第88話「スマートドック転換」
時事ネタ?社会風刺?いずれにしろ、この作品はフィクションであり、実在の企業・団体・個人とは一切関係ありません。キリッ
2027年。東京。内閣官房。
城島が資料を出した。「スマートドックの現状を確認します」
「どうぞ」
「現行6ドックの配置です。FEPAタイプ-1が1ドックで2隻建造中、FEPA補給艦が1ドックで2隻建造中、はやぶさ改が4ドックで12隻建造中——全ドックが稼働中です」
「そうだ」
「米国の次期主力艦DDG(X)を建造するドックがない」
「——だから横須賀だ」
城島が資料を出した。「横須賀6号ドックです。現在は米軍に接収されたままです。信濃を建造した歴史的な大型ドックです」
「——返してもらう」
「——条件は?」
「向こう10年は米艦船の建造・修理専用として使用する。それを対米交渉の条件にしてくれ」
城島がしばらく橘を見た。「——米国にとってはメリットしかないな」
「そうだ。横須賀に自国艦船の専用建造・修理拠点ができる。太平洋の修理拠点として最適だ」
「——ドックの整備費用は?」
「JMUがFMS特会へ2900億円を投資する。対米投資枠として計上する」
その時、片桐が口を開いた。「——橘、計算は合ってるか?」
橘が止まった。「——何が?」
「昨年は1ドル160〜164円だったから、対米投資枠って90兆円位に膨らんでたんだ。今は1ドル145円だよ」片桐が続けた。「お前の景気対策と地道なドル払い円回収もあって急速に円高に振れてるぞ? だから今は20万ドルは2900億円だよw」
城島が止まった。「——円高がそこまで進んでいるのか?」
「そうだ」と片桐が続けた。「良いことだけどな。対米投資枠の円換算が目減りしてきている」
橘がしばらく黙った。「——2900億円か」
「そうだよ」
「——想定内だ」
片貝財務相が横から続けた。「——本当に想定していたの?」
橘が少し間を置いた。「……さあ」
「——財務構造を整理する」と橘が続けた。「JMUがFMS特会へ2900億円を投資する。FMS特会がりんかい日産建設に500億円で7号ドックの新設工事を発注する。同じくFMS特会からスマートドック化に1500億円を投資して、完成したドックをJMUに引き渡す」
城島が計算した。「——2900億円入って2000億円出て行く。FMS特会に900億円の利益が残るな」
「そうだ」
「——JMUは?」
「スマートドック化されたドックを取得できる。純粋な設備投資として一括償却も可能だ。一挙両得だ」
片貝が続けた。「——JMUにとってもFMS特会にとっても、今が設備投資一括償却の時限措置が生きている最後のタイミングですね」
「そうだ」と橘が静かに言った。「だから今やる」
城島がJDETAの木村に連絡した。「横須賀6号ドック返還とJMU横須賀設立の件だ」
木村「——了解しました。すんなり受け入れます。JMUへの連絡は我々から行きます」
「頼む」
しばらくして木村から折り返しが来た。「——JMU社長がびっくりしています。今すぐ来てほしいそうです」
東京。JMU本社。
JMU社長が城島を見た。「横須賀6号ドックですか? それに7号ドックも新設?」
「そうだ。JMU横須賀として傘下に編入してもらう。財務構造は先ほど説明した通りだ」
社長がしばらく固まった。「FMS特会への2900億円投資が設備投資として一括償却できる?」
「そうだ。時限措置の間に動けるタイミングだ」
社長がしばらく天井を見た。「信濃以来80年ぶりに横須賀で本格的な軍艦が建造されるんですね」
「そうだ」
社長が少し間を置いた後に笑顔になった。「やります!」
「よかった」
「ただ——」社長が続けた。「川崎さんに睨まれますよ。彼ら神戸で潜水艦メインだからスマート化の恩恵がないから」
城島が少し間を置いた。「いや、川崎の潜水艦技術は評価しているんだが、ほぼ一品物の潜水艦はスマート化にあまり向かないんだよ。彼らには技本とやってるGCAPの無人機開発の量産化時にスマート化を斡旋するよ」
社長がしばらく城島を見た。「——GCAPの無人機まで考えているんですか?」
「そうだ」
「——政府は何手先まで読んでいるんですか?」
城島が少し間を置いた後に静かに笑った。「——さあな」
同じ頃。ワシントン。国防総省。
ダイアン・マーシュが資料を見ていた。
「——横須賀6号ドックの返還と引き換えに、向こう10年は米艦船の建造・修理専用?」
担当者が頷いた。「7号ドックも新設します。JMU横須賀として運営します。DDG(X)が2年で就役できます」
マーシュがしばらく考えた。「韓国の3〜4年に圧倒的に優位だ」
「そうです。6隻発注して将来最大24隻まで追加発注も視野に入ります」
マーシュが資料を閉じた。「受け入れよう。海軍の再建は急務だ、10年の専用使用権は魅力的だ」
「DDG(x)建造の費用は?」
「指定装備支給で1隻1000億円、円建て払いで。それで2年就役なら破格だと思いますよ」
担当者が電話を切った後、城島に連絡を入れた。「——成立しました」
同じ頃。東京。内閣官房。
城島が橘に続けた。「5大ゼネコンへの発注状況も整理しておく。鹿島がジブチメイン、大林がジブチ下請け、大成が茨城方面の工場増設、清水が愛知拠点だ」
「そうだ」
「竹中工務店は?」
「西日本がメインだから産業振興の恩恵が薄い。熊本と能登の復興をお願いしたい。Tachikoboの実証場所にもなる——三方よしだ」
城島がしばらく橘を見た。「また全部計算の内か?」
橘は答えなかった。
「それと——横須賀7号ドックの新設工事はりんかい日産建設に発注する」と城島が続けた。「6号ドックの南側の海を突堤で区切って浚渫する。筆頭株主が今治造船だから話が早い」
橘「——今治造船はスマートドック化の時に独立系として残しておいたからな」
「——布石だったのか?」
橘「……さあな」
同じ頃。ソウル。韓国造船業界。
担当者がニュースを見ていた。
「横須賀でJMUがDDG(X)を建造するだと?」
「我々がずっと地ならしをしていたのに・・・・」
「日本の方が建造速度が異常だ!2年就役だと?」
しばらく沈黙が続いた。
「米国内の造船所再建に注力するしかないな」
「また日本にいいとこを持っていかれた」
東京・内閣官房。
城島が橘に報告した。「DDG(X)6隻の受注が成立した。横須賀6号ドックの返還も合意した。7号ドックの新設も決定した。JMU横須賀として傘下に編入する」
「そうか」
「韓国が、またいいとこを持っていかれたと言っているそうだ」
橘が少し間を置いた。「地ならしはしてもらった。おかげで話が早かった」
城島がしばらく橘を見た。「韓国に感謝しているのか?」
「してない」
城島がため息をついた。「まったく怖いな、お前は」
橘は答えなかった。冷めたコーヒーに手を伸ばした。飲んだ。やはり冷めていた。
窓の外に霞が関の空が広がっていた。
横須賀では6号ドックが静かに待っていた。信濃を建造したドックが80年の時を経て、再び動き始めようとしていた。りんかい日産建設が7号ドックの測量を始めていた。川崎重工は将来のGCAP無人機量産化を静かに待っていた。竹中工務店は熊本と能登に向かっていた。
全部同時に動いていた。
冷めたコーヒーに手を伸ばしたが——もう飲んでいた。珍しく、空のカップを持ったままだった。




