第109話「停戦」
時事ネタ?社会風刺?いずれにしろ、この作品はフィクションであり、実在の企業・団体・個人とは一切関係ありません。キリッ
2028年4月下旬。ブリュッセル。NATO本部。緊急首脳会議。
会議室に重苦しい空気が漂っていた。
NATO事務総長が口を開いた。「——ハンガリーがルーマニア国境に兵力を集結させている。ベラルーシがウクライナ北部から参戦した。我々は二つの危機に同時に直面している」
フランス大統領の声が響いた。「ハンガリーのNATO残留は認められない。対ロシア同盟から離反して加盟国に軍を向けるとは何事か。第8条に基づく協議を即座に要求すべきだ。応じなければ除名手続きを開始する」
英国首相が続けた。「同意する。ハンガリーを放置すればNATOの信頼性が崩壊する。EUの枠組みにも関わる事態だ」
画面の中でドランプが腕を組んでいた。「——俺はNATOを解体したくない。でも動きたくない。プーチンが核をちらつかせている以上、NATO軍の直接参戦はリスクが高すぎる」
「では誰が動くんだ」とフランス大統領が言った。
しばらく沈黙が続いた。
ブリッグス准将が静かに口を開いた。「——FEPAがあります」
全員が准将を見た。
「民間PMCです。NATO軍ではない。プーチンへの口実を与えない。すでにE-350Bがウクライナの迎撃率を大幅に改善しています。はやぶさ改とT-5Fがアンコーナに展開しています。FEPAに参戦を依頼する——これが現実的な選択肢です」
ドランプが少し間を置いた。「——日本か」
「そうです」
「——話をつけてくれ」
翌日。東京。外務省。
ブリッグス准将から外務大臣に連絡が来た。
「FEPAのウクライナ戦線への参戦を正式に依頼したい」
外務大臣がしばらく黙った。「——条件を整理してから回答します」
「——条件とは?」
「ファーンボローの受注分の手付けを急いでいただきたい。それとLEO-PNTへのNATOの設備投資参加を確約してもらいたい」
ブリッグスが少し間を置いた。「——了解しました」
東京。内閣官房。
片桐隆文(外務省同期・対中東非公式チャンネル担当)がアフシャールとの交渉内容を橘に報告した。
「停戦条件がまとまりつつあります」
「条件は?」
「イラン政府が求めているのは3点です。復興支援、革命防衛隊の軍への正式吸収スケジュール、国際社会への面子の確保です」
「核査察スケジュールは?」
「これが難題です。ドランプへの手土産として必要ですが、イラン側は強く抵抗しています」
橘がしばらく窓の外を見た。「復興支援を積み増してくれ。面子は国際発表の文言で対応できる。核査察は段階的なスケジュールで妥協させろ」
「了解しました」
同じ頃。東京。防衛省。
城島哲也(防衛省同期・制服組との橋渡し担当)が大泉進太郎(防衛大臣)に報告していた。
「FEPA空の連絡で、はやぶさ改第3大隊をアンコーナへ移動します。T-5F全45機も同時に移動します」
大泉が頷いた。「欧州事変が本格化している。アンコーナを欧州の拠点にするんだな」
「T-5Fの格納庫は?」
「An-124Bの格納庫を流用する。イタリア人に建設させたら5年かかる」
大泉が少し笑った。「了解しました」
「09式50両の国内配備も完了しました」
「そうか」大泉がしばらく地図を見た。「台湾有事に備えて動かせる体制が整ってきたんだが」
同じ頃。ワシントン。ホワイトハウス。
ドランプがNSCの報告を聞いていた。
「イランの革命防衛隊が壊滅した。FEPAの作戦だったのか?」
担当者が頷いた。「確認が取れています」
「日本がここまでやるとは」ドランプがしばらく黙った。「中間選挙の結果でこちらが弱体化しているのを見計らっているのか」
「おそらく」
「日本に言え。PMCの欧州派遣か、イラン戦争の戦費負担か、どちらかを選べとな」
担当者が黙った。
「何だ」
「FEPAはすでに欧州にE-350Bを派遣しています。ウクライナの迎撃率が大幅に上がっています。日本はすでに動いています」
ドランプがしばらく黙った。「ちっ」
同じ頃。岩手県北上市。
牧野俊介(経産省同期)が市の担当者と向かい合っていた。
「北部産業業務団地の全域32.3ヘクタールを確保したいのですが」
「現在一部商談中の区画がございまして」
「国策案件として優先させていただきます」
担当者がしばらく牧野を見た。「了解しました」
牧野がスマートフォンを取り出した。「キオクシア岩手から1.5kmです。工業団地内にI-SPARK、岩手県半導体人材育成拠点もある。人材確保も同時に解決できます」
担当者が頷いた。「進めましょう」
同じ頃。富山県高岡市。
橘から富山県知事と高岡市長に連絡が入っていた。
「ICパーク高岡隣接地に広大な工業用地を確保してください。3ヶ月以内に確定をお願いします」
知事が担当者を呼んだ。
「TSMCが来るのか?」
「第3工場の建設を検討しています。熊本に続いて高岡を」
「豊富な水、土地の安さ、能登からの移住促進補助金、全部揃っています」
「急いでください」
東京。内閣官房。
城島が橘に報告した。「はやぶさ改第3大隊とT-5F全45機のアンコーナへの移動が始まった。09式50両の国内配備が完了した。牧野が北上の32.3ヘクタールを確保した。TSMCの高岡の土地確保も動き始めた。NATOのブリッグス准将から正式にFEPAへの参戦依頼が来た。ドランプがちらつかせてきた」
「そうか」
「ドランプへの回答は?」
橘が静かに言った。「FEPAはすでに動いている。PMCの派遣はFEPAの商業判断だ。イラン戦争の戦費は払わない。ただし、ファーンボローの手付けを早く入れてもらえれば話が早い」
城島がしばらく橘を見た。「ドランプの脅しを逆用するのか」
「さあな」
橘は答えなかった。ドールA10001号が温めたコーヒーを差し出した。橘が受け取った。今日も温かかった。
窓の外に霞が関の春の空が広がっていた。
ブリュッセルではNATOがハンガリーへの第8条協議を要求する文書を送っていた。アンコーナではT-5F×45機が格納庫に収まり始めていた。北上では牧野が土地の書類に判を押していた。高岡では工業用地の測量が始まっていた。テヘランではアフシャールが次の交渉案を考えていた。ドランプが舌打ちをしていた。
全部同時に動いていた。
冷めたコーヒーに手を伸ばしたが、もう飲んでいた。珍しく、空のカップを持ったままだった。




