第53話「てんやわんや」
時事ネタ?社会風刺?いずれにしろ、この作品はフィクションであり、実在の企業・団体・個人とは一切関係ありません。キリッ
第53話「てんやわんや」完成版
2026年7月初旬。霞が関・防衛省。
城島哲也の執務室の電話が鳴り止まなかった。
午前九時。
城島は制服組の幕僚長室に入った。
「掃海母艦2隻と掃海艇9隻の売却について、正式に話を進めたい」
統合幕僚長が城島を見た。
「売却先はFEPAですか」
「そうです」
「現役部隊がそのまま回航して——」
「2ヶ月間、現地で訓練にあたります。その間にLink22の搭載と調整を行いながら回航する。ジブチに着いたら引き渡しです」
幕僚長がしばらく黙った。
「掃海母艦のFCS-2とLink22の統合には時間がかかりますが——」
「メーカーに急がせます」
「76ミリ速射砲とM2重機関銃はそのまま引き渡しですか」
「そうです。FEPAとして運用するためには武装が必要です」
「MCH-101は」
「ヘリと搭乗員5名、整備員5名——全員FEPAに移行してもらいます。AN/AQS24AとALMDSも含めて引き渡します」
幕僚長が深く息を吸った。
「城島さん、これは相当な話ですよ」
「知っています」城島は静かに言った。「でも橘が決めた。私が動きます」
幕僚長がしばらく城島を見た。
「——分かりました。制服組として協力します」
午前十一時。
城島はメーカー担当者を呼んだ。
三菱電機、川崎重工、NEC——Link22の統合に関わるメーカーが並んだ。
「掃海母艦2隻と掃海艇9隻にLink22を急遽搭載する。回航しながら調整する。スケジュールは——」
三菱電機の担当者が手を挙げた。
「回航しながら調整は——」
「やれ」
「プラモじゃないんですが——」
「知っている。だからお前たちに頼んでいる」
担当者が黙った。
「いつまでに」
「回航開始までに基本搭載を終えてくれ。調整は回航中に行う。ジブチに着くまでに完成させろ」
「——やります」
城島が頷いた。
「掃海艇のFRP新造は日立造船に発注する。牧野が経産省枠で動いている。そちらと連携してくれ」
午後一時。
橘からメッセージが来た。
「FEPAの機雷戦部隊の人員を今すぐ募集する。佐藤広報本部長に連絡所の開設を依頼した。城島、省内の調整を頼む」
城島は返信を打った。
「了解。幕僚長には話をした。メーカーも動かした。人員の募集条件は」
橘から返信が来た。
「掃海母艦2隻:170人×2=340人。内訳は司令部10名、ヘリ搭乗員5名、整備員5名、残り150名が艦船運用と戦闘要員。掃海艇9隻:あわじ型4隻60人×4=240人、すがしま型5隻45人×5=225人で合計465人。水中処分隊は15名×4隊=60人。ジブチ基地の陸上司令部に15人。合計865人規模だ」
「水中処分員はどこから集める」
橘から返信が来た。
「米国だ」
城島が止まった。
スマートフォンを取り直した。
「米国?」
「ドランプが掃海部隊を縮小・廃止した。米軍の水中処分員が大量に職を失っている。FEPAが日当350ドルで募集すれば——」
「殺到するな」
「そうだ。ドランプが廃止した部隊の人間が、ドランプが必要としている掃海作業をやることになる」
城島がしばらく黙った。
「——皮肉だな」
「そうだ。でも誰も文句は言えない。民間の募集だからな」
「水中処分員だけは日当を50ドル増しにするか」
「そうだ。訓練時250ドル、作業時350ドルだ。それだけの価値がある仕事だ」
「分かった」
午後二時。
自民党本部。
佐藤貴子——広報本部長——は橘からの電話を受けた。
「佐藤広報本部長、FEPAの連絡所の開設をお願いしたいのですが」
「どこに開設しますか」
「ロンドン、パリ、ローマ、アムステルダム、リヤド、ニューヨーク、サンフランシスコの7都市です。各連絡所に5名程度のスタッフを置く。国内で広報担当者と通訳者を募集してください」
「FEPAの名前で動くんですね」
「そうです。日本国との関係は公式には一切ありません」
貴子が少し間を置いた。
「面接要員は」
「自衛隊の武官を各連絡所に1名配置します。城島が手配します。場合によっては日本大使館の武官も私服で応援に入ります」
「大使館武官は」
「片桐が外務省ルートで調整します」
貴子が頷いた。
「分かりました。広報担当者と通訳者の募集を始めます」
「よろしくお願いします」
電話が切れた。
貴子はモニターを見た。
7都市。
ロンドン、パリ、ローマ、アムステルダム、リヤド、ニューヨーク、サンフランシスコ。
FEPA Recruitment Office。
看板には日本国の「に」の字も出ない。
でも中には自衛隊武官が座っている。
貴子は小さく笑った。
コーヒーを一口飲んだ。
冷めていた。
「また橘さんと同じ飲み方だな~」
午後三時。
牧野俊介が城島に電話を入れた。
「日立造船、掃海艇10隻の新造を受注しました。FRP船体の専用ラインを使います」
「スケジュールは」
「1隻あたり18ヶ月。並行建造で——」
「早くしろ」
「富岳はFRP船体には使えません。従来工法になります」
「分かった。できる範囲で急いでくれ」
電話が切れた。
牧野がため息をついた。
「FRP船体に富岳は使えない——当たり前のことを城島さんに言うと怒られるんだよな」
独り言だった。
午後五時。
城島の執務室。
橘が入ってきた。
「整理する」橘は静かに言った。「Link22の搭載調整を含めた回航は何ヶ月かかる」
「3ヶ月は見てほしい」
「ジブチでの訓練は2ヶ月」
「そうです」
「合計5ヶ月で引き渡し完了か」
「最短でそうなります」
橘が頷いた。
「FEPAの人員募集を今すぐ始める。5ヶ月後に艦艇が来た時に人員が揃っていなければならない」
「掃海艦艇運用経験者、水中処分員経験者、MCH-101搭乗・整備経験者——全部優遇で出す」
「欧州にも掃海経験者がいる。連絡所経由で声をかけてくれ」
城島が頷いた。
「掃海母艦の減圧室は水中処分員のためのものだからな。設備は揃っている」
「人間を集めるだけだ」
橘はスマートフォンをしまった。
「城島」
「なんだ」
「てんやわんやだな」
城島が苦笑した。
「お前が言うな」
「私が一番てんやわんやだ」
城島が橘を見た。
珍しい言葉だった。
橘が自分のことを「てんやわんや」と言うのは——初めて聞いた気がした。
「大丈夫か」
「大丈夫だ」橘は静かに言った。「ただ——」
「ただ?」
「冷めたコーヒーが飲みたい」
城島が苦笑した。
「いつもそれだな」
「いつもそうだ」
橘は窓の外を見た。
霞が関の夏の夜が始まっていた。
7都市の連絡所が動き始める。
掃海母艦がLink22を積んで動き始める。
ドランプが廃止した米軍水中処分員たちが、FEPAの募集を見つけ始める。
全部同時に動いていた。
冷めたコーヒーに手を伸ばした。
飲んだ。
やはり冷めていた。




