第101話「歯車」
時事ネタ?社会風刺?いずれにしろ、この作品はフィクションであり、実在の企業・団体・個人とは一切関係ありません。キリッ
2028年初頭。東京。内閣官房。
牧野が橘に資料を出した。「ドールAの社会浸透状況をまとめました」
橘が資料を見た。
「食品工場への導入が特に進んでいます」と牧野が続けた。「キノコ工場、農産物の仕分け、魚の捌き——衛生基準をクリアしているので食品系に引き合いが集中しています」
「電子部品は?」
「長野電子、新光電気工業など長野県の精密工場への導入が相次いでいます。クリーンルームでの作業に適しているということで」
「事務員としては?」
牧野が少し笑った。「これが意外と多いんです。書類の搬送、来客案内、会議室のセッティング——定型的な事務作業に使われています。橘さんの10001号と同じ使い方です」
「そうか」
「それと——」牧野が続けた。「面白い現象が起きています。工場の駐車場が工場建屋に転用され始めています」
橘が資料から目を上げた。
「ドールAの導入で従業員数が減らなくても新規採用が減る。駐車場の稼働率が下がる。それなら建屋に転用してライン増設した方がいい——という判断が広がっています」
「一括償却が後押しした」
「そうです。今年中に設備投資すれば一括償却できる。会計士と税理士に引き合いが殺到しています。行政書士も汎用ロボット製品に関する法律の手続き代行で大忙しです」
橘が静かに頷いた。
同じ頃。東京。神田武雄の事務所。
橘が向かいに座っていた。
「神田さん、JR貨物の緊急増便と貨物駅の整備に予算をつけていただきたい」
神田が71歳の顔に皺を寄せた。「また難しいことを言う。理由を聞かせてくれ」
「建設需要が爆発的に増加しています。長距離の建設資材輸送がトラックでは限界に来ます。運送業界はもう余力がない」
「自動運転は?」
「日本の道路では無理です。路地に入れば1.5車線の両方向通行、センターラインのない幹線道路が普通です。ゼロリスクの文化強い。実用化は現実的ではありません」
神田がしばらく黙った。「——長距離は鉄道に任せろということか」
「そうです。駅から現場まではタチコマが台車を引いて運びます」
「タチコマ?」
「アスタコシリーズの多脚ロボットです。大型特殊自動車として公道を走れます。パレット単位なら1t以下なのでタチコマが自分で荷下ろしできます」
神田がしばらく橘を見た。「——分かった。JR貨物の増便と貨物駅の整備を進める。ただし」
「なんでしょうか」
「タチコマとやらが本当に使えるか、俺の目で確認させてくれ」
「——いつでもどうぞ」
同じ頃。Tachikobo。牧野の執務室。
新明和工業の担当者が資料を出した。「タチコマ専用台車のご提案です」
牧野が資料を見た。
「ショート4t、スタンダード10t、ロング25t——箱車と台車の2タイプです。ショートは路地や狭小現場向け、スタンダードは標準的な現場向け、ロングは幹線道路や大型資材向けです」
「ロング25tはタチコマ1機で引けるのか?」
「前後連結で2機にしていただければ対応できます」
牧野がしばらく資料を見た。「——前後連結か」
「MAGIが2機を同期制御します。前のタチコマが牽引して後ろのタチコマがブレーキ補助と押し引きを担います」
牧野が少し笑った。「——かわいいな」
「そう言っていただけると嬉しいです」
「設計データはTachikoboに帰属させる。製造は新明和に任せる。急いでくれ。歯車を止めるな」
その翌日。NICHIO(日本除雪機製作所)の担当者が来た。
「タチコマ向けにロータリー除雪ユニットとバケット除雪ユニットを開発したいと思っています。タコマ向けには3車線伸縮ブレードユニットを考えています。1台で3車線を雪寄せできます。走行車輪の換装も——雪上・凍結路面対応のスパイク付き特殊車輪に換装できるようにしたいと思っています」
牧野が資料を見た。「タコマが3車線を一気に除雪できるのか」
「そうです。従来の除雪車3台分の仕事を1台でこなせます。北海道・東北・長野・新潟の除雪コストが大幅に下がります」
牧野がしばらく資料を見た。「——許可を出す。設計データはTachikoboに帰属させる」
「ありがとうございます」
「急いでくれ。今年の冬には間に合わせたい」
担当者が帰った後、牧野が橘に電話した。「新明和とNICHIOから提案が来ました。両方許可を出しました」
「そうか」
「タコマが3車線を除雪できるそうです」
「当然だろう」
「タチコマの前後連結はかわいいですね」
「……そうだな」
SNSに動画が流れた。
タチコマ2機が前後連結でロング25tの台車を引いている動画だった。
4本の脚を交互に動かしながら、重そうに、でも確実に進んでいた。
3時間で23万件のいいねがついた。
「#タチコマ連結」「#かわいいのに25t」「#でも怖い」
【掲示板】日欧共闘まとめスレ
1: ID:Xk7mNpQ3
タチコマが台車引いてる動画見たか?かわいすぎるwww
2: ID:mR8vwZ09
でも25t引いてるんだよな……かわいいのに怖い
3: ID:Tb3nHsW1
タコマが3車線を除雪できるってNICHIOが発表してたな
4: ID:nQ0vXc7R
北海道の除雪コストが激減するじゃないか
5: ID:zW4qRm5S
うちの近所の食品工場がドールA入れたら不良品率が激減したって
6: ID:pL2aKj8F
キノコ工場とか魚の捌きまでやるのか……人間の仕事なくならないか?
7: ID:Tb3nHsW1
少子化で人が来ないんだよ。ドールAがいなかったら工場が閉まってたかもしれん
8: ID:8vYnKp2A
栃木から来ました。親父の工場も駐車場の半分が新工場棟になった。誰もクビになってない。むしろ管理職が増えた
9: ID:nQ0vXc7R
親父さんまた正しいw
10: ID:8vYnKp2A
親父が「俺たちの仕事がなくなるんじゃなくて、俺たちの仕事が変わるんだ」って言ってた
11: ID:Toshi_k9
これが日本転生Rev1だよ。置き換えじゃなく増強。歯車が回り出した
12: ID:zW4qRm5S
でも運送業界がパンクしそうって聞いたぞ
13: ID:Toshi_k9
JR貨物が動き始めたろ。長距離は鉄道、現場まではタチコマ——これが答えだ
14: ID:mR8vwZ09
誰が設計したんだこの仕組み
15: ID:Toshi_k9
さあなw でも見えないとこで動いてた人間が最初から設計してたんだろ
東京。内閣官房。
城島が橘に報告した。「歯車が回り出した。建設需要が拡大している。JR貨物の増便も動き出した。タチコマの台車とNICHIOの除雪ユニットも承認された」
「そうか」
「ドールIはどうなっている?」
橘が静かに言った。「西村に連絡してくれ。3ヶ月前倒しを要求する」
「——無理じゃないか?」
「MAGI-3に設計データを送れば0.3秒で問題点を特定できる」
城島がため息をついた。「——またMAGI-3か」
「歯車を止めるな」
橘は答えなかった。ドールA10001号が温めたコーヒーを差し出した。橘が受け取った。
今日も温かかった。
窓の外に霞が関の冬の空が広がっていた。
長野の精密工場では今夜もドールAが動いていた。北海道ではNICHIOの担当者が除雪ユニットの設計を始めていた。新明和ではタチコマ用台車の試作が動き出していた。JR貨物では緊急増便の計画が立てられていた。全国の駐車場が少しずつ工場建屋に変わっていた。
全部同時に動いていた。
冷めたコーヒーに手を伸ばしたが、もう飲んでいた。珍しく、空のカップを持ったままだった。




