営と電力インフラへの出資参加を求めています」
フランス首相が資料を見た。「日本と共同でジブチ開発をするということか」
「そうです。中国軍を追い出す条件として自衛隊も撤収するという提案です。フランスには港湾運営に10億ドル、電力インフラに8億ドルの出資枠を確保するとあります」
「——フランス企業の参入優遇は?」
「明記されています」
首相がしばらく資料を見た。「中国のジブチへの影響力拡大は我々も懸念していた。フランス軍の駐留継続も確約されているのか?」
「そうです。航空管制の継続も含めて」
首相が頷いた。「——参加する方向で検討する。ただし条件がある」
「なんでしょうか?」
「タジュラ空港の運営にもフランス企業を参入させてほしい。ジブチ港だけでは足りない」
モローがメモを取った。「日本側に伝えます」
東京。内閣官房。
城島が橘に報告した。「フランスから条件が来た。タジュラ空港の運営にもフランス企業を参入させてほしいとのことだ」
橘が少し間を置いた。「受け入れる。タジュラ空港の開発はどうせ田中本部長にやってもらう予定だった。運営をフランスに任せれば田中の仕事が一つ減る」
城島がしばらく橘を見た。「田中本部長の仕事量を計算してるのか?」
「まあな」
翌日、フランス政府から正式な参加表明が来た。港湾運営10億ドル、電力インフラ8億ドル、タジュラ港運営参加——全て受け入れた。
城島が橘に報告した。「フランスが参加表明した。ジブチ政府への下交渉の準備が整った」
「片桐に連絡してくれ」
「——了解した」城島が続けた。「中国は怒るかな?」
「怒る」と橘が静かに言った。「だが中国に断る理由がない。海賊対策が目的なら撤収するのが筋だ。50億ドルのインフラ投資の前では何も言えない」
城島がしばらく橘を見た。「あいかわらず怖いな、お前は」
橘は答えなかった。ドールAが温めたコーヒーを差し出した。橘が受け取った。
今日も温かかった。
窓の外に霞が関の秋の空が広がっていた。
パリではフランス企業がジブチ空港運営の準備を始めていた。中国軍基地の兵士たちはまだ何も知らなかった。片桐がジブチ行きの準備を始めていた。田中本部長のスケジュール帳には既に「タジュラ港開発」と書かれていた——本人はまだ知らなかったが。
全部同時に動いていた。
冷めたコーヒーに手を伸ばしたが、もう飲んでいた。珍しく、空のカップを持ったままだった。




