第51話「1セントも要らない」
時事ネタ?社会風刺?いずれにしろ、この作品はフィクションであり、実在の企業・団体・個人とは一切関係ありません。キリッ
2026年6月某日。霞が関・外務省。
赤松誠一郎——対米交渉担当大臣——が執務室で電話を取った。
相手は米国財務長官だった。
「ベセント長官、お時間をいただきありがとうございます」
「赤松大臣、何でしょうか」
「09式対空管制車両についてです。ウクライナでの運用実績はご存じですか」
「国防省から報告を受けています。ツングースカとPAC-3を組み合わせたようなシステムだと」
「そうです。巡航ミサイルと弾道ミサイルの同時対処が可能で、5両でLink 22による広域レーダー網を形成できます」
「で、何が言いたいんですか」
「米国にも供与できます」赤松は静かに言った。「日本版FMSとして、1両1000万ドル——弾薬・教育訓練は別途ですが」
電話の向こうで沈黙が続いた。
「1000万ドル——ゲパルトの後継として考えれば高く感じるのですが、予算は」
「対米投資枠を使っていただければ——米国は1セントも支払う必要がありません」
また沈黙が続いた。
「少し待ってください。国防省に確認を取ります」
翌日。ペンタゴン。
財務長官から連絡を受けた国防省が内部で検討した。
ウクライナからの戦場レポートが回覧された。
「移動式PAC-3のツングースカ」
「Link 22でNATOと完全統合」
「PAC-3の消耗を大幅に抑制」
担当者が長官室に入った。
「長官、09式——われわれも欲しいです。500両は必要です」
長官が頷いた。
「財務省に伝える」
その夜。米国財務省。
ベセント長官は執務室で考えていた。
対米投資枠なら腹は痛まない。
ただし価格の妥当性が気になった。
NSCに確認を依頼した。
翌朝、報告が上がってきた。
エシュロンとシギント情報——NATO各国への提示価格は1両15億円(約1000万ドル)。
つまり日本は米国に対しても同じ価格を提示している。
ベセントは報告書を閉じた。
「日本も必死だな」と小さく言った。
「こんな小金しか乗せずに、ドランプの機嫌を取ろうとしている——」
ベセントは窓の外を見た。
ウクライナでの実績。
対米投資枠の活用。
悪い話ではなかった。
三日後。総理官邸・執務室。
高道早苗が電話を取った。
相手はドランプ大統領だった。
執務室の隅に、橘慎一郎、片桐隆文、片貝かつき、牧野俊介、城島哲也の五人が静かに立っていた。
「ドランプ大統領、お電話ありがとうございます。大統領の中東での決断、世界が注目しています。先日も同盟国への強いメッセージ、しっかり受け止めました」
ドランプの声が通訳を介して届いた。
「高道総理、君は理解している数少ない指導者だ」
「もったいないお言葉です。ところで——09式についてのお話なのですが」
「ああ、財務省から聞いた。興味深い話だ」
「ウクライナでの実績は国防省からご報告を受けておられますか」
「受けている。500両欲しいと言ってきた」
「ありがとうございます。実は——対米投資枠を使っていただければ、米国は1セントも支払う必要がありません」
電話の向こうで少し間が空いた。
「1セントも?」
「はい。日本の対米投資枠から充当します。ヨーロッパや中東には直接納入しますので、米国さんのご負担は一切ございません」
「それは——素晴らしい」ドランプの声が弾んだ。「では700両もらおう」
高道総理が大げさに声を上げた。
「700両!大統領、なんと太っ腹なご決断!さすがはノーベル平和賞候補に挙がるお方です!」
橘の口元が僅かに動いた。
執務室の五人が互いに視線を交わした。
「ところで大統領——」高道は続けた。「中東での貢献のお話ですが、恥ずかしながら憲法の制約で兵員の派遣は難しい状況です。代わりと言ってはなんですが——サウジアラビア、UAE、トルコの製油所、油田、港湾に09式を500両配備してはいかがでしょう。こちらも対米投資枠を使えば1セントも掛かりません。もちろん現地までの輸送はこちらで手配します。取り急ぎサウジに20両、UAEに20両、納入いたしましょうか」
電話の向こうでドランプが声を上げた。
「待ってくれ。対米投資枠はjapanの投資金だ。それを戦争協力に使うのはどうなんだ!」
「おっしゃる通りです」高道総理は静かに続けた。「ただ、こちらとしても投資である以上、わずかながら利益を生むお金をここだけで消費してリターンが無いのは——。それに、元々の価格を申し上げますと、ゲパルトにPAC-3を積んで、AESAレーダーを統合したら、普通なら3倍、いや5倍はします。今回は大統領へのご配慮で特別価格にしております」
執務室でドランプが安全保障担当の補佐官を見た。
補佐官が何度も頷いていた。
「——わかった。了承しよう!」
高道総理が深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。大統領のご英断に心より感謝申し上げます」
電話が切れた。
高道総理が振り返った。
執務室の五人が一斉に言った。
「おめでとうございます」
全員の口元に、同じ笑みが浮かんでいた。
片貝大臣が口を開いた。
「総額、幾らになるの?」
橘が答えた。
「ウクライナ向けは半分を米国向けとします。彼らも200両全部は戦後必要としないでしょう。よって——米国向け700両、ウクライナ向け実質100両、中東向け500両。合計1400両前後です」
「原価は」片貝が続けた。
牧野が答えた。
「現状1両10億円程度ですが、量産効果で9億程度に下がる予定です」
片桐が計算した。
「じゃあFMS扱いでメーカーには11億ね。売価は15億かしら」
橘が首を振った。
「違います。米国には弾薬は別と伝えてあります。売価は込々で20億です」
城島が少し間を置いた。
「えぐい——てか、米国にいつもやられてる手だなw」
片貝大臣が電卓を叩いた。
「という事は——20億×1400両で2兆8000億円。国家の取り分が1兆2600億円?」
「実際には輸送費や細々した雑費で1000億位はかかると思いますがね」橘は静かに言った。
片貝大臣が目を細めた。
「え?——PMC向けのはやぶさ改の費用、充足できるじゃない」
「いえ」橘は続けた。「せめて半分は中東の金持ち国家から引っ張りたいですね。
それと——極力日本円で各国に支払いを求めます」
「なぜ日本円で?」片貝大臣が聞いた。
「微々たるものですが、円買い介入と違って米国はモノを言えませんから。ドルを売っているわけではないので」
片貝大臣がしばらく橘を見ていた。
「——あなたは本当に怖いわね」
「城島さんによく言われます」
城島が苦笑した。
「俺も言うわw」
高道総理が五人を見渡した。
「みなさん、ありがとうございます」
橘が静かに言った。
「総理こそ、見事でした。特に『ノーベル平和賞候補』は——」
高道総理が少し笑った。
「あれは橘くんが仕込んだ台詞でしょう」
全員が橘を見た。
橘は答えなかった。
冷めたコーヒーに手を伸ばした。
飲んだ。
やはり冷めていた。




