第7話「城島ターン」
時事ネタ?社会風刺?いずれにしろ、この作品はフィクションであり、実在の企業・団体・個人とは一切関係ありません。キリッ
防衛装備庁の第三会議室は、霞が関の中でも特に空気が重い部屋として知られていた。窓がなく、壁は防音材で覆われている。ここで交わされた言葉は外に出ない。それを知っている人間だけが呼ばれる部屋だった。
午前十時。城島哲也は上座に座らず、長机の中央に陣取った。
向かいに並んだのは五社の技術・営業担当と、防衛装備庁の装備官・野中誠一だった。野中は城島の元部下で、三年前に防衛省から装備庁に異動していた。今朝の招集の意図を、野中だけが事前に知っていた。
城島は資料を配らなかった。
「今日は一つだけ聞く」
静かな声だった。しかし部屋の空気が変わった。城島がこの声を出す時、何かが決まる——それを知っている人間が半数以上いた。
「09計画の試作機を六ヶ月で出せるか」
沈黙が落ちた。
最初に口を開いたのは三菱重工の技術担当、桑原だった。五十代の細身の男で、現場叩き上げの技術者だった。
「六ヶ月は無理です」桑原は即座に言った。「量産ラインが今すぐ回せる状態にない。設計の確定から治具の製作まで、最低でも十八ヶ月は必要です」
「試作機の話をしている。量産ラインの話はしていない」
桑原が口をつぐんだ。
「重装輪回収車のシャシーをベースに流用する。12式地対艦誘導弾の車体と基本設計が共通だ。重量物搭載は最初から想定されている。設計変更の範囲を最小限に絞れば六ヶ月で出せるはずだ」
桑原が手元の資料を素早く確認した。
「重装輪ベースであれば35mm砲塔の搭載重量は問題ありません。積載余裕があるので将来的には短距離対空ミサイルの併載も——」
「後で検討する。まず砲塔とレーダーだけで動かせ」
「それであれば——」桑原は少し考えた。「六ヶ月、やります」
「やりますではない」城島は静かに言った。「やれ」
桑原が一瞬だけ目を細めた。
「やります」
三菱電機の営業担当、森下が資料を開いた。四十代の眼鏡をかけた男だった。
「レーダーについてですが」森下は慎重な口調だった。「OPY-2のモジュール化は設計変更が必要です。現行の艦艇向け仕様から装輪車両向けに改修するには最低でも一年——。電磁環境の解析と車載条件のシミュレーションだけで相当な計算リソースが必要で、弊社の設備では一年かかる計算が——」
「富岳を使え」
森下が止まった。
「……富岳ですか」
「理化学研究所との調整は済んでいる。OPY-2のモジュール化設計に必要な計算リソースを優先割当する。スケジュールはどのくらい短縮できる」
森下はしばらく計算していた。
「富岳のリソースが使えるなら——三ヶ月で基本設計の目処が立ちます」
「それでいい。詳細は野中と詰めてくれ」
森下が頷いた。目の奥に、先ほどとは違う光があった。
「モジュール化の設計変更は並行して進める。試作機には現行のOPY-2の縮小版を暫定搭載する。量産型への換装は後でいい」
日本製鋼所の技術担当、荒木が口を開いた。六十代の白髪の男で、この場で最年長だった。
「35mm砲の件ですが」荒木は落ち着いた声だった。「エリコンとの技術協定が先決です。ライセンス生産の範囲が確定しないと、弾薬も含めて動けません」
「エリコンとの協定は外務省ルートで来週中に枠組みを確定させる。細部の詰めは並行して進める」
荒木が城島を見た。
「来週中というのは確実な話ですか」
「確実だ」
荒木はしばらく黙って城島を見ていた。長いつき合いではなかったが、防衛省の人間がこの言い方をする時の意味は知っていた。
「分かりました。弊社としては協定の枠組みが確定次第、即座に動けます」
IHIの営業担当、永井が手を挙げた。三十代の若い男で、この場では明らかに場違いな雰囲気を持っていた。
「エンジンの件ですが、スペックがまだ確定していない段階では——」
「重装輪回収車のエンジンはそのまま使う。ただし電力が足りない」
永井が止まった。目が変わった。
「IHIのIM400を補助電源として搭載する案を検討していました。P-3Cのエンジンをベースにした移動電源用のガスタービンで、軽油で動く。車体後部に搭載できるサイズです」
「試作機で実証できるか」
「できます。移動電源車への搭載実績があります。むしろこれが本番環境に一番近い」
城島が永井を見た。
「最初からそれを言え」
永井が少し赤くなった。
「すみません、スペックが確定していないと言われたので——」
「スペックが確定していないから知恵を出すんだ」
永井が頷いた。
「わかりました。IM400の搭載案、詳細を詰めます」
川崎重工の技術担当、前田が静かに言った。五十代の穏やかな顔をした男だった。
「城島さん、一つ確認させてください」
「どうぞ」
「これは正式な発注案件として動く話ですか。それとも——」
「防衛装備庁の研究開発案件として動かす」野中が口を開いた。「予算の枠組みは来週中に確定する予定だ」
前田が頷いた。
「であれば川崎としては補完製造で参加できます。三菱重工の量産ラインが立ち上がるまでの間、うちのラインを使ってもらって構いません」
城島が前田を見た。
「助かる」
それだけだった。しかし前田は小さく頷いた。それで十分だった。
野中が静かに口を開いた。
「一点、確認させてください」
城島が野中を見た。
「重装輪ベースの車体に35mm砲塔とOPY-2暫定搭載、エリコンの35mm砲、IHIのIM400補助電源——この組み合わせは試作段階では張りぼてに近い仕様になります。それでも六ヶ月で出す意味がありますか」
会議室が静まった。全員が城島を見た。
城島は少し間を置いた。
「動くかどうか分からない。でも動かさなければ何も変わらない」
野中が頷いた。それ以上は聞かなかった。
城島は立ち上がった。
「一つだけ言っておく」
全員が城島を見た。
「この計画が何のためにあるか、今日この場では説明しない。ただ、六ヶ月後に試作機が動いた時、それが分かる。それだけ言っておく」
誰も質問しなかった。
会議室を出た城島は、廊下で野中を呼び止めた。
「桑原と荒木は使える」
野中が頷いた。「永井は?」
「若い。でも素直だ。使える」
城島はスマートフォンを取り出した。橘へのメッセージを打った。
「各社、六ヶ月で試作機を出す。エリコンの協定を来週中に頼む」
数秒後、橘から返信が来た。
「了解。片桐に回した」
もう一通、メッセージが来た。
「それと、はやぶさ改の話を始める。城島、次の会合に来られるか」
城島はしばらく画面を見ていた。
はやぶさ改。
09計画の先に何があるか、うすうす気づいていた。それでも聞かなかった。橘が「後で話す」と言った以上、後で分かる。
城島は返信を打った。
「行く」
廊下の窓から霞が関の空が見えた。快晴だった。
六ヶ月後、この空の下で09式の試作機が動く。
そしてその先に、橘が動かそうとしているものがある。
城島にはまだ見えていなかった。ただ、それが間違っていないとは思っていた。




