第42話「建造開始」
時事ネタ?社会風刺?いずれにしろ、この作品はフィクションであり、実在の企業・団体・個人とは一切関係ありません。キリッ
大変申し訳ありません。42話が抜けてました。以降順次スライドします。7/27 19:21
2026年3月初旬。東京・赤坂。
料亭の個室に四人が集まった。
高道早苗。望月邦彦。橘慎一郎。城島哲也。
仲居が障子を閉めた。
高道が口を開いた。
「イランの件、どう見る」
橘が答えた。
「長引きます。ハメネイが死んで、次の最高指導者が決まるまでイランの指揮系統は混乱する。その間、革命防衛隊は独自に動く可能性があります。ホルムズ海峡の実質的な危険は続きます」
「自衛隊は動けるか」
城島が答えた。
「護衛艦の派遣は可能ですが、政治的な判断が必要です。憲法上の制約もある」
「PMCを動かす」望月が静かに言った。
「そうです」橘は続けた。「ジブチ基地は完成しています。黒田がすでに現地に向かっています。あとははやぶさ改が来るかどうかだけです」
高道が橘を見た。
「間に合うか」
「6月に初期ロットの数隻をジブチに回します。本格的な配備は2026年末になりますが、6月の段階でアデン湾に最低限の存在感を示せます」
「やれ」高道は静かに言った。
橘は頷いた。
望月が杯を置いた。
「はやぶさ改の仕様はどうなっている」
「それが——」城島が少し苦い顔をした。「三菱重工にごり押しする案件があります。明日、橘と一緒に相模原に行きます」
「何をごり押しするんだ」
「09式の上部ユニットの転用です」
望月が城島を見た。
「船に乗せるということか」
「そうです」
望月が少し笑った。
「それは確かにごり押しだな」
翌日。三菱重工業・相模原製作所。
応接室に桑原が待っていた。
橘と城島が向かいに座った。
「今日は09計画の件ではありません」城島が口を開いた。
「はやぶさ改の件ですね」桑原が答えた。「うすうす予想していました」
「09式の上部ユニット——砲塔とレーダーシステムを、はやぶさ改に転用したい」
桑原が少し黙った。
「船体への搭載ということですか」
「そうです。ただし仕様を変えてほしい」
「どう変えますか」
橘が口を開いた。
「二種類必要です。一つ目は短距離SAMの4連仕様。11式の後付けユニットを4基に拡張する」
桑原がペンを止めた。
「4連ですか」
「そうです。はやぶさ改は小型高速艇です。近接防空に特化した仕様が必要になります」
桑原がメモを取り始めた。
「二つ目は」
「ASMの2連仕様です。対艦ミサイルを2基搭載できる仕様にしてほしい」
桑原がペンを置いた。
しばらく沈黙が続いた。
「橘さん」桑原は静かに言った。
「はい」
「プラモじゃないんですが」
橘は表情を変えなかった。
「知っています」
「500トンの高速艇に、SAM4連とASM2連を同時に搭載するとなると、重量バランスと電力配分が——」
「IM400改修版で対応できますか」
桑原がまた黙った。
電卓を取り出した。数字を打ち込んだ。
しばらく計算した。
「IM400改修版の2250kVAであれば——」桑原は独り言のように続けた。「SAM4連とASM2連の同時稼働は、35mm砲との排他制御が必要になります。全部同時には動かせません」
「優先順位をつければいいですか」
「そういうことになります。近接防空優先の時はSAM4連と35mm、対艦攻撃時はASM2連という切り替え制御になります」
「それで構いません」
桑原が橘を見た。
「できます」桑原は静かに言った。「ただし——」
「ただし?」
「6月は無理です。最低でも8ヶ月は——」
「6月にジブチに回す初期ロットは数隻で構いません。その数隻だけ優先的に対応してほしい」
桑原が城島を見た。
城島が頷いた。
「今回もお前に頼んでいいか」
桑原はしばらく図面を見ていた。
「——やります」
「やれ、ではなく」城島が言った。
桑原が少し笑った。
「やります」
その後。
呉のJMU造船所。
田島が管制室で橘と城島を迎えた。
「今治の下請けが完了しました。ドックが空きました」
「いつから本格稼働できますか」
「来週から建造を開始できます」
「はやぶさ改の初期ロット——まず6隻を優先で動かしてくれ。そのうち3隻を6月中にジブチに回す」
田島が計算した。
「5ヶ月での建造が必要です。富岳をフル稼働させれば——」
「できますか」
「やります」
橘が頷いた。
「今治と川崎には私から連絡を入れます」
長崎。今治造船の長崎工場。
呉と同じ日に建造準備が始まった。
スマートドックの管制室に、富岳からのデータが流れ込んできた。
デジタルツインが起動した。
はやぶさ改の船体が、画面の中で形になり始めた。
舞鶴。JMU舞鶴工場。
川崎重工の補完ラインが動き始めた。
深夜の工場に、機械音が響いた。
ロボットアームが静かに動いていた。
溶接の火花はなかった。
でも鋼材が形になっていた。
職人が一人、スクリューの前にしゃがんでいた。
砥石を持っていた。
富岳が設計値を出す。
ロボットが組み立てる。
最後はこの手が仕上げる。
それが日本型だった。
東京。内閣官房。
橘は窓の外を見ていた。
三月の霞が関。
桜がそろそろ咲き始める季節だった。
スマートフォンが震えた。
黒田からだった。
「ジブチに着いた。基地の状況を確認した」
「どうだ」
「思ったより整っている。豊田通商と鹿島がいい仕事をした」
「PMCの第一陣はいつ来る」
「応募者の選考が終わり次第だ。LM2500の経験者、何人か確保できた。ウクライナ人が多い」
橘は少し間を置いた。
「一人、特に優秀な機関科将校がいるはずだ」
「どうして知っている」
「応募書類を見た」
黒田から返信が来た。
「ディミトリ・ヴォルコフか」
「そうだ。大事に使ってくれ」
しばらく間があった。
「『LM2500の音をもう一度聞きたい』か。変わった動機だな」
「変わっていない」橘は静かに言った。「それだけ本物だということだ」
黒田からしばらく返信がなかった。
やがて一通来た。
「分かった。任せろ」
橘はスマートフォンをしまった。
窓の外に霞が関の春が広がっていた。
三社のドックで、はやぶさ改が動き始めた。
相模原で、桑原が図面を引き始めた。
ジブチで、黒田が基地の確認をしていた。
ミラノで、ディミトリが返事を待っていた。
全部繋がっていた。
最初からそこを選んだ理由が、今ここに現れた。
予測ではなかった。
ただ、正しい場所に正しいものを置いていただけだ。
冷めたコーヒーに手を伸ばした。
飲んだ。
やはり冷めていた。




