第24話「エリコンの握手」
時事ネタ?社会風刺?いずれにしろ、この作品はフィクションであり、実在の企業・団体・個人とは一切関係ありません。キリッ
2025年5月。スイス・オールテン。
エリコン社の本社は、チューリッヒから南に一時間ほどの小さな工業都市にあった。
片桐隆文は会議室の窓からアーレ川を見ていた。
スイスの五月は、東京よりも空気が澄んでいた。
向かいに座っているのはエリコンの防衛部門担当副社長、クラウス・ヴェーバーだった。五十代の細身の男で、英語とドイツ語を交互に使いながら話す癖があった。
「片桐さん、日本からわざわざお越しいただいて」ヴェーバーは静かに言った。「35mm機関砲のライセンス生産の話は、以前から打診がありましたが——今回は規模が違いますね」
「そうです」片桐は言った。「量産ラインを国内に作ります。最低でも年間五百門のペースで生産できる体制を想定しています」
ヴェーバーが眉を上げた。
「五百門。それは——相当な規模ですね」
「自衛隊向けだけではありません」
「ウクライナ向けですか」
「それも含めた複数の需要を想定しています」
ヴェーバーはしばらく沈黙した。
窓の外でアーレ川が光っていた。
「弾薬の規格は」
「エリコンの標準規格に準拠します。国内での製造は日本製鋼所が担当します」
「品質管理は」
「エリコンの技術者を日本製鋼所に常駐させていただく形でお願いしたい」
ヴェーバーがメモを取り始めた。
「技術協定の範囲として——砲本体のライセンス生産に加えて、弾薬の製造技術も含みますか」
「含みます」
「それは——従来の協定より踏み込んだ内容になりますね」
「承知しています」片桐は静かに言った。「その分、見返りもご用意しています」
ヴェーバーが顔を上げた。
「聞かせてください」
「はやぶさ改の近接防衛システムとして、エリコンの35mm砲を標準搭載します。総隻数は最終的に二百隻規模になります」
ヴェーバーの手が止まった。
「二百隻」
「段階的にです。ただし長期的な安定発注になります」
ヴェーバーはしばらく計算していた。
「それは——エリコンとしても、相当魅力的な話です」
「日本の防衛装備の近代化は、これから本格化します。エリコンにとって日本市場への足がかりになります」
ヴェーバーが立ち上がった。
「少し時間をください。上層部に確認します」
「もちろんです」
ヴェーバーが部屋を出た。
片桐は再び窓の外を見た。
アーレ川の向こうに、工場の煙突が見えた。
スマートフォンが震えた。橘からだった。
「どうだ」
片桐は返信を打った。
「感触はいい。午後には結論が出る」
すぐに返信が来た。
「頼む」
片桐はスマートフォンをしまった。
コーヒーを一口飲んだ。
スイスのコーヒーは濃かった。
二時間後。
ヴェーバーが戻ってきた。もう一人、年配の男を連れていた。
「エリコン防衛部門のCEO、ハンス・マイヤーです」
マイヤーは六十代の白髪の男だった。握手した手が大きかった。
「片桐さん」マイヤーは英語で言った。「私自身がお会いしたかった」
「光栄です」
「日本がこれほど本気だとは思いませんでした」マイヤーは席に着いた。「ヴェーバーから聞きました。年間五百門、はやぶさ改二百隻——」
「長期的な話です」
「それでも」マイヤーは静かに言った。「エリコンの35mmが、これほどの規模で一つの国の防衛の根幹を担うのは初めてです」
「信頼できる技術だからです」
マイヤーが片桐を見た。
「ゲパルトがウクライナで評価されていることはご存じですね」
「知っています。だからこそ、今回お願いに来ました」
マイヤーは少し間を置いた。
「技術協定、締結しましょう」
片桐は一礼した。
「ありがとうございます」
マイヤーが立ち上がった。握手を求めてきた。
片桐は握手した。
大きな手だった。
その夜。オールテンのホテル。
片桐は橘にメッセージを打った。
「エリコンと協定締結。マイヤーCEO自身が出てきた」
すぐに返信が来た。
「日本製鋼所に連絡を入れる。荒木に伝えてくれ」
片桐は苦笑した。
橘はもう次の手を打っていた。
窓の外にオールテンの夜景が広がっていた。
小さな工業都市の、静かな夜だった。




