第73話「ジブチ会議」
時事ネタ?社会風刺?いずれにしろ、この作品はフィクションであり、実在の企業・団体・個人とは一切関係ありません。キリッ
2026年11月初旬。ジブチ。FEPA基地。
前日の夜から代表団が続々と到着し始めていた。
滑走路では貨物機が列をなして発着を繰り返し、EU各国の政府専用機が空中待機を余儀なくされた。管制は仮設管制室がフル稼働で対応していた。
タジューラ湾の係留地点では全艦艇が並んで給油・補給中だった。掃海母艦「うらが」「ぶんご」が巨大な姿を見せ、その周囲にはやぶさ改が整然と並んでいた。
開け放たれた巨大格納庫の中には09式が無造作に並んでいた。補給物資が山と積まれ、JDETAの中村と木村が慌ただしく動き回っていた。
サウジアラビアの王族代表が専用機のタラップを降りながら周囲を見渡した。「——ここがジブチか」
随行員が答える前に、次の貨物機が着陸してきた。
翌朝。マリーニが代表団を先導して施設を案内し始めた。
EU代表団、サウジアラビア、UAE、クウェート、国連からの特使——総勢40名以上が後に続いた。
「まず敷地についてご説明します」とマリーニが口を開いた。「ジブチ共和国から港湾地域を含めて約300平方キロメートルを借款しています」
サウジの代表が止まった。「——300平方キロメートル?」
「御国のキング・ファハド空港の半分以下ですよ」とマリーニが静かに言った。
サウジの代表が少し間を置いた後に笑った。「——それでこれだけの施設が?」
「まだ建設中の部分も多いですが」
最初に案内したのは係留地点だった。
「現在、はやぶさ改が50隻係留しています。全艦艇にLink22が搭載されており、5隻で統合広域レーダー網を形成します。掃海母艦も同様にLink22で統合されています」
サウジの代表が係留されたはやぶさ改を見た。「——50隻が全部ここにいるのか?」
「そうです。今月から順次ホルムズ海峡とアデン湾に展開を開始します」
次に格納庫に案内した。
09式が整然と、しかし無造作に並んでいた。整備員が作業を続けていた。
「これが09式です。35mm4連装機関砲とBMDキャニスターを搭載しています。キンジャール極超音速ミサイルの迎撃実績があります」
EU代表が止まった。「——キーウの件か」
「そうです。4発全弾撃墜しました」
室内が静まり返った。
国連特使がしばらく09式を見ていた。「——この装備が教導中隊で訓練できるのですか?」
「はい。ご希望があればJDETAにご相談ください」
次に医療施設に案内した。
「医療大隊についてご説明します」とマリーニが続けた。「第一中隊がジブチ総合病院を運営しています。第二中隊がPMC衛生部隊です。第三中隊は国境なき医師団との提携部隊です。有事の際は民間人への医療支援も行います」
国連特使が頷いた。「——MSFと提携しているのか」
「そうです。中東平和維持において民間人への医療支援は不可欠ですので」
格納庫を出て宿舎エリアへ向かう途中だった。
マリーニが空を見上げた。
滑走路の方から見慣れない機影が降りてきた。大型機だった。胴体上部に回転式レドームが載っていた。
代表団が足を止めた。
「——あれは何だ?」とドイツの代表が空を見上げた。
「英国からE-3です」とマリーニが静かに答えた。「FEPAのAWACSです。本日から運用開始です」
代表団がしばらく黙ったまま着陸するE-3を見ていた。
英国の代表が小さく笑った。「——我々が手放したものが、ここで生まれ変わりましたね」
誰も言葉が出なかった。AWACSまで保有するPMCに、各国代表が初めて沈黙した。
宿舎エリアに案内した。
エントランスを入った瞬間、代表団の空気が変わった。
完全冷房の空間に、大理石の床、間接照明、熱帯植物の鉢植えが並んでいた。
UAEの代表が小声で言った。「——ブルガリか?」
「熊谷組の施工です」とマリーニが笑顔で答えた。「砂漠の中での快適な生活は隊員の士気に直結しますので」
「完全冷房か——」とEU代表がつぶやいた。「ジブチで」
「発電施設は地下にあります。現在、淡水化プラントを建設中ですが——なにせここの隊員は一日数回シャワーではなく湯船につかりますので」
「——湯船?」とサウジの代表が止まった。
「大浴場もございます。ご抵抗がなければどうぞ」とマリーニが続けた。「PXではFEPA商品と日本製食品がございます。限定エリアには日本酒・ワインの種類もございます」
ドイツの代表が口を開いた。「——ドイツビールもあるのか?」
「もちろんございます」とマリーニが笑顔で答えた。「なんなら食品街にはラーメンや回転寿司もあり、よくフランスの駐留軍の方々もいらっしゃいますよ」
フランスの代表が少し笑った。「——バレましたか」
午後。会議室に全員が集まった。
黒田が口を開いた。「本日は国連中東平和維持軍への参加について、正式な契約を締結したいと思います」
国連特使が委託状を出した後、マリーニが立ち上がった。
「費用と収益の内訳をご説明します」
資料を配った。
「掃海業務について——第一艦隊が1日1.2億円、第二艦隊が1日1.5億円のチャージです。月間合計で81億円、年間で約972億円の委託費をお願いします」
中東各国代表が資料を見た。
「海上護衛業務について——はやぶさ改5隻セットで1日1000万円のレンタルモデルです。現在10セット展開で月30億円、年間360億円です。将来的に30セット展開で年間1080億円になります」
「E-3の運用について——」マリーニが続けた。「本日から英国退役E-3が2機稼働します。広域戦域管制として各国のアセットと統合できます。2機で月25億円からです」
「——高いな」とEU代表が言った。
「機体の減価償却と運用コスト——燃料費・整備費・乗員人件費を合わせれば、これでも安いです。NATOがAWACS運用に支払っている費用と比較していただければ分かります」
EU代表が電卓を取り出した。しばらく計算した後に頷いた。「——確かに安いな」
「空輸業務について——C-2が毎日数便、An-124が週3便で日本からジブチへの輸送を担います。国連軍の補給物資輸送として出来高精算でお願いします」
「合計すると——」マリーニが電卓を叩いた。「掃海・護衛・E-3リソース・空輸を合わせて、年間約1500億円以上の収益ポテンシャルがあります。これが本日の契約の根拠です」
室内がしばらく静まり返った。
サウジの代表が口を開いた。「——これだけの能力を持った組織が、設立から1年も経っていないのか?」
「そうです」と黒田が静かに答えた。
「——信じられないな」
署名式が終わった後、国連特使がマリーニに近づいた。
「——一点追加でよろしいですか?」
「どうぞ」
「UNIC、UNDP、UNTSOの中東・アフリカ拠点として施設の一部を活用させていただけませんか?」
マリーニが電卓を取り出した。「——ご利用料金についてご相談させていただきます」
「——やはりそうなりますか」
「もちろんです」とマリーニが続けた。「ただ——日本は供出金をそこに活用することを望むと思いますよ?」
国連特使がしばらくマリーニを見た。「——日本政府の意向ですか?」
「CFOの見解です」とマリーニが静かに笑った。
夜。食品街。
ドイツの代表がビールを飲んでいた。隣にフランスの代表が座っていた。ラーメンを食べていた。
サウジの代表団が回転寿司のカウンターに並んでいた。
「——ここはジブチか?」とサウジの代表がつぶやいた。
「そうだ」と隣のフランス代表が答えた。「でも——毎週来たくなるな」
英国の代表が大浴場から上がってきた。「——E-3を手放した甲斐がありましたね」
マリーニが遠くからその光景を見ていた。スマートフォンを取り出した。
黒田にメッセージを打った。「PXの売上、初日から予想の3倍です」
黒田から返信が来た。「そうか」
「ドイツビールの在庫が心配です」
「——補充しておけ」
「承知しました。それと——」
「なんだ?」
「E-3のリソース提供、EU代表が3カ国から追加の問い合わせが来ています。それとUNIC、UNDP、UNTSOから施設利用の打診が来ました」
黒田がしばらく間を置いた。「——マリーニ、今日はもう休め」
「CFOは休みません」
「——好きにしろ」
マリーニはスマートフォンをしまった。窓の外にアデン湾が広がっていた。はやぶさ改の艦影が夜の海に並んでいた。
「歴史に残る仕事——」とマリーニは小さくつぶやいた。
電卓を取り出した。計算を始めた。
東京・内閣官房。
城島が橘に言った。「署名が完了した。全代表が同意した」
「そうか」
「マリーニがE-3のリソース提供まで即日で追加受注したそうだ。UNIC、UNDP、UNTSOからの施設利用打診も来たそうだ」
「——さすがだな」
「国連特使に『日本は供出金をそこに活用することを望むと思いますよ』と言ったそうだ」
橘がしばらく黙った。「——誰から聞いた?」
「マリーニ本人からだ」
「——CFOの見解だと言ったそうだな」
「そうだ」
橘は少し間を置いた。「鼻が利く上に、動機も本物で、計算も速い」
「採用して正解だったな」
「そうだ」
「英国の代表が大浴場から出てきて『E-3を手放した甲斐があった』と言ったそうだ」
橘が少し間を置いた。「——イギリス人らしいな」
「ドイツ代表はビールを飲みながら追加発注の話をしていたそうだ」
「——ドイツ人らしい」
「サウジの代表が回転寿司を食べながら『ここはジブチか』と言ったそうだ」
「——それが一番らしいな」
城島がため息をついた。「これでFEPAの収益が本格的に動き始めるな」
「そうだ」と橘が静かに言った。「ジブチが動けば世界が変わる」
「最初からそこまで見えていたのか?」
橘は冷めたコーヒーを一口飲んだ。「さあな」
「——怖いな、お前は」
橘は答えなかった。窓の外に霞が関の秋の夜が広がっていた。
ジブチで署名が完了した。FEPAの収益が動き始めた。マリーニが電卓を叩き続けていた。田中現場所長が淡水化プラントの設計図を書いていた。
全部同時に動いていた。
冷めたコーヒーに手を伸ばしたが——もう飲んでいた。珍しく、空のカップを持ったままだった。




