第84話「Tachikobo報告」
時事ネタ?社会風刺?いずれにしろ、この作品はフィクションであり、実在の企業・団体・個人とは一切関係ありません。キリッ
2027年2月初旬。東京。内閣官房。
日立建機の森と東大ベンチャーの西村代表が並んで座っていた。
橘、城島、牧野が向かいに座っていた。
森が口を開いた。「能登と熊本の視察結果をご報告します」
「どうぞ」
「まず能登から——木造家屋の倒壊がれきでの課題を確認しました。次に熊本——イオンモール熊本のガス爆発現場を視察しました」
城島が少し身を乗り出した。「——イオンモールの件か」
「はい」と森が続けた。「S造——鉄骨造でした。これが非常に重要な知見でした」
「S造の問題点は?」
「RC造と違ってS造の倒壊は鉄骨が絡み合います。爆発の内圧に対してRC造より格段に弱い。熱で鉄骨が変形・倒壊しやすい。がれきの形状が予測しにくい——人間が入れる隙間がほとんどありません」
「——Tachikoboとしての観点は?」
森が資料を出した。「名称タココに決定したセンサーロボを先に潜らせて——」
「——なんでタコ子なんだ」
「タコ子のもじりです。タ・コ・コです」
「——可愛い方が覚えてもらいやすいので」
城島がため息をついた。「——士郎正宗かよ!」
「——また言ってる」と西村が苦笑した。
橘が静かに言った。「——タココの話を続けてくれ」
「タココが倒壊したS造の隙間に先行侵入して生存者の体温・呼吸音を検知して位置を特定する。次にタチコマが変形した鉄骨の間を移動して要救助者の周囲のがれきを除去。最後にタコマが倒壊した鉄骨フレームを解体しながら火災にも対応する」
「——火災対応は?」
「タコマに放水機能を搭載する方向で検討しています。S造は火災耐性が弱いので、がれき処理と同時進行で消火が必要です」
「——まず見つけることが全てだな」と橘が言った。
「そうです」と森が頷いた。「どんな機体も、タココが先に動かなければ宝の持ち腐れです」
橘が続けた。「開発スケジュールは?」
森が資料を出した。「アスタコの実績があります。素体は既に設計済みです。AI部分だけを開発すればいい。GW明けにはタココとタチコマの試作機が出せます。タコマの素体も同時期に完成します」
「——そんなに早く出せるのか?」
「アスタコの実績があります。足回りと基本構造は流用できます。AI部分——フィジカルAIレイヤーだけが新規開発です」
橘が牧野を見た。
牧野が少し間を置いた後に口を開いた。「——一点、報告があります」
「なんだ?」
「——実は、富岳の余剰リソースをTachikoboのシミュレーションに割り当てていました」
室内が静まり返った。
「——いつからだ?」橘が静かに聞いた。
「——Tachikobo設立と同時です。USC立ち上げを見越して先行していました。愛知USCが稼働したら富岳から引き継ぐ予定です」
「——誰の許可を取った?」
「——私の権限の範囲です」
橘がしばらく牧野を見た。
城島が止まった。「——お前、橘にも言ってなかったのか?」
「——USC立ち上げ時にオープンにしようと思っていました。データが出てからの方が説得力があると思ったので」
「——どんなデータが出た?」
牧野がスマートフォンを取り出した。「タコマの不整地歩行シミュレーションが3ヶ月分蓄積されています。段差50cmまでの安定歩行は理論上解決済みです。タチコマのS造がれき内での移動シミュレーションも1ヶ月分あります。タココのセンサー統合シミュレーションも2週間分あります」
西村が目を丸くした。「——それがあれば実機開発が一気に進みます!」
「——そのつもりでした」と牧野が静かに言った。
橘がしばらく黙った後に言った。「——よくやった」
牧野が少し驚いた顔をした。「……怒らないんですか?」
「なぜ怒る。正しい判断だ」
城島がため息をついた。「——怖いな、お前らは。二人とも」
橘が続けた。「開発方針を確認する。タココを最優先。GW明けに試作機を出してセンサーの経験を積ませる。タチコマも同じくGW明けに試作機。タコマの素体は——」
「技本に渡します」と城島が続けた。「タコマのAI開発はジブチのUSCを使います。4ラックなら十分なリソースがある」
「そうだ。アスタコの実績があるんだからAI部分だけだ。夏には動く」
「夏に動いたら即座に実証ですね」と西村が言った。
「そうだ」と橘が続けた。「苫小牧駅前の廃ビルを使う。解体費が10億円かかると言われていて9年も放置されている物件だ」
城島が止まった。「——廃ビルですか?」
「自衛隊に単純爆破をさせる。その後にタココが捜索訓練、タチコマが救助、タコマが解体を行う。解体費は産廃運搬処理費のみだ。苫小牧市は10億円が浮く」
「——苫小牧市との話は?」
「自治省を通して話を付ける」
森が目を丸くした。「——爆破倒壊のがれきで実証できるんですか?」
「そうだ。S造でもRC造でも実際の爆破がれきで学習させる。USCの統合AIに実データを積ませる。現場学習が終わってからC-2搭載・空挺降下実験だ。パレットとパラシュートの仕様は図面段階で同時に設計しておけ」
「——了解しました」と森が頷いた。
西村が続けた。「——苫小牧市が10億円浮く。自衛隊が訓練できる。Tachikoboが実証できる——」
「三方よしだ」と橘が静かに言った。
翌日。橘が城島に言った。「牧野の富岳データ、ケビンに送っておいてくれ」
「——ジブチのUSCに?」
「そうだ。タコマのAI開発はジブチで始める」
「——了解した」城島が続けた。「牧野、本当にやるな」
「そうだ」と橘が静かに言った。「見えないとこで動いてる人間は一人じゃない」
城島がため息をついた。「——怖いな、お前らは」
橘は答えなかった。冷めたコーヒーに手を伸ばした。飲んだ。やはり冷めていた。
窓の外に霞が関の冬の空が広がっていた。
ジブチではAn-225Bの骨格が大きくなっていた。熊本では森と西村がタココの設計図を描いていた。富岳がTachikoboのシミュレーションを回し続けていた。タコマの素体がGW明けに向けて設計されていた。苫小牧の廃ビルはまだ知らない運命を待っていた。
全部同時に動いていた。
冷めたコーヒーに手を伸ばしたが——もう飲んでいた。珍しく、空のカップを持ったままだった。




