第59話「官僚の悪癖」
時事ネタ?社会風刺?いずれにしろ、この作品はフィクションであり、実在の企業・団体・個人とは一切関係ありません。キリッ
2026年8月下旬。霞が関・内閣官房。
会議室に城島哲也、牧野俊介、片桐隆文の三人が集まった。
珍しく橘慎一郎が立っていた。
かなりの珍事だ、橘が立って待っているのは。
「座れ」
三人が座った。
橘が冷めたコーヒーで唇を濡らした。
「牧野、城島——お前ら省庁に慣れ過ぎていないか?」
城島が眉を上げた。
「何のことだ?」
牧野も心外な顔をしていた。
橘が片桐を見た。
「片桐もわからないのか?」
「いや——二人ともよくやってないか?」
橘は冷めたコーヒーをテーブルに置いた。
「じゃあ聞こう。ジブチのJDETA拠点に技本の開発拠点整備はしたか?」
城島が止まった。
「あ——!!」
「馬毛島拠点にFEPAの拠点は?」
城島がばつが悪そうに黙った。
「片桐、MSFの国境なき医師団やJICAへのジブチ招致は?」
片桐が少し間を置いた。
「それは——」
「牧野、FEPAへC-2や軽装甲機動車のセールスはしてるか?」
牧野が黙った。
「俺はすでにジブチ拠点のFEPAによる国際貢献の枠組みは示したはずだ。お前らがそれを有効活用していないのは、長年の省庁縦割りに慣れ過ぎた結果じゃないかと俺は言っているんだよ」
三人が黙った。
城島が口を開いた。
「——そうか。実戦データの蓄積とフィードバックはジブチが最適だな。技本の開発拠点をジブチに置けば、レーザー兵器やレールガンの実証実験まで現地でできるな」
牧野が続けた。
「JDETAのセールスのためには実戦経験が一番か。C-2や軽装甲機動車をFEPAに売り込めば、実戦データが取れる」
片桐が頷いた。
「そっか——アフリカ支援の拠点としてFEPAに空輸を委託できる。MSFやJICAをジブチに招致すれば、人道支援の枠組みができる」
橘が続けた。
「それと——台湾有事または中東が落ち着いた時に本国拠点が無くていいのか?愛知にも拠点があっていいくらいだ」
城島が頷いた。
「JDETA名古屋拠点と連携できるな」
「そうだ」
橘はコーヒーを一口飲んだ。
冷めていた。
「お前らも自主的に動いてくれ」
城島がスマートフォンを取り出した。
技本に連絡を入れ始めた。
「ジブチにレーザー兵器とレールガンの実証拠点を設けたい。担当者を至急呼んでくれ」
電話の向こうで担当者が驚いた声を上げた。
「ジブチですか——?」
「そうだ。FEPAの拠点を使う。実戦環境での実証ができる。民間施設だから法的な問題もない」
「——承知しました」
城島は次に馬毛島の担当者に連絡を入れた。
「馬毛島にFEPAの拠点を設ける。米軍との調整も含めて至急検討してくれ」
片桐がパソコンを開いた。
MSFの日本事務局に連絡を入れた。
「ジブチでの医療活動についてご相談したいことがあります。ジブチの拠点に医療施設を設けることを検討しています——」
次にJICAに連絡を入れた。
「ジブチ拠点を活用したアフリカ支援の枠組みについて、至急協議させてください」
牧野が黒田PMC代表に電話を入れた。
「黒田さん、FEPAへのC-2と軽装甲機動車のセールスについて確認したい。必要機数はどのくらいになりますか?」
黒田PMC代表が少し間を置いた。
「任務範囲が確定していないと機数が決められないだろ。ただ——正直に言えば、C-2より大型の輸送機が欲しい。C-5Mが5機あれば全然違うと思うぞ?09式が2両予備弾薬と共に積める」
片桐が眉を上げた。
「C-5Mですか」
「そうだ。JDETAの集積と空輸を考えたら必要だろう?そもそも、ここの補給だって数千人規模になるんだろ?C-2じゃ埒があかないぞ?」
「C-5Mは——」牧野は少し考えた。「米国の戦略輸送機ですからモスポール品の売却交渉になります。閣僚レベルでタイミングを見て交渉が必要です。暫定としてC-2は10機でどうですか」
「10機か——分かった。暫定で受ける」
片桐が続けた。
「C-5Mについてはモスポール可能かどうか米国に確認します。ただし時間がかかる」
「ん~ウクライナのAn-124の方が楽だな?機体の規模はC-5Mと同等以上だし」
牧野が止まった。
「An-124——でもロシア機ですよね。整備が——」
「そうだ。ロシア機は整備ができない。部品調達が絶望的だ。だから諦めていた」
「——少し待ってください」
牧野は橘のところに戻った。
「橘さん、黒田PMC代表からC-5MかAn-124が欲しいと言われました。C-5Mは閣僚交渉が必要で、An-124はロシア機なので整備ができないと——」
橘がしばらく黙った。
「ウクライナのアントノフ航空をM&AしてFEPAに移転吸収すればいい。どーせあの会社はAn-124ルフランだけを運用している会社だ」
牧野が止まった。
「——会社ごとですか」
「そうだ。パイロットと従業員は雇用継続する。希望者にはFEPAと同様の日本移住条件を付ける」
片桐が橘を見た。
「M&Aの交渉はウクライナ政府ですね」
「頼む。外務省ルートで動いてくれ」
城島が静かに言った。
「アントノフ航空の保有機は7機だ。全部FEPAに移転すれば——」
「5機を運用する」橘は続けた。「1機は予備部品として解体する。残り1機は魔改造だ」
「魔改造?」牧野が聞いた。
「国産エンジンと西側の電子機器に換装する。何ならコピーして国産大型輸送機のベースとする。全部ジブチ拠点でやればいい」
城島が頷いた。
「格納庫が必要だな。An-124は全長68m、翼幅73m——相当な規模の格納庫が必要になる」
「大規模格納庫を必要数追加してくれ」橘は静かに言った。「アフリカだから屋内駐機が基本だ。砂嵐と熱への対策が必要だ。将来の航空機部隊の拡充も見据えて予備格納庫も追加してくれ」
城島が少し間を置いた。
「田中現場所長に連絡を入れないといけないんだよな~」
ジブチ。鹿島建設現場事務所。
田中現場所長のスマートフォンが鳴った。
城島からだった。
「田中くん、追加工事の発注だよ」
「また何ですか——?」
「大規模格納庫を追加してほしい。まずAn-124が7機分——」
「7機ですか」
「運用5機、専用改造1機、解体1機で7機分だ。それとC-2の10機分だな」
「C-2も!?」
「アフリカだから屋内駐機が基本だ。砂嵐と熱への対策が必要だ。将来の航空機部隊の拡充も見据えて予備格納庫も数棟追加してくれ」
田中が絶句した。
「……合計で何棟になるんですか」
「計算してくれ」
「ここに空港都市を作れと言うんですか!!」
しばらく間があった。
田中が何かに気づいたような声になった。
「いや——ちょっと待ってください。今調べたらAn-124って最低3000mの滑走路が必要ですよね?」
「そうだが?」
「最初から3500mを2本作る計画だったじゃないですか!」
「そうだったな」
田中がしばらく黙った。
「……最初からAn-124を想定してたんですか?」
「さあな」
「城島さん!この人最初から全部分かってたんですよ!」
城島が苦笑した。
「知ってるよ。だから怖いんだよ」
田中が深いため息をついた。
「C-2は1000mでも離着陸できる。でもAn-124は最低3000m必要。3500mで作っておいて本当に良かった——」
「頼む」
「ったく——」田中は手帳を開いた。「An-124格納庫が7棟、C-2格納庫が10棟、予備が数棟——設計から始めます。杭打ちだけで3ヶ月かかりますよ。砂漠の地盤は——」
「頼む、物量作戦だ!半分の期間でな!」
「帰国したら本社取締役の椅子もらいますよ。絶対に」
「それは本社に言ってくれよ」
「鹿島と三菱と違うんですから面倒くさいんですよ。ったく」
電話が切れた。
田中現場所長は窓の外を見た。
ジブチの砂漠が広がっていた。
いつもどおり青い空だった。
「An-124が7機入る格納庫を7棟か~」
田中は手帳を開いた。
計算を始めた。
しばらくして手帳を閉じた。
「絶対に無理だ」
独り言だった。
でも次の瞬間、設計図のメモを書き始めていた。
東京・内閣官房。
橘は窓の外を見ていた。
城島が戻ってきた。
「田中現場所長、絶望してたぞ」
「そうか」
「でも動き始めた」
「そうだろう」橘は静かに言った。
城島がしばらく橘を見た。
「最初からAn-124を想定していたのか?」
橘は少し間を置いた。
「3500mの滑走路が必要だと思った時から、答えは決まっていた」
城島が窓の外を見た。
「——怖いな、お前は」
「よく言われる」
冷めたコーヒーに手を伸ばした。
飲んだ。
やはり冷めていた。




