47記憶
僕とグルコルとの戦いは、僕たち側が攻めて、グルコルが避け続けるという構図が長引いている。
僕は短剣で、クロが爪や牙で、イッカクが尻尾や体当たりなどで、攻撃を加えるが、そのどれもが躱される。
その身軽な身のこなしに、俊敏さ。
しかも、時折懐から小さなナイフを取り出して、僕の方だけに投げる。
この中で、一番弱いのは、僕だから僕を狙うのは当然だ。
使用人の格好をしているが、暗殺者みたいである。
厄介だ。
レーナはベネジクトという明らかに強い敵の首魁を相手にしているし、早く加勢に行きたい。
そう思っていると、
「何だ?!」
物凄い速さのものが迫ってきたので、咄嗟に短剣でガードする。
途端に短剣を握る手に衝撃。
見れば、短剣が少し刃こぼれしていた。
これをやったのは、
「お前は?!」
赤い髪に赤い目の女。
ベネジクトである。
だが、可笑しい。
ベネジクトはレーナと戦っていたはず。
何故ここに?
「何で、お前が?レーナと戦っていたはずじゃ?」
「あの女は死んだ」
「は?」
突然のレーナが死んだと言う言葉に、僕はあの固まる。
でも、固まったのは一瞬。
すぐに体が震えだす。
「う、嘘だ…」
それしか言葉が出ない。
レーナが死んだなんて、絶望以外の何者でも無い。
『そうだ!嘘だ!嘘だ!』
クロも一緒になって反論する。
そんな僕たちに、ベネジクトは不適な笑みを浮かべる。
「嘘だと思うのなら、確かめてみろ。まぁ…そもそも、確かめる前にお前たちは、あの女と同じように死ぬがな」
そこからは、グルコルとベネジクトの2人1組による攻撃が始まる。
2人の狙いは依然として、僕だ。
僕を倒せば、陣形が崩れることを2人は知っている。
「くっ?!イッカク!守ってくれ!」
イッカクに僕を守るように指示を出す。
イッカクが俺に巻き付くように、身体を置く。
グランドドラゴンの鱗は硬い。
2人の攻撃からでも守ってくれるはず。
シュン!
『うが!いってぇ!』
しかし、高速移動したベネジクトから繰り出された爪の攻撃hが、イッカクの硬い鱗すらも傷付ける。
何て攻撃力だ。
幸い、大きな傷ではないけど、イッカクが痛がっているなんて。
『この!』
クロが必死になって、鋭い爪で攻撃する。
僕とイッカクは防御一辺倒なので、クロの攻撃が頼りだ。
でも、クロの攻撃は糸も容易く、ベネジクトとグルコルによって避けられる。
レーナがさっきまでいた場所に行きたいのに、このままでは、何も出来ない。
僕は、絶望感とやるせない気持ちでいっぱいだ。
そこは暗闇。
何も見えない真っ暗な景色が続く。
ここは、何処でしょうか?
私は、首を傾げる。
そもそも、私は何をしていたのか。
少し頭を捻り、記憶を探る。
そして、思い出したのは。
そうだ!私はベネジクトとの戦いで、腹に爪を刺されて、そのまま倒れたんだ。
ベネジクトに完膚なきまでに、やられた。
私は、ただ地面に血を撒き散らすことしか出来なかった。
ああ…ここで、私は死ぬのか。
いや、もう死んでいるのか。
そうか…私死んだのか。
そう考えた途端、私の中に大きな悲しみと後悔が押し寄せる。
いやだ!死にたくない!
もっとリックと、クロちゃんと一緒にいたい!
もっと生きたい!
だけど、どんなに願っても、暗闇が晴れることはない。
私は一体…どうすれば。
暗闇の中で、どうしようもない感情を持っていた、その時。
「思い出しなさい、自分が誰か」
「へ?」
突然、背後から声が聞こえる。
でも、その声は何処か聞き覚えがあるような。
慌てて背後を振り返る。
何とそこには、
「母様!」
自分と同じミッドナイトブルーの髪を持った私の母がいた。
私に魔闘術を教えた人。
母様は数年前に、病気で死んだ。
でも、貴族服に身を包み、優雅に佇む母様は、病気で死んだように見えない。
ああ、そうか。
これは走馬灯というやつか。
死に際に、母様の記憶が蘇ったのか。
何だか、涙が出てくる。
なにせ、数年ぶりの母なのだから。
そう思っていると、
「いいえ、走馬灯ではありません」
そう切り返してきた。
私の思考を呼んだみたいに。
「走馬灯ではない?では、これは…」
「思い出しなさい。貴方が何者か」
「私が何者?」
ドク…。
心臓の鼓動らしき音が聞こえる。
何者かと言われても、
「貴方には、特別な力があります。それをどう使うかは、貴方次第」
「母様、先程から何を言っているのか」
私が尋ねても、母様は言葉を口から出すのを止めない。
「貴方には、特別な血が流れている。その血は、人を傷つけることも出来る。逆に、人を救うことが出来る」
「私の血…」
ドク…ドク…ドク…。
まただ。心臓の鼓動らしき音が聞こえる。
今度は、複数回。
全身が熱く感じる。
まるで、身体の中にある全ての血が私の意思で動いているみたいに。
私は考える。
母様の言葉に意味を。
血。
私の血。
私に流れる血。
私は………。
その時、視界の暗闇に光が差す。
「私は、レーナ!赫を操る者!」
私は全身の赤い血に包まれる。
「まずい!」
僕は、今の状況が明確に不味いと判断する。
単純に、ベネジクトというヴァンパイアが強すぎる。
まだ戦況は破綻していないけど、いずれ破綻する。
ベネジクトの動きが早い。
身体能力が強化された僕の目でも、残像を捉えるので、やっとこ。
その攻撃は、イッカクの鱗も傷付ける。
既に、多くの傷がイッカクに付けられている。
イッカクは大丈夫であると口にしているが、そう考えても無理をしている。
クロの攻撃も入らない。
そんな状況が長い事続いている。
「くっ!ここは僕が!」
僕が前に出て、再起を図るしかない。
敵の狙いは僕。
ならば、僕が前に出れば、状況が変わるかもしれない。
……………なんてこともなく。
シュン!
「うう?!」
僕はベネジクトの爪で、胸を呆気なく、斬り裂かれる。
そんな僕に、ベネジクトは笑う。
「自ら、出てくるとは、愚かな」
「ああ、本当に馬鹿だ」
多分、今の僕はレーナが死んだと言う言葉で、気が動転していたのだと思う。
ああ、このまま死ぬば、レーナのところに行けるのか。
レーナが死んだと確定したわけではないが、未だにレーナが駆け付けないところに、一種の絶望を感じていたのだ。
だけど、その時だった。
ゴオオオオ!!!
僕の視界に、真っ赤なものが入り込む。
それは滝を真っ赤に染め、横に流したみたいな。
「なんだ?!」
ベネジクトもグルコルも、大きく飛んで、僕から距離を取る。
赤い滝は、壁となって僕とベネジクトたちを隔てる。
真っ赤な壁。
それになんだが、安心感を感じる。
「待たせましたね」
声が聞こえる。
僕が最も知っていて、最も愛する人の声。
それは、
「レーナ!」
赤い壁から、ミッドナイトブルーの長い髪を棚引かせたレーナが出てくる。
そのレーナの全身は、赤い血で覆われていた。
その血は蠢いており、あたかもレーナの体の一部のようだ。




