第74話「始動」
時事ネタ?社会風刺?いずれにしろ、この作品はフィクションであり、実在の企業・団体・個人とは一切関係ありません。キリッ
2026年10月中旬。ジブチ。FEPA基地。
夜明け前。
浮き桟橋に整列したはやぶさ改の艦影が静かに揺れていた。
ケイラ・ドナヒューが隼1番艦の艦橋に立った。無線を取った。
「全艦、Link22統合確認」
各艦から返答が返ってきた。
「1番艦、確認」
「2番艦、確認」
「3番艦、確認」
「4番艦、確認」
「5番艦、確認」
ケイラが頷いた。「前進。速力20ノット。アデン湾へ」
エンジン音が上がった。5隻が湾を出ていった。
同じ頃。別の桟橋から第二部隊5隻が静かに離れた。
指揮官の少佐が無線を取った。「全艦、Link22統合確認。前進。速力20ノット。ホルムズ海峡へ」
5隻がアラビア海に向けて動き始めた。
掃海母艦「うらが」があわじ型掃海艇4隻を従えてタジューラ湾をゆっくりと出ていった。第一艦隊がホルムズ海峡に向けて動き始めた。速力が遅い分、現地到着は1週間後になる。「ぶんご」率いる第二艦隊はジブチで待機したまま、第一艦隊の出港を見送った。
司令部の大佐が地下指揮所のスクリーンを見ていた。「全部隊、出港確認。Link22統合済み」
滑走路では夜明けとともにE-3が離陸した。レドームが朝の光を受けて回転していた。
「離陸確認。ホルムズ海峡上空へ。12時間監視任務開始」
管制室で木村技術担当が確認を取った。「USCとのデータリンク確立。ホルムズ海峡全域の監視データが地下司令部に転送されています」
地下司令部。
黒田が大型スクリーンを見ていた。アデン湾、ホルムズ海峡、アラビア海——全域の状況がリアルタイムで表示されていた。
右隣に空自OBの副官が立っていた。左隣に欧州海軍OBの副官が立っていた。その後ろには国連軍士官が20名、各国の制服を着て並んでいた。
「——これが全部見えるのか」とドイツの国連軍士官がスクリーンを見上げた。
「USCが統合しています」と黒田が静かに答えた。「各国の09式部隊の運用はそちらでお願いします」
「——分かった」
空自OBの副官が黒田に小声で言った。「各国の09式部隊、Link22への接続確認が取れました」
「そうか」
欧州海軍OBの副官が続けた。「E-3からのデータ、全国連軍士官のモニターに配信中です」
「——よし」
アデン湾。
隼1番艦の艦橋。
ケイラがLink22のスクリーンを見ていた。
「——静かだな」とジェイク・パーマーが言った。
「今日は静かだ」とケイラが答えた。「でも——明日はどうか分からない」
カルロス・メンデスが見張りから無線を入れた。「南方に小型船舶3隻。速力8ノット。識別信号なし」
「——フーシ派の哨戒艇か。距離は?」
「15000メートル」
「速力を上げろ。速力40ノット」
エンジン音が唸った。隼1番艦が加速した。小型船舶がレーダーから消えた。
「——逃げましたね」とジェイクが言った。
「そうだ」とケイラが静かに答えた。「今日はそれでいい」
スクリーンを見ながらケイラは心の中で計算した。2週間後に交代になる。その後の1週間の休暇——エマとサラがジブチに来る。
「——もう少しだ」とケイラは小さくつぶやいた。
同じ頃。アラビア海。ホルムズ海峡に向かう海路。
隼11番艦の機関室。
ディミトリ・ヴォルコフが計器を見ていた。LM2500の音が機関室に満ちていた。
「ヴォルコフ」と艦長が無線を入れた。「エンジンの状態はどうだ?」
「問題ない」とディミトリが答えた。「ずっと聞いている」
「そうか」
「——ホルムズ海峡は緊張するな」
「ドネツクよりはましだ」
艦長がしばらく黙った後に続けた。「——そうかもしれないな」
ディミトリは計器を見たまま続けた。「でも海は正直だ。エンジンが動いていれば逃げられる」
「——詩人だな、お前は」
「ウクライナ人だからな」
計器が全て正常を示していた。LM2500の音が力強く響いていた。
FEPA地下司令部。
スクリーンを見ながら黒田が空自OBの副官に言った。「ホルムズ海峡の展開が4週間になる。補給が問題になるな」
「そうですね。ジブチからの距離が約2000km——燃料と食料の補給サイクルが厳しくなります」
黒田がしばらく黙った。「補給艦を検討してくれ」
「海自の補給艦は今年は無理です。はやぶさ改の回航でリソースを使い切っています。新造なら来年後半になります」
「——それまでの間はカタールに頼む。片桐に交渉させてくれ」
「カタールは09式を発注済みです。国連軍の名目があれば喜んで提供するでしょう」
「そうだ。今月中に決めてくれ」
欧州海軍OBの副官が頷いた。「——片桐に連絡します」
翌日。東京。外務省。
片桐がカタール大使館に電話を入れた。
「国連中東平和維持軍の補給拠点として、カタールの港湾施設を活用させていただけませんか?」
カタール側がしばらく間を置いた後に答えた。「——国連軍のご要請とあれば、喜んでご提供します」
「ありがとうございます。詳細は追って——」
「一点確認させてください」
「どうぞ」
「09式の納入スケジュールに変更はありませんか?」
片桐が少し笑った。「——予定通りです」
「——それは何よりです」
同じ頃。ジブチ。格納庫エリア。
JDETAのスマートドック関係者の第一陣が到着していた。
造船エンジニア、設計士、生産管理要員——10名が格納庫の前に立っていた。
中を見渡した。
09式が並んでいた。補給物資が山と積まれていた。
リーダーの技術者が首を傾げた。「——これを全部出すんですか?」
木村技術担当が頷いた。「An-124の量産化とE350の製造をここでやります」
「航空機版スマートドックということですね」
「そうです。USC第二期の3ラックも今月末に投入されます。4ラック体制になります」
技術者がしばらく格納庫を見渡した後に言った。「——面白いですね」
「面白いですか?」
「造船と航空機の製造を同じ手法でやる——やったことがない。やってみましょう」
田中現場所長が格納庫の前で腕を組んでいた。
「田中所長、09式の仮置き場所を確保してください」
「——どこに置くんですか。屋外は50度ですよ」
「日陰を作ってください」
「日陰を——ったく」と田中が手帳を開いた。
しばらく計算した後、設計図のメモを書き始めていた。
東京・内閣官房。
城島が橘に報告した。「全部隊が展開を開始した。アデン湾、ホルムズ海峡、掃海——全部動いている」
「そうか」
「カタールが補給拠点の提供に同意した。今月中に合意できそうだ」
「——片桐が動いたか」
「そうだ」
「補給艦の検討は?」
「今年は無理だ。来年後半に新造する方向で検討を始めた」
橘が頷いた。「ジブチのスマートドック化は?」
「スマートドックの関係者が今日から入った。USC第二期の3ラックも今月末に投入される」
「An-124とE350の製造も始まるな」
「そうだ」
城島がしばらく橘を見た。「——これで収益が本格的に動き始めるな」
「そうだ」と橘が静かに言った。「ジブチが動けば世界が変わる」
「最初からそこまで見えていたのか?」
橘は冷めたコーヒーを一口飲んだ。「さあな」
「——怖いな、お前は」
橘は答えなかった。窓の外に霞が関の秋の空が広がっていた。
アデン湾ではケイラがフーシ派を抑止していた。ホルムズ海峡に向かう海路でディミトリがLM2500の音を聞いていた。掃海第一艦隊がホルムズ海峡に向けてゆっくりと進んでいた。E-3がホルムズ海峡上空で全域を見ていた。カタールが補給拠点を提供することになった。ジブチの格納庫では航空機版スマートドックが動き始めようとしていた。
全部同時に動いていた。FEPAの収益が、今日から動き始めた。
冷めたコーヒーに手を伸ばしたが——もう飲んでいた。珍しく、空のカップを持ったままだった。




