第54話「JDETA」
時事ネタ?社会風刺?いずれにしろ、この作品はフィクションであり、実在の企業・団体・個人とは一切関係ありません。キリッ
2026年7月中旬。霞が関・経済産業省。
牧野俊介の執務室に、来客があった。
水島義雄——三菱グループ名誉顧問・82歳——が先頭に立っていた。
後ろにIHIの営業担当・永井、三菱電機の営業担当・森下、川崎重工の技術担当・前田が並んでいた。
城島哲也も同席していた。
水島が口を開いた。
「牧野くん、城島くん、少し時間をいただけますか」
「どうぞ」牧野が頷いた。
全員が席に着いた。
水島がゆっくりと話し始めた。
「09式とはやぶさ改が海外に出ていく。NATO各国、ウクライナ、中東——これだけの規模になると、販売するだけでは済まない」
「整備とサービスの問題ですね」牧野が言った。
「そうだ」水島は続けた。「現地に整備拠点がなければ、故障した時に対応できない。弾薬の補給も、部品の交換も——全部日本から送っていたら時間がかかりすぎる」
城島が頷いた。
「FMS契約の窓口の問題もあります。各社がバラバラに動いていたら、相手国が混乱します」
「そこだ」水島が言った。「各社が統合窓口を作る必要がある。販売、整備、技術支援、教育訓練——全部一元管理する連合企業体だ」
牧野が頷いた。
「それについて、一つ提案があります」
全員が牧野を見た。
「Japan Defense Equipment & Technology Association——JDETAとして設立してはどうでしょうか。FMS契約の統合窓口として機能させます」
水島が少し間を置いた。
「JDETAか——悪くない」
「三菱重工、IHI、三菱電機、川崎重工が共同出資します。日本製鋼所、エリコンとの技術提携も含めて一元管理できます」
永井が口を開いた。
「拠点はどこに置きますか」
牧野が資料を出した。
「三カ所を考えています。一つ目——ジブチ。FEPAと同じ敷地か隣接地です。アデン湾・ペルシャ湾向けの整備拠点になります」
「二つ目は」
「イタリア・アンコーナ近郊です」
森下が地図を見た。
「アンコーナ——アドリア海側ですね」
「そうです。EU本部から遠い。目立たない。でもアドリア海経由でギリシャ・トルコ・中東へのアクセスが良い。港湾と空港のインフラが整っています。NATO向けの09式がイタリアに荷揚げされますから——現地整備拠点として最適です」
前田が頷いた。
「地価も安い。大規模施設を安く建設できます」
「三つ目は」城島が聞いた。
牧野が少し笑った。
「日本国内です」
「どこに」
「名古屋港の埋め立て地です」
全員が牧野を見た。
「富浜緑地周辺の広大な未利用地があります。川崎重工名古屋第一工場と名古屋ユナイテッドコンテナターミナルが隣接しています。伊勢湾岸自動車道も通っている。海上・陸路・航空の三方向からアクセスできます」
「滑走路は」城島が聞いた。
「2500mの滑走路が引けます。C-2が余裕で離発着できます」
「誰が手配したんですか」城島が少し目を細めた。
「神田議員です」
城島が止まった。
「——また神田先生か」
「先週、国交省と名古屋市に話をつけてくれました。港湾整備事業として処理できます」
水島が静かに言った。
「神田くんは動きが早いな」
「運輸族の本領発揮です」牧野は続けた。「名古屋は三菱重工名古屋航空宇宙システム製作所も近い。JDETAの国内統合拠点として最適です」
「欧州の軍事産業からの反応は」城島が口を開いた。
水島が少し渋い顔をした。
「それが問題だ。エアバスとロールスロイスから——それとなく圧力が来ている」
「具体的には」
「JDETAが欧州に拠点を作ることへの警戒だ。日本の防衛装備が欧州市場に本格参入してくれば、自分たちのシェアが脅かされると見ている」
永井が続けた。
「GCAPの件もあります。エアバスとロールスロイスは日本との協力関係を持っている。そこを切られると困る、という計算もある」
城島が頷いた。
「そこは私が話をします」
全員が城島を見た。
「GCAPと防衛装備庁の案件で、エアバスとロールスロイスへの段階的採用を提示します。日本が欧州市場を取りに来ているのではなく、互いに補完し合う関係だと説明する」
「具体的には」水島が聞いた。
「GCAPのエンジン開発でロールスロイスとの協力を継続します。機体設計の一部でエアバスの技術を採用する枠組みを作ります。その代わりJDETAのアンコーナ拠点の設立を黙認させる」
前田が頷いた。
「取引ですね」
「そうです」城島は静かに言った。「欧州の軍事産業を敵に回す必要はない。うまく使えばいい」
水島がしばらく城島を見ていた。
「城島くん、橘くんに似てきたな」
城島が苦笑した。
「最悪の褒め言葉です」
水島が笑った。
「外務省への調整は」牧野が続けた。
「片桐に頼みます」城島が答えた。「港湾と空港の立地から設置都市を指定して、各国の地ならしを外務省に依頼します。ジブチはすでに豊田通商が入っていますから問題ない。アンコーナはイタリア外務省との調整が必要です」
「イタリアは」水島が聞いた。
「09式の荷揚げ港として既に関係ができています。アンコーナ近郊に拠点を作ることへの抵抗は少ないと思います。むしろイタリア軍が09式に興味を持ち始めれば——」
「発注につながる」牧野が言った。
「そういうことです」城島は静かに言った。
水島が立ち上がった。
「では方針を確認します。JDETAを設立する。FMS契約の統合窓口として機能させる。拠点はジブチ、アンコーナ近郊、名古屋港の三カ所。欧州軍事産業への対応は城島くんが担当。外務省の地ならしは片桐くんに依頼する」
全員が頷いた。
「よろしくお願いします」
水島は部屋を出た。
永井、森下、前田が続いた。
城島が牧野に言った。
「神田先生、いつの間に動いたんだ」
「先週です」牧野は静かに言った。「橘さんから一本電話が入ったらしいです」
「橘から」
「『名古屋港の埋め立て地を使いたい』とだけ言ったそうです」
城島がしばらく黙った。
「それだけで動いたのか」
「神田先生は『待ってました』と言ったそうです」牧野は続けた。「30年待った案件だって」
城島が苦笑した。
「運輸族の怨念は深いな」
「深いです」
城島はスマートフォンを取り出した。
橘にメッセージを打った。
「JDETA、方針確定。神田先生が名古屋港を押さえてた」
橘からすぐに返信が来た。
「知っている」
「いつ頼んだんだ」
「ジブチ視察の前だ」
城島が止まった。
「——お前、本当に怖いな」
橘から返信が来た。
「よく言われます」
城島はスマートフォンをしまった。
窓の外に霞が関の夏の空が広がっていた。
名古屋港。アンコーナ。ジブチ。
全部繋がっていた。




