第66話「暗躍」
時事ネタ?社会風刺?いずれにしろ、この作品はフィクションであり、実在の企業・団体・個人とは一切関係ありません。キリッ
2026年9月初旬。東京。JDETA事務局。
永井が資料を叩きながら入ってきた。「城島さん、一気に来ましたよ」
城島が顔を上げた。「どこからだ?」
「まずサウジアラビアです。09式60両の正式発注——それと別件で話があると言っています」
「別件?」
「E-3Aを15機保有しているが、うち3機を09式の代金と相殺で売りたいそうです」
城島が少し間を置いた。「15機のうち3機か。余裕があるな」
「イランとの戦闘でいくつか消耗したようですが、まだ12機が稼働中です。3機なら十分手放せると判断したようです」
「UAE、カタール、バーレーンは?」
「UAEが40両、カタール15両、バーレーン15両——全部正式発注です」
「イタリアは?」
永井が少し笑った。「40両の正式発注が来ました。アンコーナ拠点の視察後から動いていたようです」
「伏線回収だな」と城島が静かに言った。「英国、フランスは?」
「英国が40両、フランスが80両です」
「ルーマニアは?」
「急いでいます」永井が資料を出した。「ロシア無人機の飛来でロシア大使を国外退去させた直後です。40両を至急欲しいと」
「在庫は足りるか?」
「現在の在庫が250両です。今回の発注分を全部合わせると——」永井が計算した。「英国40、フランス80、イタリア40、サウジ60、UAE40、カタール15、バーレーン15、キプロス5、エジプト30、ルーマニア40——合計365両です。在庫で十分対応できます」
「トルコは?」
「継続交渉中のままです」
城島が頷いた後に永井を見た。「はやぶさ改の状況は?」
「フィリピンから10隻、オーストラリアから20隻の引き合いが来ています。イタリアからも即購入の返事が来ました」
「全部進めてくれ」
永井が頷いて出て行こうとした時、会議室のドアが開いた。見慣れない顔が二人入ってきた。三十代前半の切れ長の目をした女性と、四十代の眼鏡をかけた穏やかな男性だった。
「JDETA東京窓口の田村です」と女性が名刺を差し出した。
「技術担当の佐藤です」と男性が続けた。
永井が名刺を受け取った。「——いつから?」
「今日からです」
城島がしばらく二人を見た。「橘からか?」
「そうです」と田村が答えた。
「——そうか。よろしく頼む」
同じ頃。霞が関・外務省。
片桐隆文が航空券を確認していた。パリ経由アンコーナ行きの便だった。
隣で牧野俊介がスマートフォンを見ていた。「JALに連絡を入れた。A350-1000を3機、定価で譲ってもらえそうだ」
「条件は?」
「ジブチ—日本間のカーゴ便の優先運航権だ。『お宅もナショナルフラッグなんだから協力していただけますよね』と言ったら——すぐに了承が来た」
片桐が少し笑った。「動きが早いな」
「こちらも早く動く必要があった」牧野が続けた。「サウジのE-3AのレドームをJALのA350-1000に移植する。内部システムは国産化してEASA認証を取る。将来的にE-7の対抗として各国に販売して、自衛隊のE-767の後継にもなる」
「E-787か」
「そうだ。JDETAの新しい柱になる」
「英国のE-3はどうする?」
「FEPAが2機購入する。英国に打診してみる」
同じ頃。ロンドン。
片桐の同僚が英国外務省の担当者と向かい合っていた。
「E-3を2機、FEPAに譲っていただけませんか?」
英国担当者がしばらく黙った後に言った。「——後継機のE-7Aへの更新も決まっています。2つの戦場からも一番遠い我々が割を食うのは仕方ないですね」
「ありがとうございます」
「条件があります」
「聞かせてください」
「FEPAの活動に英国の観戦武官を1名同席させてください」
「——承知しました」
翌日。イタリア・アンコーナ。JDETA拠点予定地。
片桐が車の窓から外を見ていた。前回の視察から数ヶ月が経っていた。現場は様変わりしていた。
「お待ちしていました」と声をかけてきたのは見慣れない女性だった。三十代、落ち着いた雰囲気でイタリア語と日本語を自在に使い分けていた。「JDETA欧州窓口の山本です。技術担当の田中です」と隣の三十代後半の細身の男性を紹介した。
「拠点の状況を教えてください」と片桐が言った。
山本が頷いて案内を始めた。「何とか、滑走路は3500mが2本取れました。空港周りを先行整備して、建屋はハンガー兼倉庫が数棟だけですが完成しています」
片桐が広大な敷地を見渡した。重機が動き、複数の建設会社の旗がはためいていた。
「地元の建設会社がだいぶ入ってますが、景気浮揚効果があったみたいで住民の皆さんが協力的です」と山本が続けた。
「問題は?」と片桐が聞いた。
山本が少し笑った。「お昼休みが長いんですよね——」
田中が真顔で頷いた。「2時間は普通です」
片桐がため息をついた。「——イタリアだな」
「現在は整備工場の現地技術者の募集を進めています。それとC-TECも入って来て送配電網の確認と計画も進んでいます。IM400は分散して山側と海側に設置した方が良いみたいです」
「理由は?」
「負荷分散と万一の事故対応です。山側と海側に分けておけばどちらかが止まっても片方で継続できます」
片桐が頷いた。「ロッシとの関係は?」
「良好です。GCAP共同施設という名目が効いています。イタリア空軍とも調整が進んでいます」
「——よくやってくれている」
山本が少し笑った。「お昼休みさえ短ければもっと進むんですが」
パリ。エリゼ宮近くの会議室。
片桐がモローの前に座った。
「また来ましたか」とモローが笑いながら言った。「今度は何ですか?」
「中東の件で、EUに動いていただきたいことがあります」
モローが少し表情を変えた。「——続けてください」
「イランとイスラエルの停戦を見据えて、中東に平和維持の枠組みを作りたいと考えています。EUが主導して国連安保理に諮っていただけませんか?」
「それは——かなり大きな話ですね」
「陸は各国の現地軍と米軍が担当します。FEPAが実働部隊として海上を担当します。費用はEUと中東各国に負担していただきます」
モローがしばらく片桐を見た。「EUの軍は?」
「EUはロシア戦が予断を許さない。軍は動かさない方が良いでしょう。国連での根回しと費用負担をお願いします」
「——それなら動けます」モローが続けた。「米国は?」
「G7で説得します。指揮官を米国から出すことを条件にすれば動くと思います」
「ロシアと中国は?」
「米国の顔を潰せるので棄権すると思います」
モローが窓の外を見た。パリの空が広がっていた。「——面白い構想ですね。エリゼ宮に持ち帰ります」
「よろしくお願いします」
同じ頃。ベルリン。
望月邦彦がドイツの重鎮、カール・ハインツ・ブランドと向かい合っていた。古い友人だった。
「望月さん、また来ましたか」とブランドが笑った。「今度は何を企んでいますか?」
「企んでいません」と望月が静かに言った。「ただ——中東が落ち着く前に、欧州が動く必要があると思っています」
「FEPAの話ですか?」
「そうです。日本が海上を担当します。陸は現地軍と米軍が担当します。EUはロシア戦が予断を許さない。軍は動かさなくていい。費用負担と国連での根回しをお願いしたい」
ブランドがしばらく考えた。「ドイツとして費用を出すということですか?」
「そうです。動かない分、出していただきたい」
「——話は持ち帰ります。ただ望月さん、一つだけ聞かせてください」
「なんですか?」
「これは日本政府の公式な提案ですか?」
望月が少し笑った。「——民間の意見交換です」
ブランドが苦笑した。「そうですか。では民間として前向きに検討しましょう」
同じ頃。ジブチ。FEPA基地。
マリーニが基地内を歩いていると、見慣れない二人組がいた。
「JDETA現地窓口の中村です」と女性が流暢な英語で言った。三十代前半、日焼けした肌に笑顔が似合う女性だった。
「技術担当の木村です」と男性が続けた。四十代、がっしりとした体格の男だった。
マリーニが二人を見た。「——黒田PMC代表から聞いていません」
「橘参事官からの配置です」と中村が答えた。
マリーニが少し間を置いた。「——また事後報告ですか」
中村が少し笑った。「橘参事官はいつもそうらしいです」
マリーニがため息をついた。「——慣れるしかないですね。案内します」
翌日。東京・内閣官房。
城島が橘に報告した。「サウジのE-3A、3機を09式との相殺で取れそうだ。JALのA350-1000も3機確保した。英国のE-3も2機——FEPAに来る」
橘がしばらく黙っていた。「E-787の設計は?」
「NECと三菱電機が国産化を始める。EASA認証を取る。将来的にE-7の対抗として各国に売り込む」
「自衛隊のE-767の後継にもなる」
「そうだ」
「片桐とモローの話は?」
「前向きだ。ドイツも費用負担なら動けると言っている」
橘が頷いた。「アンコーナのC-TECは?」
「IM400を山側と海側に分散する計画で進んでいる。送配電網の整備も順調だそうだ」
城島がしばらく橘を見た。「——全部同時に動かしているな」
「そうだ」
「最初から設計してあったのか?」
橘は冷めたコーヒーを一口飲んだ。「さあな」
城島がため息をついた。「——お前は本当に怖いな」
橘は答えなかった。窓の外に霞が関の秋の空が広がっていた。
サウジでE-3Aの交渉が動いていた。パリでモローが動いていた。ベルリンでブランドが動いていた。JALのA350-1000が準備に入ろうとしていた。英国がE-3を手放すことを決めた。アンコーナではC-TECが送配電網の設計を始めていた。
フィリピンとオーストラリアとイタリアがはやぶさ改を欲しがっていた。JDETAの窓口が東京、ジブチ、アンコーナで動き始めた。
全部同時に動いていた。
冷めたコーヒーに手を伸ばしたが——もう飲んでいた。珍しく、空のカップを持ったままだった。




