第67話「株式」
時事ネタ?社会風刺?いずれにしろ、この作品はフィクションであり、実在の企業・団体・個人とは一切関係ありません。キリッ
2026年9月中旬。霞が関・財務省。
片貝かつきの執務室に、見慣れない顔が並んでいた。
三菱重工、三菱商事、三菱UFJ、IHI、川崎重工、三菱電機、NEC、富士通——各社の副社長クラスが椅子に収まっていた。水島義雄が最前列に座っていた。82歳とは思えない背筋の伸び方だった。
橘慎一郎は壁際に立っていた。
片貝財務相が口を開いた。「皆さんにお集まりいただいたのは、FEPAへの出資についてご相談があるからです」
室内が静まり返った。
「現在、FEPAはFMS特会からの出資金2600億円と政府からの雇用費で運営しています。しかし今後の規模拡大と事業の安定化のために、民間からの出資が必要になりました」
三菱重工の副社長が口を開いた。「規模感を教えてください」
「暫定で5兆円をお願いしたいと考えています」
室内がざわめいた。
片貝財務相が続けた。「皆さんはご存知の通り、対米投資枠の収益は米9:日1という不平等な構造にあります。その資金をFEPAとJDETAに振り向けることで、収益の適正化と内需拡大が図れます。見返りとしてFEPAの未公開株をドル建てでお渡しします」
「株式の構成は?」と川崎重工の副社長が聞いた。
「企業連合の皆さんで5兆円分を引き受けていただきます。その他に三菱UFJに10%、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)に5%、イタリアとイギリスの政府系ファンドにそれぞれ1.5%、FEPAのCFOであるマリーニと黒田PMC代表にそれぞれ1.5%を割り当てます」
「マリーニと黒田の1.5%は?」と誰かが言った。
「ストックオプションです。欧米基準では当然の報酬です」と片貝財務相が静かに答えた。
室内がしばらく静寂に包まれた後、水島が口を開いた。「片貝財務相、一点確認させてください」
「どうぞ」
「5兆円ではなく、10兆円にさせていただけますか?」
今度は片貝財務相が少し間を置いた。「——理由をお聞かせください」
水島がしばらく全員を見渡した後に続けた。「ポテンシャルの問題ではありません。我々はFEPAと一蓮托生です。FEPAが成功しなければ09式も終わる。はやぶさ改も終わる。JDETAも終わる。ならば腹を括るしかない」
室内が静まり返った。
三菱重工の副社長が頷いた。「同感です」
川崎重工の副社長も頷いた。「異存ありません」
次々と頷く声が続いた。
片貝財務相がしばらく電卓を叩いた。「——分かりました。10兆円で受け取ります」
水島が橘を見た。「橘くん、これでいいか?」
橘は壁際から静かに頷いた。「ありがとうございます」
会議が終わり、廊下に出ると城島が待っていた。
「どうだった?」
「水島老人が10兆円に増枠を申し出た」と橘が静かに言った。
城島が止まった。「——自分から?」
「そうだ」
「理由は?」
「一蓮托生だと言っていた」
城島がしばらく黙った。「——水島老人らしいな」
「そうだ」
二人が廊下を歩いていると、後ろから片貝財務相が追いかけてきた。
「橘さん」
「なんですか?」
「GPIFの5%について、GPIF側に説明が必要です。オルタナティブ投資の枠で処理しますが——」
「片桐に頼みます。外務省ルートで調整できます」
片貝財務相がしばらく橘を見た。「あなたは本当に怖いわね」
「よく言われます」
片貝財務相がため息をついた後に続けた。「一点だけ確認させてください。これはFEPAへの投資ですが——本当の目的は対米投資からの転換ですね?」
橘は少し間を置いた。「片貝財務相はどうお考えですか?」
「JDETAとFEPAへの投資が軌道に乗れば、対米投資の不平等な収益構造から脱却できる。米FMSからの自立にも繋がる。——そういうことでしょう?」
橘は答えなかった。
片貝財務相が少し笑った。「——暗黙の了解にしておきましょう」
「よろしくお願いします」
同じ頃。ジブチ。FEPA基地。
マリーニのスマートフォンが鳴った。黒田からだった。
「株式の件、片貝財務相から連絡が来た。総額10兆円で確定だ」
マリーニが少し間を置いた。「——私と黒田PMC代表の1.5%はどうなりましたか?」
「そのままだ」
マリーニが電卓を取り出した。総額10兆円の1.5%——1500億円。将来の上場時にどうなるかは、まだ誰にも分からない。
「——ありがとうございます」
「お前が設計したんだろう」
マリーニが少し笑った。「CFOの仕事です」
「一つ聞いていいか?」
「どうぞ」
「イタリアとイギリスの政府系ファンドに1.5%ずつ割り当てたのは誰の発案だ?」
マリーニが少し間を置いた。「私です。イタリアとイギリスが株主になれば——FEPAは名実ともに多国籍組織になります。日本のPMCという色が薄まる」
「——橘と同じ発想だな」
「面白い上司ですね」とマリーニが静かに言った。「考え方が似ているのかもしれません」
電話が切れた後、マリーニは窓の外を見た。アデン湾が広がっていた。はやぶさ改の艦影が夕陽に染まっていた。
「歴史に残る仕事——」とマリーニは小さくつぶやいた。
電卓を閉じた。
東京・内閣官房。
城島が橘に言った。「株式が確定した。総額10兆円、三菱UFJ10%、GPIF5%、イタリアとイギリスの政府系ファンドが各1.5%、マリーニと黒田が各1.5%、残りが企業連合だ」
「分かった」
「マリーニと黒田の1.5%——上場したらとんでもない金額になるな」
「そうだな」
「お前は最初から計算していたのか?」
橘は冷めたコーヒーを一口飲んだ。「さあな」
城島がため息をついた。「——怖いな、お前は」
橘は答えなかった。窓の外に霞が関の秋の夜が始まっていた。
10兆円が動いた。でも橘の顔は変わらなかった。
冷めたコーヒーに手を伸ばしたが——もう飲んでいた。珍しく、空のカップを持ったままだった。




