第68話「棚卸し」
時事ネタ?社会風刺?いずれにしろ、この作品はフィクションであり、実在の企業・団体・個人とは一切関係ありません。キリッ
2026年9月。東京。内閣官房。
橘が城島、牧野を呼んだ。
「現状を整理する。順番に報告してくれ」
城島が口を開いた。「09式から始めます。生産ライン4本——追浜、三菱重工相模原、川崎重工、UDトラックス上尾——3交代制で月産120両を維持しています。現在の在庫は250両から365両の発注分を引いても順次納入で対応できます。ラインは増産体制に入っています」
「AHEAD弾と納入状況は?」
「ウクライナの弾薬は随時空輸中で2ヶ月以内に完納予定です。NATO各国への09式はイタリアに向けて船積み中です。こちらも2ヶ月以内には各国に完納できる見込みです」
「はやぶさ改は?」
城島が資料を出した。「スマートドックは大型ドライドックなので、3隻の同時流れ作業に最適化できました。効率が当初想定より上回っています。9月末に初期50隻が全竣工してジブチに完納されます。第二期50隻は量産効果で当初予定より1ヶ月早く2月に完了見込みです。7月に150隻、12月に200隻——予定通りです」
「200隻の内訳は?」
「FEPA用が100隻、自衛隊引き渡し分が50隻、販売用が50隻です」
「販売用の行き先は?」
「フィリピン10隻、オーストラリア20隻、イタリア即購入で調整中です。残り20隻は当面ジブチ待機です」
橘が頷いた。「掃海艦艇は?」
「日立造船の掃海艇新造10隻が順調に建造中です。既存ドックの掃海母艦新造2隻も予定通りです」
「スマートドックは第二期が終わったらどうする?」
「ドックの3分の2でそのままはやぶさ改第三期を始めます。残り3分の1は空けておきます」
「そうしてくれ」
橘が牧野を見た。「Highlandersはどうだ?」
牧野が少し間を置いた。「——それが問題です」
「どういうことだ?」
「調印から6ヶ月が経ちました。追浜工場のライン転換は完了しています。ただ——」
「ただ?」
牧野が資料を出した。「ヒューマノイドロボットの開発が想定より難しい状況です。三菱自動車の製造ラインは準備できていますが、東大ベンチャー側のAIモデルが——歩行制御で詰まっています」
「どこが詰まっている?」
「不整地での安定した歩行です。平坦な床面はクリアしています。段差10cm以上で制御が不安定になります」
「原因は?」
「センサーフュージョンの処理速度です。カメラ、LiDAR、IMUのデータ統合がリアルタイムで追いつかない」
橘がしばらく黙った。「西村代表を呼べ。直接話をする」
翌日。東京大学工学部。ベンチャー施設。
橘と西村代表が向かい合った。
西村が口を開いた。「申し訳ありません。歩行制御の問題が——」
「謝罪は要らない」と橘が静かに言った。「現状と解決策を教えてくれ」
「平坦な床面での歩行と基本的な荷役作業は実証済みです。不整地対応が問題です。センサーフュージョンの処理速度——カメラ、LiDAR、IMUのデータ統合がリアルタイムで追いつかない」
「解決策は?」
「USCのフィジカルAIレイヤーをHighlandersに繋ぐことです。ケビン・ナカムラと話しました。愛知のUSCが稼働すれば生産特化のリソースでHighlandersの制御を補完できると言っています」
橘が少し間を置いた。「スマートドックは当分富岳のリソースでこのまま運用する。愛知USCはまずHighlandersと09式の生産管理から始めればいい。その余ったリソースをHighlandersの制御に回せる。止まらないことが大事だ」
西村が少し驚いた。「——それなら愛知USCの最小構成から始めてもらえれば、6ヶ月の遅れを4ヶ月に縮められます」
「最小構成でいいからまず動かせ。完璧を待つな。動いていればAI開発にリソースを掛け続けられる」
「——了解しました」
「アンコーナも同じだ」橘が続けた。「最小構成でいいから動かせ。JDETAの商談支援から始めてEU情勢分析を追加していけばいい」
「それはケビンに伝えます」
橘が立ち上がった。「一つだけ聞く。諦める気持ちはあるか?」
西村が即座に答えた。「ありません」
「それだけでいい」
東京・内閣官房。
城島が橘に言った。「Highlandersは4ヶ月遅れか」
「そうだ。愛知USCの最小構成を先行稼働させる。止まらないことが大事だ」
「アンコーナも?」
「同じだ。最小構成でまず動かす」
城島が頷いた。「ジブチはすでに1ラックで動いている。愛知とアンコーナも最小構成から——という方針か」
「そうだ。完璧を待っていたら何も始まらない」
城島がしばらく橘を見た。「09式の在庫が365両の発注で一気に動く。スマートドックははやぶさ改を量産している。Highlandersは遅れているが方向は正しい。USCが三拠点で最小構成から動き始める」
「そうだ」
「全部同時に動いている」
「そうだ」
城島が橘を見た。「お前はどこまで先を見ているんだ?」
橘は冷めたコーヒーを一口飲んだ。「さあな」
城島がため息をついた。「——怖いな、お前は」
橘は答えなかった。窓の外に霞が関の秋の空が広がっていた。
冷めたコーヒーに手を伸ばしたが——もう飲んでいた。珍しく、空のカップを持ったままだった。




