第21話「内田の決断」
時事ネタ?社会風刺?いずれにしろ、この作品はフィクションであり、実在の企業・団体・個人とは一切関係ありません。キリッ
一週間後。
内田誠一郎が霞が関の内閣官房に来たのは、平日の午後二時だった。
受付で名前を告げると、すぐに通された。
橘慎一郎の執務室は、思ったより質素だった。窓から霞が関の空が見えた。机の上に書類が積まれていた。冷めたコーヒーのカップが一つあった。
橘は立ち上がって迎えた。
「お越しいただきありがとうございます」
「いえ」内田は静かに言った。「こちらからお伺いするのが筋だと思いました」
二人は向かい合って座った。
内田は少し間を置いてから口を開いた。
「社内で会議を開きました」
「そうですか」
「高橋が数字を並べました」内田は静かに言った。「誰も反論できませんでした」
橘は黙って聞いていた。
内田の頭の中に、あの会議室の光景が戻ってきた。
三日前。日産自動車本社・役員会議室。
高橋が資料を配った。
「現状の財務状況です」高橋は静かに言った。「自動車事業の赤字が続いています。販売金融事業の利益率も下がり続けています。このトレンドが続けば——」
高橋は一枚の資料を追加で配った。
「三年以内に、単独での事業継続が困難になります」
役員たちが黙っていた。
「ホンダとの統合も破談になりました。他に選択肢はありません」
「三菱グループの傘下に入るということか」一人の役員が言った。
「傘下という言い方は正確ではありません」高橋は静かに言った。「安定株主化です。ただし——」
高橋は全員を見回した。
「もう一つ、申し上げなければならないことがあります」
「なんだ」
「このまま日産が自力再建に失敗した場合——経営責任の問題が生じます」高橋は静かに言った。「株主からの賠償請求。取締役個人への訴訟。それは免れません」
会議室が静まった。
「政府はなぜこの話を持ってきたか」高橋は続けた。「日産を潰せないからです。日産が潰れれば、追浜の三千人、関連企業を含めて一万人の雇用が消える。それは政治的に許容できない。だからこそ、この話を最終案として置いていった」
「つまり——」
「断る選択肢はない、ということです」
内田が橘を見た。
「高橋がそう言いました」
橘は黙って聞いていた。
「役員会は——」内田は少し間を置いた。「全員が黙りました。反論は一つも出ませんでした」
内田は深く息を吸った。
「受け入れます」
橘は頷いた。
「ありがとうございます」
内田がしばらく橘を見ていた。
「一つだけ聞いていいですか」
「どうぞ」
「あなたたちは最初から、断れない形で来ましたね」
橘は少し間を置いた。
「断れない形にしてから来ました」
内田が静かに笑った。
「正直ですね」
「事実ですから」
内田は立ち上がった。
「追浜の雇用は——本当に守っていただけますか」
橘は内田を見た。
「守ります」
内田が頷いた。
「それだけで十分です」
内田は一礼して、部屋を出た。
橘は内田が去った後、しばらく窓の外を見ていた。
霞が関の空は晴れていた。
冷めたコーヒーに手を伸ばした。
飲んだ。
やはり冷めていた。
スマートフォンが震えた。牧野からだった。
「日産、どうだった」
橘は返信を打った。
「受け入れた」
すぐに返信が来た。
「高橋が説得したか」
「そうだ」
「やっぱりな」
もう一通来た。
「次、UD行ってくる」
橘はスマートフォンをしまった。
机の上の書類を手に取った。
次の案件が待っていた。




