第9話「シカゴの春」
時事ネタ?社会風刺?いずれにしろ、この作品はフィクションであり、実在の企業・団体・個人とは一切関係ありません。キリッ
2024年4月。午後二時。
ケイラ・ドナヒューは娘の手を引いて、スーパーマーケットの駐車場を早足で歩いた。
エマが七歳、サラが五歳。二人とも何も言わなかった。何も言わなくていいことを、もう知っていた。
車に乗り込んでドアをロックした。
エンジンをかけながら、ケイラは周囲を確認した。元米海軍特殊戦支援部隊の訓練が染み付いている。脅威の確認。退路の確保。優先順位の判断。
スーパーの駐車場でそれをやっている自分が、まだ信じられなかった。
デイビッドが撃たれたのは二年前の夜だった。帰宅途中だった。財布を渡したのに撃たれた。犯人は十七歳だった。
裁判は六ヶ月かかった。判決は少年院送致、三年。
三年後、犯人は出てくる。エマは十歳になっている。サラは八歳になっている。この街で、この駐車場で、娘たちは生きていく。
「ママ、今日のお弁当のリンゴ、おいしかった」
サラが言った。
ケイラはバックミラーで娘の顔を見た。笑っていた。
ハンドルを握る手に力が入った。
この子たちをどこに連れて行けばいい。この国のどこに行けば、夜道を歩けるのか。この街のどこに行けば、駐車場で周囲を確認しなくて済むのか。
エマが窓の外を見ていた。
「ねえ、ママ。日本って安全なの?学校で習った」
ケイラは少し間を置いた。
「安全らしいね」
「行ってみたい」
ケイラは何も言わなかった。
ただ、アクセルを踏んだ。




