48赫魔人
「レーナ!!」
『ママ!!』
突然、赤い壁から現れたレーナに驚きつつも、僕とクロは、一目散にレーナに抱き着く。
死んだと言われたレーナが生きていたんだ。
嬉しくてたまらない。
でも、抱き着いて分かったのは、レーナの全身を覆う赤は、鉄の匂いからして、やっぱり血だ。
怪我が全身に血が纏わりついているのかと思ったけど、そうでも無さそう。
レーナの纏う血は、生き物のように蠢いているのだ。
「リックもクロちゃんも、待たせましたね」
レーナは冷静に、抱き着く僕とクロを、抱き着き返す。
一時の穏やかな空気が流れる。
でも、それを打ち破るように、ドン!
赤い壁を突き破った、出てくるベネジクト。
ベネジクトは僕を見て、それからそばにいるレーナを見て、酷く驚く。
「…貴様。何故生きている。腹を貫いたはず」
まるで、死者が生きているような反応だ。
まぁ…ベネジクトから受けた攻撃は、普通に致命傷を与えていた。
では、レーナは無傷かと聞かれると、そういう訳ではない。
「ええ、流石に、死ぬかと思いましたよ」
レーナは自身の腹部を触る。
そこは、ベネジクトの爪によって貫かれ、本来なら臓物が零れ落ちても不思議でない致命傷であった。
ベネジクトが与えた傷が悪化しないように、レーナの体中に纏わり付いた血が、包帯のような役割を果たしていた。
簡単な止血である。
「まぁ…良い。今度は確実に息の根を止めてやる。首を切り落としてくれる」
そんな挑発的なベネジクトに対して、レーナは寧ろ笑う。
「やってみてください」
その言葉を皮切りに、ベネジクトが高速で迫る。
さっきの戦いでは、レーナはこのベネジクトの高速移動にやられたのだ。
速過ぎて、ただ爪の攻撃を受けるしかなかった。
しかし、
「何?!」
ベネジクトが驚く。
ベネジクトの爪の攻撃は、レーナに容易く避けられる。
今までは、こんなこと無かった。
偶然かと思い、また高速で移動して、爪の攻撃を仕掛ける。
でも、
「何故だ?!」
ひらりと避けられる。
ベネジクトの動きが見えているみたいだ。
そう…実際見えているのだ。
レーナの動体視力には。
レーナは体の血を操作して、目の動体視力を上げているのだ。
それにより、ベネジクトの動きが見える。
ベネジクトの攻撃を三度躱すレーナ。
「お返しです」
「ぐ?!」
ベネジクトが攻撃で、レーナの体スレスレを着た瞬間、脇腹に正拳突きを叩きこむ。
よろけるベネジクト。
想定外の威力だったみたいだ。
これは、ただの正拳突きではない。
血を操作したことで、拳の周りに血のガントレットを形成して、硬い拳にしたのだ。
「舐めるな!」
ベネジクト激高して、爪の貫手を放つ。
ガキン!
突如、爪は弾かれる。
レーナの体に纏った血の鎧によって。
血の強度も、とんでもないものである。
「これも食らってください。〈呪闇・毒〉」
「があ?!」
硬い血を纏った蹴りが、ベネジクトの胸部に炸裂。
しかも、闇を纏った蹴り。
これは、レーナの【ジョブ】である『呪導師』のスキルである。
状態異常を引き起こす闇の効果は薄く短いゆえに、『呪導師』は不遇職と言われていた。
だが、本来の使い方は、このように闇を体に纏わせて、近接格闘で使うもの。
ボキ。
骨が折れる音がする。
ベネジクトの肋が、折れたのだろう。
そこに、闇による毒の効果。
例え、闇の効果が低くとも、強烈な蹴りにプラスして状態異常は、受ける側は想像以上に嫌に決まっている。
ベネジクトは口から少量の血を吐きながら、悪態をつく。
「グルコル、援護しろ!!」
「はい!」
ベネジクトは、使用人姿のヴァンパイアのグルコルに指示を出す。
グルコルは身軽な動きで、レーナの後方に回る。
それに対して、ベネジクトは正面から攻撃を仕掛ける。
挟み撃ちである。
それでも、
「無駄です」
レーナは正面と後方に、血の槍を放つ。
そんな使い方があるなんて。
いきなりの遠距離攻撃に、ベネジクトもグルコルも、回避せざる追えなかった。
体制が崩れる2人。
そこを見逃さず、
「は!」
レーナは、ベネジクトに拳、グルコルに蹴りを同時に放つ。
挟み撃ちにも難なく対応するレーナ。
「す、凄い」
『ママ、カッコいい!』
僕もクロも、ただ茫然と見ることしかできなかった。
でも、流石にレーナでも2人の相手を同時に取り続けるのは、難しいだろう。
「クロ、イッカク、僕たちは、グルコルの相手だ!」
僕たちは、片方に集中する。
一方のベネジクトは、
「何なんだ、お前は…」
「レーナです。ただの」
「そんな訳が………いや、そうか…お前は」
ベネジクトは何かに気づく。
「半魔人に、自身の血を操る力。思い出した。貴様…赫魔人か!」
「赫魔人?」
レーナは何のことか、分からないようだ。
「数百年前に、人と魔人との戦いで、魔人側を裏切った魔人。そうか…貴様がその赫魔人の末裔なのか!」
「そんな魔人が」
レーナはあたかも他人事のように呟く。
レーナからして見れば、自分がどんな魔人なのか心底どうでも良い。
リックやクロたちが一緒にいてくれれば、それで良いのだから。
「終わらせましょう」
レーナは宣言する。
「貴方、血がお好きなのでしょう。私の血も、たっぷり抜いて」
レーナは手を、ベネジクトに向ける。
その手には、自身の操作で蠢く血で溢れていた。
「そんなに血がお好きなら、上げますよ。好きなだけ」
バン!
レーナの手にあった血が勢いよくベネジクトに飛ぶ。
その大量の血は、ベネジクトの口内に入り込む。
「がぼ?!」
ベネジクトは目を見開きながら、口内に入る血を吐き出そうとするが、無駄だった。
見る見るうちに、レーナの血はベネジクトの胃の中に入る。
レーナは血を操る。
となれば、体の中にある血をどうするのか、想像に難く無い。
ベネジクトの顔色が真っ青になる。
「や、やめろ!」
必死に命乞いするが、もう遅い。
「終わりです」
レーナが手を開く。
それを見たベネジクトの絶望する顔が最後の顔だった。
一気に、手を閉じるレーナ。
次の瞬間、ベネジクトの体の中から、大量の血の槍が貫く。
「ああああ??!!」
ベネジクトは絶叫を上げながら、身体中から血を吹き出し、絶命する。
とても呆気なく。
「ベネジクト様…」
グルコルは絶命するベネジクトを見て崩れ落ちる。
自身の負けを自覚したのだろう。
周囲に静寂が訪れる。
しばらく誰も言葉を発しないが、先に口を開いたのは、ベネジクトを倒したレーナだった。
「ベネジクトは死にました」
その瞬間、周囲から歓声が上がる。
歓声を上げているのは、遠巻きに僕たちとベネジクトたちの戦いを見ていたヴァンパイアたち。
彼らは爵位を持たないヴァンパイアたち。
彼らは、ずっとこの地下都市で、爵位ありのヴァンパイアたち、そして公爵のベネジクトに支配されていたのだ。
その支配が終わった。




