第48話「予算の詰め」
時事ネタ?社会風刺?いずれにしろ、この作品はフィクションであり、実在の企業・団体・個人とは一切関係ありません。キリッ
2026年5月初旬。霞が関・内閣官房。
会議室に四人が集まった。
片貝かつき。大泉進太郎。城島哲也。橘慎一郎。
資料が配られた。
橘が口を開いた。
「PMCの予算を詰めます。今日で確定させたい」
全員が頷いた。
「まず人件費から」橘は続けた。「海上部隊1500人、陸上部隊100人。合計1600人です」
「給与体系は」片貝が聞いた。
「日当方式です。住居、衣服、食料は支給。訓練時が日当200ドル、戦時が300ドル。平均を5対5で計算すると——」
「月16億円、年間192億円か」片貝が資料を見た。「1.2億ドルですね」
「そうです」
片貝が少し間を置いた。
「正直、相場より安いですね」
「そうですか」
「民間軍事会社の市場では危険地帯手当込みで500ドル以上が普通です。ウクライナ戦線でも同様です」
大泉が続けた。
「海外赴任で家族と離れて、しかも危険地帯となると——」
「それでも構いません」橘は静かに言った。
片貝が橘を見た。
「なぜですか」
「それでも日本に来たい人間が欲しいからです」
全員が黙った。
橘は続けた。
「金目当てで来る人間は要りません。日本に来たい、日本で生きたいという人間だけを集める。そういう人間が日本に定住した時、初めて意味がある」
城島が静かに言った。
「選抜基準が給与か」
「そうだ」橘は静かに言った。「高い給与を出せばプロが集まる。でも日本に定住する気のない人間も来る。これくらいの給与で来る人間は——本物だ」
大泉がしばらく黙っていた。
「……なるほど」
「給与はドル払いが基本と言いましたが——」片貝が口を開いた。
橘が片貝を見た。
「何かありますか」
「正直に言えば——」片貝は少し笑った。「ドル払いの方がありがたいんです」
大泉が首を傾げた。
「なぜですか」
「日本の外貨準備高は現在約1.3兆ドルです」片貝は静かに言った。「米国財務省から『ドル売り介入をするな』と圧力がかかっている。使い道に四苦八苦しているところに——」
「PMCへのドル払いで外貨準備を使える」橘が引き取った。
「そういうことです」片貝は続けた。「しかも——人件費のドル払い分は外為特会から出せます」
城島が止まった。
「外為特会?」
「外国為替資金特別会計です。為替介入の原資ですが、PMCへの支払いという形で外貨を使う——ドルを売っているわけじゃない。米国財務省も文句は言えません」
「防衛予算を使わなくていいということですか」橘が聞いた。
「人件費の部分はそうです。財務大臣の権限内で動かせます。国会への説明も『外貨準備の運用』として処理できます」
橘がしばらく黙った。
城島が橘を見た。
「珍しいな」
「何がですか」
「お前が黙るのは、想定外の時だけだ」
橘は片貝を見た。
「それは——考えていませんでした」
片貝が少し笑った。
「財務省にも使える人間はいます」
橘が静かに言った。
「片貝さん、ありがとうございます」
片貝が頷いた。
「防衛予算の1500億円は補給・装備更新・整備費に集中できます。人件費192億円は外為特会から。すっきりしました」
城島が苦笑した。
「PMCが外貨準備の出口になるとは——」
「副産物ですが」片貝は静かに言った。「悪くない副産物です」
「訓練の内容は」大泉が聞いた。
「戦術・戦略の訓練に加えて、個人装備の習熟——20式小銃を貸与します。それと——」橘は続けた。「日本の文化・生活の教育と、日本語教育も勤務時間内に組み込みます」
大泉が橘を見た。
「日本語教育まで」
「永住権が報酬の一部です。日本で生活できる人材を育てる必要があります」
大泉が頷いた。
「なるほど。理にかなっている」
城島が口を開いた。
「余暇施設はどうする。ジブチは娯楽が少ない」
「米軍施設の利用を交渉します」橘は静かに言った。「ジブチには米軍基地があります。片桐に動いてもらいます」
「米軍が承諾するか」
「民間の警備会社が海峡の安全を維持することは、米軍にとっても利益です。承諾する理由はある」
城島が頷いた。
「次にはやぶさ改の調達費です」橘は続けた。「最大150隻、1隻100億円で1兆5000億円になります」
片貝が眉を上げた。
「1兆5000億円——」
「3分割します」橘は資料を出した。「一つ目。5000億円を外務省ODA枠から充当します。ジブチの港湾整備支援という名目で処理できます」
「それは外務省が了承しているか」
「片桐が動いています。問題ありません」
「二つ目は」
「残りの1兆円をサウジアラビア、UAE、クウェートとの交渉で調達します。彼らにとってもホルムズ海峡の安全は死活問題です。費用分担として出させます」
片貝が少し考えた。
「中東各国が出すということは——はやぶさ改の運用に口を出してくる可能性がありますね」
「その点は片桐が交渉の枠組みを設計します。あくまでインフラ整備への投資という形をとります」
「三つ目は」
「当面のはやぶさ改——国内配備50隻については、新FFMのキャンセル分の予算を転用します」
大泉が止まった。
「新FFMのキャンセルか」
「そうです」
「防衛省内が黙っていませんよ」大泉は静かに言った。「護衛艦の新型をキャンセルするというのは——」
「はやぶさ改50隻と新FFMを天秤にかけた場合、どちらが今の安全保障環境に適しているか」橘は静かに言った。「大泉さんのご判断です」
大泉がしばらく黙っていた。
「防衛省内は私が説得します」
「お願いします」
「毎年の維持費を整理します」橘は続けた。「補給・装備更新・整備費として年間1500億円を防衛予算に計上します。人件費192億円は外為特会から。2027年度以降の中東各国との交渉は外務省が担当します。今年度中に枠組みを確定させます」
「サウジとUAEには片桐が今月中に接触します。クウェートは少し時間がかかります」
片貝が資料を閉じた。
「財務省として、この枠組みは処理できます」
橘が頷いた。
城島が口を開いた。
「自衛隊のジブチ支援隊の件は」
「既存の防衛予算で処理します。表向きはジブチ基地の維持支援として継続します」
「PMCとの連携は」
「水面下で行います。表には出しません」
城島が頷いた。
「分かった」
四人が立ち上がった。
大泉が橘を呼び止めた。
「橘さん」
「なんですか」
「新FFMのキャンセル、防衛省内は相当揉めます」
「そうでしょうね」
「でも——」大泉は静かに言った。「はやぶさ改150隻の方が、今の安全保障環境には合っている。それは私も分かっています」
橘は大泉を見た。
「大泉さん」
「なんですか」
「防衛大臣として正しい判断だと思います」
大泉が少し笑った。
「橘さんに褒められると、また褒められた気がしませんが」
「褒めています」
大泉が部屋を出た。
片貝も続いた。
城島が橘の隣に残った。
「新FFMのキャンセルは大泉が一番辛い判断だな」
「そうだ」
「でもやる」
「やる人間だと思っていた」橘は静かに言った。「だから防衛大臣にした」
城島が橘を見た。
「お前が選んだのか」
「望月さんが選んだ」
「でも推薦したのはお前だろ」
橘は答えなかった。
窓の外に霞が関の初夏の空が広がっていた。
冷めたコーヒーに手を伸ばした。
飲んだ。
やはり冷めていた。




