第105話「ファーンボロー」
時事ネタ?社会風刺?いずれにしろ、この作品はフィクションであり、実在の企業・団体・個人とは一切関係ありません。キリッ
2028年3月。東京。防衛省。
大泉進太郎防衛大臣が城島に言った。「T-5Fの件だが——防衛費から2000億ほど融通する。訓練機として20機を購入したい。国内在庫も最低30機持っておいてほしい」
「——50機ですか」
「そうだ。GCAPが完成するまでの繋ぎだ。台湾有事が発生した場合に訓練機をT-5Fに転換する。備えとして必要だ」
城島が橘に伝えた。
橘が牧野に電話した。「T-5Fの一括納入を4月に前倒しにしてくれ。ラインを3倍にする」
「——3倍ですか? 理由は?」
「T-5Aの欧州向け営業を始める。在庫が必要だ。大泉が50機を国内購入する。分母が増えれば原価も下がる」
「——了解しました」
ケビンが隣でMAGI-3のモニターを見ていた。「——すでに生産最適化のプランが来ています。0.3秒で」
牧野がため息をついた。「——また勝手にやってる」
「日本の産業振興です」
同じ頃。東京。JDETA本部。
野中誠一が担当者たちと向かい合っていた。
「ファーンボロー国際航空ショーに出品する。準備を急いでくれ」
「——何を出品しますか?」
「T-5Aを3機。An-124Bを1機。P-1、C-2、EC-2も出す」
「——価格は?」
野中が資料を出した。
「T-5Aが60億円。An-124Bが500億円。P-1が420億円。C-2が130億円。EC-2が380億円だ」
担当者がメモを取った。「——T-5Aを欧州で初公開するんですか?」
「そうだ。比較的予算規模の小さい国への営業を始める。ポーランド、チェコ、ルーマニア——T-50を買わされた国には特に丁寧に説明する」
別の担当者が手を挙げた。「——An-225Bはどうしますか?」
野中がしばらく間を置いた。「ウクライナへの引き渡し式をファーンボローで行う。無償だ」
「——無償ですか?」
「ムリーヤへ再建は約束だ」
担当者がしばらく黙った。
「——ブースの規模は?」
「日本史上最大規模にする」と野中が静かに言った。「外務省、防衛省、経産省、各メーカー——官民全部巻き込め。JDETAが仕切る」
数日後。英国。ファーンボロー国際空港。
会場の設営が始まっていた。
各国のブースが並ぶ中、日本のブースは他を圧倒する規模だった。
設営担当者がブースの端から端まで歩いた。「——これが日本のブースか」
通訳が答えた。「初めてですよ、日本がこれだけ大きなブースを構えるのは」
「——何を展示するんだ?」
「T-5A、An-124B、P-1、C-2、EC-2——そしてAn-225Bも来る」
「An-225Bが?」担当者が止まった。「ムリーヤの後継機が?」
「そうです。ウクライナへの無償引き渡し式をここで行います」
ショー当日。
T-5Aが滑走路に並んだ。3機の機体が青空の下で光っていた。
観客が集まった。
「——あれがT-5Aか? F-22とは違う形状だな」
「ステルス塗装なしだが——それでもKF-21より上らしいぞ」
「60億円……今の為替レートで約4100万ドルか。F-35の半額以下だな」
フライトデモが始まった。
T-5Aが離陸した。
複雑な戦術軌道ののちに、3機がコブラターンを決めた。
観客がざわめいた。
「——訓練機にしてはとんでもない機動性だ」
「あれは訓練機じゃないだろう……」
ポーランドの代表団が無言でメモを取っていた。
An-124Bの展示ブースには長い列ができていた。
「——500億円か。大きいが悪くない値段だな」
「在庫が4機即納できるそうだ。3ヶ月でさらに4機——」
NATO関係者が担当者に近づいた。「——EASA認証は取れているか?」
「2027年春に取得済みです」
「——即納可能と聞いたが本当か?」
「本当です。ウクライナへの補給にお役立てください」
そして夕刻。
滑走路の端に、巨大な機影が現れた。
ウクライナ紛争で失われた、たった1機の世界最大の輸送機An-225Bだった。
会場が静まり返った。
近代化されたウクライナの誇り、ムリーヤの後継機が、英国の空に降り立った。
ゆっくりと滑走路を進んで停止する。
機体の横に、ウクライナ国旗が広げられた。
日本側の代表が歩み出た。ウクライナ側の代表が歩み出た。
「——ムリーヤへの約束を果たします」と日本側の代表が言った。「この機体を、ウクライナ国民に捧げます」
ウクライナの代表がしばらく機体を見た。
「——ムリーヤは帰ってきた」と代表が静かに言った。
目が潤んでいた。
会場から拍手が起きた。
最初は静かだった。
やがて大きくなった。
ずっと続いた。
東京。内閣官房。
城島が橘に報告した。「ファーンボローが終わった。T-5Aへの引き合いが殺到しているそうだ。ポーランドが最初に問い合わせてきた」
「そうか」
「An-124Bも4機の即納に引き合いが来た。NATOの複数国から」
「そうか」
「An-225Bの引き渡し式——ウクライナの代表が泣いていたそうだ」
橘が少し間を置いた。「——そうか」
「——ムリーヤへの約束を果たした」
「そうだ」
城島がしばらく橘を見た。「——これも最初から設計していたのか?」
「さあな」
橘は答えなかった。ドールA10001号が温めたコーヒーを差し出した。橘が受け取った。今日も温かかった。
窓の外に霞が関の春の空が広がっていた。
ファーンボローではT-5Aが3機並んで写真に収まっていた。An-225Bにウクライナの国旗がはためいていた。ポーランドの代表団が見積もりを依頼していた。ジブチでは埋め立てが進んでいた。東京農業大学の教授が緑化計画のメモを取っていた。田中本部長がファーンボローのニュースを見ながらジブチで重機に乗っていた。
全部同時に動いていた。
冷めたコーヒーに手を伸ばしたが、もう飲んでいた。珍しく、空のカップを持ったままだった。




