第106話「3月末」
時事ネタ?社会風刺?いずれにしろ、この作品はフィクションであり、実在の企業・団体・個人とは一切関係ありません。キリッ
2028年3月末。東京。内閣官房。
城島が橘に報告した。「T-5Fの一括納入が完了した。45機全機だ」
「そうか」
「EC725も20機全機完納した。ヘリ体制が整った」
「そうか」
城島が続けた。「NATOからブリッグス准将経由で依頼が来た。革命防衛隊の排除だ。欧州の状況が切迫している」
「条件次第だ。片桐に動いてもらう」
同じ頃。国会。本会議場。
LEO-PNT日欧共同協定の批准が行われた。
英国・イタリア・フランス・ドイツ——NATO全体が署名した。
GPS・北斗・GLONASSを上書きする日欧独自の全球測位網——
正式に動き出した。
同じ頃。東京。財務省。
片貝財務相が橘と向かい合っていた。
「キオクシアの件だ」と橘が静かに言った。「GPIFで30%取得する。東芝の17.6%を超えて筆頭株主になる。米系ファンドの合計%も超える必要がある」
「——浮遊株が多いとは聞いています。今が好機ですね」
「そうだ。三菱UFJ銀行、三菱電機、三菱ケミカルから各1名を上級役員として派遣する」
「——水島老人の意向ですか?」
「そうだ」
片貝が頷いた。「GPIFで30%取得。了解しました。HBM(High Bandwidth Memory)の国産化が急務ということですね」
「そうだ。キオクシアの北上工場に新ラインを作る。TSMCには高岡に第三工場を誘致する。FMS特会の産業振興枠で手当てする」
「——また特会が動くんですね」
「投資だ」
同じ頃。Highlanders・USC各社へ。
「USC利用料について——2028年4月1日より課金を開始します。ユニット課金:5万円/月/ユニット。戦域管制費:月50億円。FEPAタイプ-1利用料:月150億円」
各社の担当者が通知を見た。
「——4月からか」
「払えるのか?」
「MAGIを使って稼いでいるんだから当然だろ」
同じ頃。渋谷。NHK放送センター。
廊下が静かだった。
1月以降、足音が減っていた。転職できた者から順に出ていったからだった。
残った職員が資料を片付けていた。
「——退職金が65%か」
「仕方ない。特殊法人から株式会社への転換だ。全員いったん退職になる」
「再雇用を希望するか?」
「——狭き門らしいな」
「民放連が運転資金を保証してくれるそうだが——経営計画を作れる人間が何人残っているか」
「会長は?」
「——総務省の天下りだから3月31日をもって辞任だ。もう出社していない」
誰かがため息をついた。
「——本社はSKIPシティのB街区に移転するそうだ。川口市だ」
「渋谷から川口か……」
窓の外に渋谷の街が見えた。
NHK放送博物館には取材車両が溢れていた。50年分のアーカイブの移転作業が続いていた。
3月31日まであと3日だった。
【掲示板】日欧共闘まとめスレ
1: ID:Xk7mNpQ3
LEO-PNT協定が正式締結されたのか!GPSとはおさらばだな
2: ID:mR8vwZ09
NHKが渋谷を出て川口に移転するって本当か?
3: ID:Tb3nHsW1
渋谷から川口ってだいぶ落ちたな……
4: ID:nQ0vXc7R
USC課金が4月から始まるのか。月50億の戦域管制費って……
5: ID:zW4qRm5S
MAGIを使って稼いでるんだから当然の話だろ
6: ID:pL2aKj8F
NHKは退職金65%で全員いったん退職か。再雇用の倍率どのくらいだろ
7: ID:Tb3nHsW1
1月から転職できた人間はとっくに出てるからな。残ってる人間が再雇用を争うわけだ
8: ID:Toshi_k9
会長は総務省天下りだから3/31で自動辞任。もう出社してないらしいぞ。最後まで責任取らない連中だな
9: ID:8vYnKp2A
栃木から来ました。親父が「NHKも終わりか。長い間受信料払わされたな」って言ってた
10: ID:nQ0vXc7R
親父さん今回は恨み節だなw
11: ID:Toshi_k9
キオクシアをGPIFで半国有化するって話が流れてるが——HBMの国産化が本丸なんだろ。見えないとこで全部繋がってたな
東京。内閣官房。
城島が橘に最後の報告をした。「LEO-PNT協定が締結された。USC課金の通知が出た。NHKが川口に移転準備を始めた。キオクシアの買収手続きが始まった。T-5FとEC725の完納が確認された。NATOからの革命防衛隊排除の依頼も来た」
「そうか」
「全部同時に動いているな」
「そうだ」
「——NATOの依頼——受けるのか?」
橘がしばらく窓の外を見た。「片桐に条件を詰めさせる。英国とサウジからGBU-28を調達する必要がある」
「——本格的な作戦か?」
「そうなるな」
城島がしばらく橘を見た。「怖いな、お前は」
橘は答えなかった。ドールA10001号が温めたコーヒーを差し出した。橘が受け取った。今日も温かかった。
窓の外に霞が関の春の空が広がっていた。
渋谷ではNHKの職員が荷物を運んでいた。川口ではSKIPシティのB街区に明かりが灯り始めていた。キオクシアの株が静かに動き始めていた。TSMCの台湾本社で担当者が高岡の地図を広げていた。GBU-28の調達に向けて片桐が動き始めていた。
全部同時に動いていた。
冷めたコーヒーに手を伸ばしたが、もう飲んでいた。珍しく、空のカップを持ったままだった。




