第11話「パリの区別」
時事ネタ?社会風刺?いずれにしろ、この作品はフィクションであり、実在の企業・団体・個人とは一切関係ありません。キリッ
2024年6月。午後四時。
ファティマ・アル=ラシードは病院の更衣室で制服に着替えながら、今日で何度目かを数えるのをやめた。
「あなた、フランス語うまいね」
患者に言われるたびに、ファティマは笑顔で答える。「ありがとうございます」
三十六年間、フランスで生まれ育って、フランス語しか話せなくて、それでもフランス語がうまいと言われ続けた。
差別ではない。区別だ。そう思うようにしてきた。
フランス軍衛生兵として八年。マリでも、レバノンでも、どこに行っても優秀だと言われた。でも帰国するたびに、パリの街が変わっていた。人が増えた。緊張が増した。去年の夏、郊外で暴動があった。
ファティマはどちら側にもいられなかった。
更衣室のドアが開いた。同僚のマリーが入ってきた。
「疲れてる?」
「いつものことよ」
マリーが着替えながら言った。
「ねえ、ファティマ。あなたって、自分のこと何人だと思ってる?」
ファティマは少し考えた。
「フランス人よ」
「そうだよね」マリーは鏡を見ながら言った。「でもさ、私たちって結局、どこに行っても——」
「マリー」
ファティマは静かに遮った。
「今日は疲れてる」
マリーが黙った。
ファティマはロッカーを閉めた。
どこに行っても外国人なら、せめて安全な外国人でいたい。
その言葉が頭の中に浮かんだ。どこで読んだのか、誰かに言われたのか、自分で思ったのか、もう分からなかった。
ただ、その言葉だけが残っていた。




