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第57話「根回し」

時事ネタ?社会風刺?いずれにしろ、この作品はフィクションであり、実在の企業・団体・個人とは一切関係ありません。キリッ


2026年8月初旬。東京・外務省。


会議室にジブチ共和国大使、ハッサン・アブドゥラヒが座っていた。


六十代の穏やかな顔をした外交官だった。


向かいに橘慎一郎と片桐隆文が座った。


ハッサン大使が口を開いた。


「今日はどのようなご用件でしょうか?」


橘が口を開いた。


「まず率直にお伝えしたい。我々がジブチで行っていることについて、正式に説明する必要があると考えました」


ハッサン大使が静かに頷いた。


「承知しています。タジューラ湾南側の建設現場の件ですね」


「そうです」橘は続けた。「表向きはODAの港湾整備支援として処理しています。でも実態は——」


「民間の軍事組織の拠点ですね」ハッサン大使は静かに言った。「我々も把握しています」


橘が少し間を置いた。


「ご不満はありますか」


ハッサン大使がしばらく橘を見た。


「不満がないとは言えません。事前の説明がなかった。しかし——」


「しかし?」


「ジブチにとって利益があるかどうかが問題です」


橘が頷いた。


「そのためにお呼びしました」


橘は資料を出した。


「六点申し上げます」


「どうぞ」


「一点目。日本のODAをさらに増枠します。現在の年間28億円から200億円に拡大します。港湾インフラ、道路、上下水道の整備に充当します」


ハッサン大使がメモを取り始めた。


「二点目。FEPA——我々の組織の現地雇用枠を拡大します。ジブチ国籍の雇用を現在の100名から300名に増やします。給与は日当200ドルで支給します」


「三点目。サウジアラビアとUAEとのパイプをジブチに提供します。両国との貿易拡大の橋渡しをします。ジブチ港の利用量を増やすことで、港湾収入が増えます」


「四点目」橘は続けた。「エチオピアとスーダンへの経済協力もジブチを経由して提供します。エチオピアは内陸国として輸出入の約九割がジブチ経由です。この依存関係をさらに強化します。スーダンの復興支援もジブチ拠点から行います。ジブチが地域全体の物流・経済の中心になります」


ハッサン大使が目を輝かせた。


「——それは我々が長年求めてきたことです」


「そうです」橘は静かに言った。「ジブチを地域の要にする。それが日本の利益にもなります」


「五点目。ジブチを地域安全保障の拠点として位置づけます。FEPAの活動がアデン湾とホルムズ海峡の安全を確保することで、ジブチ港を通過する物流量が増えます。ジブチ・フランの価値は米ドルにペッグされています。貿易量の増加は実質的な押し上げ効果をもたらします」


「六点目」橘は静かに言った。「エリトリアについてです」


ハッサン大使が顔を上げた。


「エリトリアは・・・」


「ジブチ共和国とエリトリアの国境紛争は続いています。エリトリア向けの貿易量を意図的にジブチ港経由に誘導します。エリトリアがジブチ共和国を必要とする状況を作れば、軍事的な圧力をかける理由がなくなります」


ハッサン大使がしばらく黙っていた。


「——エリトリアを経済的に抑え込むということですか?」


「そうです。武力ではなく、物流で抑える」


ハッサン大使が橘を見た。


「日本は何を求めますか」


「FEPAの活動を黙認していただきたい。それだけです」


「黙認——」


「公式には認知する必要はありません。ただし妨げないでいただきたい」


ハッサン大使がしばらく考えた。


「フランスは知っていますか?」


「別途説明に行きます。宗主国への根回しは欠かせませんから」


「そうですね」ハッサン大使は静かに言った。「フランスが納得すれば——我々としても異存はありません」


「ありがとうございます」


「ただし——」ハッサン大使が続けた。「大統領選挙が今年あります。次期大統領への引き継ぎも含めてお願いしたい」


「承知しました。継続的な関係を維持します」


ハッサン大使が頷いた。


「——分かりました。前向きに検討します」





二日後。パリ。


エリゼ宮近くのホテル。


片桐隆文と望月邦彦が向かい合っていた。


「望月さん、フランス側の窓口は」片桐が聞いた。


「ジャン=ピエール・モローだ。エリゼ宮の大統領外交顧問」望月は静かに言った。「私の古い知り合いだ」


「信頼できますか?」


「できる。ただし——」望月は続けた。「フランスはジブチに対して特別な感情を持っている。旧宗主国として、影響力を失うことを嫌う」


「だから先手を打ちに来た」


「そうだ」




翌日。フランス外務省。


モローが現れた。


七十代の白髪の男だった。


エリゼ宮の外交顧問——フランスの実質的な外交の要だった。


「望月さん、久しぶりですね」モローは流暢な日本語で言った。


「お元気そうで」望月が答えた。


「片桐さん、初めまして」


「初めまして」


全員が席に着いた。


モローが口を開いた。


「ジブチ共和国の件でしょう。把握しています」


片桐が頷いた。


「率直にお伝えします。FEPAのジブチ拠点について、フランスのご理解をいただきに来ました」


「FEPAとは何ですか」


「Far East Paramilitary Allianceです。日本が設立した民間の民間軍事組織です」


モローがしばらく片桐を見た。


「民間——」


「公式には日本国とは無関係です」


「でも実態は?」


「日本の国益のための組織です」片桐は静かに言った。


モローが少し笑った。


「正直ですね」


「フランスに嘘をついても意味がありません」


モローが頷いた。


「フランスとしての懸念を申し上げます。ジブチはフランスの旧植民地です。1977年の独立以来、我々はジブチの安全保障を担ってきた。約1900人の軍が駐留しています。日本がジブチ共和国に大規模な拠点を設ける場合、フランスの影響力が——」


「低下することを懸念されていますか?」


「そうです」


片桐が資料を出した。


「三点申し上げます」


「どうぞ」


「一点目。ジブチの物流中継地としての機能を強化する際、フランスの企業に優先的な参入機会を提供します。港湾運営、物流管理、インフラ整備——全て入札でフランス企業を優遇します」


モローが少し目を細めた。


「具体的に」


「タリス・グループ、ヴァンシ・コンストラクション——フランスの大手インフラ企業との契約を優先的に結びます。日本の建設会社との共同事業という形にもできます」


「二点目は」


「GCAPです」片桐は続けた。「次世代戦闘機の開発でフランスとの協力を検討します。エンジン技術、アビオニクス——フランスの強みを活かせる分野で協力できます」


「三点目は」


「エチオピアとスーダンの支援です」片桐は続けた。「日本がジブチ共和国経由で両国への経済支援を行います。フランスはアフリカ大陸に強い影響力を持っています。日仏共同でアフリカの角の安定化を図りましょう。フランスの影響力はむしろ強化されます」


モローがしばらく黙っていた。


「日本のFEPAがジブチで活動することで、アデン湾の安全が確保される——それはフランスにとっても利益ですね」


「そうです」


「ホルムズ海峡の掃海も含めて?」


「含めています」


モローが窓の外を見た。


パリの空が広がっていた。


「ジブチフランはCFAフランではありません。フランスが直接コントロールできる通貨ではない。しかし——」


「経済的なつながりは維持できます」片桐は静かに言った。「貿易中継地としてのジブチの発展は、フランスのアフリカ戦略にとっても利益になります。フランスが主役です」


モローが頷いた。


望月が静かに言った。


「ジャン=ピエール、フランスとジブチの特別な関係は変わりません。我々はそこに参加させていただきたいだけです」


モローがしばらく望月を見た。


「——分かりました。エリゼ宮に報告します。前向きな方向で検討します」


「ありがとうございます」


「ただし——」モローが続けた。「中国の動向には注意してください。ジブチに中国軍基地があります。日本の活動が拡大すれば、中国が反応する可能性がある」


「承知しています」片桐は静かに言った。「それも含めて設計しています」


モローが少し笑った。


「日本人は本当に用意周到ですね」


「慎重ではありませんよ」望月が静かに言った。「用意周到なだけです」





翌日。パリ発・東京行きの機内。


片桐は橘にメッセージを打った。


「フランス、前向きな方向で了承。物流優先権とGCAP協力、エチオピア・スーダン支援の日仏共同で説得した」


橘からすぐに返信が来た。


「ご苦労様でした」


「望月さんのパイプが効いた」


「知っていた」


片桐がため息をついた。


「また知っていたのか——」


橘から返信が来た。


「最初から望月さんに頼むつもりだった。フランス人は日本の官僚より、政治家の古い知り合いを信用する」


「——全部計算していたんですね?」


「当然だ」


片桐はスマートフォンをしまった。


機内の窓から雲の上の空が広がっていた。


眼下にアルプスが見えた。


その先にジブチがあった。


アデン湾があった。


FEPAが動いていた。


片桐はコーヒーを一口飲んだ。


冷めていた。


「橘さんのコーヒーの飲み方だな」


独り言だった。

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