第41話「2月28日」
時事ネタ?社会風刺?いずれにしろ、この作品はフィクションであり、実在の企業・団体・個人とは一切関係ありません。キリッ
第41話「2月28日」最終完成版
2026年2月28日。
午前三時(東京時間)。
橘慎一郎は自宅で眠っていた。
スマートフォンが鳴った。
片桐からだった。
「起きてるか」
「今起きた」
「アメリカとイスラエルだ」
橘は起き上がった。
「何があった」
「米・イスラエルが共同でイランを攻撃した。核施設、革命防衛隊司令部、政府中枢が標的だ。テヘランで爆発が確認されている」
「宣戦布告は」
「ない。法的には武力衝突という扱いだが——実態は戦争だ」
「ハメネイは」
片桐が少し間を置いた。
「暗殺された」
橘は立ち上がった。
「日本への事前通告は」
「なかった」
「同盟国に一切知らせずに動いたということか」
「英国も、フランスも、事後に知らされた。日本だけじゃない」
霞が関。内閣官房。
夜明け前に人が集まっていた。
片桐が地図を広げた。怒りを抑えた声だった。
「作戦名は米国側が『エピック・フューリー作戦』、イスラエル側が『獅子の雄たけび作戦』です。現地時間の午前九時四十五分にテヘランで最初の爆発が確認されました。土曜日——イランでは通常の勤務日です。政府高官が執務中であることを見越した攻撃です」
「ハメネイの死亡は確認されたか」
「複数のソースが確認しています」
城島が続けた。
「イランは即座に報復を宣言しました。湾岸諸国の米軍基地、石油施設、民間インフラへの攻撃を開始しています。ホルムズ海峡については——」
「封鎖か」
「正式な封鎖宣言はありません。イラン軍は『米国とイスラエル関係の船は攻撃する』と発表しています。ただし実態として他国の商船も被害を受け始めています」
橘は地図を見ていた。
「原油価格は」
「開戦から二時間で三十パーセント上昇しています。今も上がり続けています」
「日本のタンカーは」
「現時点で被害は確認されていません。ただしペルシャ湾内の船舶は動けない状態です」
片桐が言った。
「橘、ドランプはトランプは日本に何も言わなかった。同盟国として——」
「同盟だからこそ、自分が正しいと思ったら動く」橘は静かに言った。「それがアメリカだ」
「それで済む話じゃない」
「済まない。でも今はそれより先にやることがある」
橘は地図から目を離さなかった。
ジブチ。
アデン湾。
ペルシャ湾。
全部繋がっていた。
「黒田に連絡を入れてくれ」橘は静かに言った。
「ジブチの件ですか」
「そうだ。PMCを正式に発足させる。時間がなくなった」
片桐が部屋を出た。
城島が橘の隣に来た。
「ドランプは本当に何も言わなかったな」
「ああ」
「怒らないのか」
「怒っても仕方ない。準備していた我々が、動くだけだ」
橘は窓の外を見たままだった。
冷めたコーヒーに手を伸ばした。
飲んだ。
やはり冷めていた。
同じ時刻。ミラノ近郊。
ディミトリ・ヴォルコフはテレビのニュースを見ていた。
テヘランの夜空に炎が上がっていた。
米軍とイスラエル軍の爆撃機の映像が流れていた。
セルゲイが横から覗き込んだ。
「アメリカとイスラエルが動いたか」
「動いた」
「ハメネイが死んだらしいな」
「ああ」
「どこが次に動く」
「イランが動く。もう動いている」
ディミトリはテレビを見たままだった。
映像が変わった。
ホルムズ海峡の地図が映った。
アナウンサーが言った。
「ホルムズ海峡での商船への攻撃が確認されています。日本のエネルギー輸入に深刻な影響が——」
別のニュースが流れた。
「日本の民間海洋警備会社が、アデン湾での活動強化を発表——機関長候補を募集。LM2500経験者優遇——」
ディミトリが画面を見た。
立ち上がった。
「セルゲイ」
「何だ」
「俺は行く」
セルゲイが振り返った。
「どこに」
ディミトリはテレビを指した。
「あそこに」
ディミトリは求人フォームを開いた。
機関長候補。LM2500経験者優遇。
ディミトリは左足を見た。
走れない。でも機関室の梯子は上れる。
LM2500の音なら、目を閉じても聞こえる。
何千時間も聞いてきた。
志望動機の欄を見た。
ディミトリはしばらく考えた。
最後に一行だけ書いた。
「LM2500の音を、もう一度聞きたい」
送信した。
セルゲイが横から覗いた。
「それだけか」
「それだけだ」
「採用されると思うか」
ディミトリは画面を閉じた。
「される」
「なんで分かる」
「機関科将校でLM2500を知っている人間が、今の欧州に何人いると思う」
セルゲイが黙った。
ディミトリは窓の外を見た。
アルプスの稜線が白く光っていた。
あの音がもう一度聞ける。
それだけで十分だった。
同じ時刻。シカゴ。
ケイラ・ドナヒューは日本から帰国したばかりだった。
成田空港の清潔さと、屋台のたこ焼きと、エマの「また来る」という声が頭から離れなかった。
テレビのニュースが流れていた。
米国とイスラエルがイランを攻撃した。
ケイラは画面を見た。
元海軍の目で、状況を読んだ。
ハメネイが死んだ。
ホルムズ海峡が戦場になる。
これは長引く。
スマートフォンに通知が来た。
元同僚からのメッセージだった。
「見たか。日本の民間警備会社。LM2500経験者優遇で機関長候補を募集してる。お前には関係ないだろうけど」
ケイラはメッセージを見た。
LM2500。
日本。
求人サイトを開いた。
「海上警備スタッフ急募。勤務地:ジブチ。任期5年。報酬:日本国永住権および住居提供。」
ケイラはしばらく画面を見ていた。
エマとサラの顔が浮かんだ。
「また来られたらいいね」
自分が言った言葉が頭に残っていた。
ケイラは応募ボタンを押した。
同じ時刻。ワルシャワ。
アンナ・コワルスキはニュースを見ながらコーヒーを飲んでいた。
テヘランの炎の映像が流れていた。
スマートフォンが震えた。
父からだった。
「見たか」
「見てる」
「日本の民間警備会社が動き始めた。お前に向いてるかもしれない。電子戦の担当も募集してる」
アンナが画面を切り替えた。
求人を開いた。
電子戦担当。富岳との通信ウィンドウ管理。
アンナは読んだ。
もう一度読んだ。
「お父さん」
「何だ」
「これ、普通の警備会社じゃない」
「分かってる」
「なんで私に送ってきた」
父がしばらく黙った。
「お前が一番向いてるから」
アンナはコーヒーを置いた。
窓の外にワルシャワの朝が始まっていた。
応募フォームを開いた。
同じ時刻。ロンドン東部。
ジェイク・パーマーは夜中にアニメを見ていた。
ニュース速報が画面の下に流れた。
「米・イスラエル、イランを攻撃——ハメネイ最高指導者死亡——」
ジェイクはリモコンを置いた。
スマートフォンを開いた。
Xのタイムラインにリンクが流れていた。
「日本の民間警備会社、大規模募集——通信士歓迎、日本語能力者優遇」
ジェイクは画面を見た。
日本語能力者優遇。
ジェイクは少し笑った。
アニメで覚えた日本語が、まさかこんな形で使えるとは思わなかった。
窓の外でサイレンが聞こえた。
ジェイクはサイレンを無視した。
応募フォームを開いた。
志望動機の欄に書いた。
「日本語が話せます。アニメで覚えました」
送信した。
同じ時刻。リスボン。
マルコ・フェレイラは港を見ていた。
テージョ川の河口。
スマートフォンにニュースが流れてきた。
米国とイスラエルがイランを攻撃した。
マルコは地図を頭の中に描いた。
元海兵隊の目で読んだ。
「イネス」マルコは妻を呼んだ。
「何?」
「また海に出るかもしれない」
イネスがしばらく黙った。
「どこに」
「アフリカ」
「危険?」
マルコは少し考えた。
「分からない。でも——日本の会社だ。悪くないと思う」
イネスがマルコを見た。
「永住権と住居が付いてくる」
「日本の?」
「そうだ」
イネスはしばらく黙った。
「子供たちを日本で育てられる?」
「その話はまだ先だ」
「でも可能性はある?」
マルコは頷いた。
イネスが静かに言った。
「行きなさい」
ディミトリは窓の外を見た。
アルプスの稜線が白く光っていた。
あの音がもう一度聞ける。
それだけで十分だった。




