第8話「ロンドンの夜」
時事ネタ?社会風刺?いずれにしろ、この作品はフィクションであり、実在の企業・団体・個人とは一切関係ありません。キリッ
2024年11月。午後十一時。
ジェイク・パーマーは地下鉄の駅から出た瞬間に、また違う匂いがすると思った。
ロンドン東部のストラトフォード。生まれ育った街だ。子供の頃は魚屋とパン屋と古本屋が並んでいた。今は何があるか、正直よく分からない。シャッターが増えた。看板の文字が変わった。聞こえてくる言葉が変わった。
悪いことだとは思わない。思わないようにしている。
ただ、夜道を一人で歩けなくなったのは事実だった。
陸軍にいた頃は気にしなかった。アフガニスタンでもキプロスでも、銃を持っていれば怖いものはなかった。除隊して帰国して、初めて気づいた。故郷の夜道の方が怖い。
角を曲がったところで、若い男たちのグループと目が合った。
ジェイクは目を逸らした。足を速めた。
これが正しい行動だと知っている。英国陸軍通信部隊で七年、世界中の紛争地帯で鍛えた男が、故郷の夜道で目を逸らして足を速める。
アパートに戻って鍵を閉めた。
PCを開いた。いつもの習慣で日本のアニメのサイトを開いた。最新話が更新されていた。画面の向こうに、整然とした街並みが映っていた。夜中に一人で歩く女性が映っていた。誰も追いかけてこなかった。
ジェイクはしばらくその画面を見ていた。
幼馴染みのトムが刺されたのは三ヶ月前だった。命は助かった。でも左手の感覚が戻っていない。犯人はまだ捕まっていない。
画面の中の街が、画面の外より安全に見えた。
ジェイクはヘッドフォンをつけた。アニメの主題歌が流れた。日本語の歌詞が耳に入った。意味は分かった。独学で覚えた言葉だった。
窓の外で、遠くからサイレンが聞こえた。




