第49話「ジブチ視察」
時事ネタ?社会風刺?いずれにしろ、この作品はフィクションであり、実在の企業・団体・個人とは一切関係ありません。キリッ
2026年5月下旬。
U-4多用途支援機の機内。
橘慎一郎と城島哲也が並んで座っていた。
インド・チェンナイでの給油を終えて、ジブチに向けて飛んでいた。
窓の外にアラビア海が広がっていた。
城島が口を開いた。
「U-4で来るのは不便だな。給油で寄り道してるし」
「仕方ない」橘は静かに言った。「政府専用機は政治日程が優先される」
「閣僚や官僚が気軽に使える機材が必要じゃないか」城島は続けた。「今後ジブチだけじゃなく、中東にも行く頻度が増える」
「P-1の旅客仕様は」
「FAA認証に時間がかかる。当面は使えない」
「ホンダジェットは」
「航続距離が短すぎる。ジブチには来られない」
橘は窓の外を見た。
「——ボンバルディアか」
「グローバル7500なら航続距離は問題ない。カナダとの関係強化にもなる。1機120億として5機で600億——」
「片貝さんが黙っていないな」
「そうだよ」城島が言った。「片貝さんが怖いから——PMCで買ってタクシー業務を想定したらどうだ?PMCの空軍準備にもなるし、平時の収入源になるだろ。航空機材の維持費が出せない中小国は多い。そこに売り込めばアフリカでの関係も作れる。2機は日本が借り上げで、必要に応じて使えばいい。機体ナンバーに日本国の顧客ナンバーが入らないのが重要だ」
橘がしばらく黙った。
「それは——いい考えだ」
城島が橘を見た。
「珍しいな」
「何がですか」
「今日二回目だぞ、お前が他人の意見を素直に褒めるのは」
「片貝さんの外為特会が一回目か」
「そうだ」
橘はメモを取り出した。
「片桐に検討を指示する。カナダのボンバルディアとの交渉も含めて」
「PMCの空軍部門の第一歩になるな」
「そうだ」橘は静かに言った。「ただし今は優先順位がある。まずジブチを見る」
ジブチ国際空港。
タラップを降りると、熱気が体を包んだ。
五月のジブチは四十度を超えていた。
黒田康介が待っていた。
「よく来た」黒田は橘と城島に言った。「暑いが、まあ来い」
基地の会議室。
黒田が地図を広げた。
「基地の整備状況から報告する」
「頼む」
「宿舎は第一期の200名分が完成している。食堂、医務室、訓練場も稼働中だ。浮き桟橋はゆうだちが現在寄港している。6月にたかなみと交代する予定だ」
「応募状況は」
「現時点で海上部隊は420名が採用確定。陸上部隊は87名。LM2500経験者は14名確保できた」
橘が頷いた。
「装備の件だが——」城島が口を開いた。「C-2でジブチの自衛隊駐屯地に搬入する。一旦そちらで保管してもらって、順次こちらに移す形をとる」
「分かった」黒田は頷いた。「20式小銃の貸与はいつになる」
「6月の回航第一陣と一緒に持ってくる」
黒田が別の資料を出した。
「要望がある」
「聞こう」
「燃料タンクと補給施設の拡充だ」黒田は地図を指した。「現状の燃料タンクははやぶさ改が数隻来た段階でキャパを超える。早急に拡充が必要だ」
橘が城島を見た。
城島が頷いた。
「豊田通商と鹿島に追加発注をかける。予算は補給施設整備費として防衛予算から出す」
黒田が頷いた。
「助かる」
「給与体系について説明する」橘が口を開いた。
黒田が資料を受け取った。
「訓練時が日当200ドル、戦時が300ドル。住居、衣服、食料は支給。米ドル払いが基本で、希望者は日本円で受け取れる」
黒田がしばらく資料を見た。
「正直、相場より安いな」
「知っている」橘は静かに言った。
「それでも来る人間が欲しいということか」
「そうだ。日本に来たい人間だけを集める」
黒田が頷いた。
「——分かった。その方針で進める」
視察の後、黒田が橘と城島を基地の外に連れ出した。
「中国軍の現状を確認しておいてくれ」
三人は車に乗った。
ジブチ市街を抜けて、中国軍基地の外周に沿って走った。
「規模が大きくなっている」黒田は静かに言った。「去年より明らかに増強されている。艦艇の数も増えた」
城島が窓の外を見た。
「補給基地の機能を超えているな」
「そうだ」黒田は続けた。「哨戒機の離発着も増えている。こちらの動きを見ている可能性がある」
橘は窓の外を見たままだった。
「分かった。片桐に報告を入れる」
車が基地の前を通り過ぎた。
夕方。浮き桟橋。
護衛艦ゆうだちが停泊していた。
艦長が黒田たちを出迎えた。
「6月には帰国します。たかなみが来ます」
橘は艦を見上げた。
護衛艦が浮き桟橋に停泊している。
数ヶ月後、ここにはやぶさ改が来る。
艦の形は違う。でも同じ海に浮かぶ。
基地に戻る途中。
ウクライナ人の陸上警備隊員が訓練をしていた。
二十代から四十代。男女混合。
黒田が一人の男を呼んだ。
「ミハイロ。少し話せるか」
三十代の大柄な男が近づいた。
英語で話した。
「どうぞ」
橘が聞いた。
「なぜ応募したんですか」
ミハイロはしばらく考えた。
「ウクライナには帰れません。家がない。でもここで働けば、いつか日本に住める」
「日本を知っていましたか」
「少し。安全な国だと聞いていた」
「日本語は」
「まだ少しだけです。でも勉強しています」
ミハイロはポケットから小さなノートを出した。
日本語の単語が書き込まれていた。
平仮名、片仮名、少しの漢字。
橘はノートを見た。
「上手いですね」
ミハイロが少し笑った。
「ありがとうございます」日本語で言った。
黒田が橘に小声で言った。
「全員ノートを持っている。誰に言われたわけでもなく、自分で勉強している」
橘はしばらくミハイロを見ていた。
「それでも日本に来たい人間が欲しい」
自分が言った言葉が、ここで形になっていた。
夜。基地の宿舎。
橘は窓の外を見ていた。
アデン湾が暗く広がっていた。
城島が入ってきた。
「どうだった」
「思った通りだった」橘は静かに言った。
「ミハイロのノートか」
「そうだ」
城島が橘の隣に立った。
「黒田、いい仕事をしているな」
「そうだ」
「帰りにU-4の中でボンバルディアの件、片桐に連絡を入れるか」
「そうする」橘は窓の外を見たままだった。
アデン湾の向こうに、ペルシャ湾があった。
ホルムズ海峡があった。
イランがあった。
米軍がいた。
そしてここに、黒田がいて、ミハイロがいて、LM2500を待つディミトリがいる。
全部繋がっていた。
冷めたコーヒーに手を伸ばした。
飲んだ。
やはり冷めていた。




