第12話「リスボンの朝」
2024年9月。午前六時。
マルコ・フェレイラは港を見ていた。
テージョ川の河口。子供の頃から見てきた景色だ。水の色も、対岸のアルマダの丘も、変わっていない。
変わったのは港の周りだ。
アルファマの路地に、知らない店が増えた。幼馴染みのペドロが実家を売って郊外に引っ越した。小学校の同窓会に行ったら、半分が外国にいた。ロンドン、ドイツ、ブラジル。
ポルトガル人が外国に出て行って、外国人が入ってくる。
悪いことだとは思わない。思わないようにしている。
ポルトガル海兵隊に入って十二年。除隊して帰国して、仕事を探した。警備会社、物流会社、建設会社。どこも「軍の経験は役に立たない」と言った。
妻のイネスが「大丈夫?」と毎朝聞く。
マルコは「大丈夫」と毎朝答える。
大丈夫じゃない。でも他に言いようがない。
港を見ていると、子供の頃に父が言った言葉を思い出す。「海に出た人間は、いつか必ずまた海に帰る」
父は漁師だった。今は引退して、アルファマの古いアパートにいる。そのアパートも、来年には取り壊される予定だと聞いた。再開発だ。観光客向けのホテルになるらしい。
「俺の街はもうない」
声に出したのはその時だった。
川の水が光っていた。
イネスがアパートの窓から手を振った。朝ごはんができたという合図だった。
マルコは手を振り返した。
川から目を離した。




