34格闘戦①
リックとクロが地上でレーナ捜索をしている一方、地面のずっと下…地下都市の中のある場所では、レーナとヴァンパイア公爵による素手による戦いが行われていた。
「「………」」
お互い、無言で構えるレーナと公爵。
2人共、相手の出方を伺っているのだ。
格闘に置いて、相手を観察するのは重要なことである。
相手の体全体を視界に収め、一挙手一刀足を見る。
呼吸が長く、静かに吸う。
「すぅ…」
レーナが肺に新しい空気を詰めるために、一回大きな呼吸をした瞬間。
シュン!
先に動き出したのは、公爵。
レーナの呼吸と呼吸の隙間を塗って、巧みな移動法で、一気に距離を詰める。
「ふん!」
繰り出される素早い左の拳。
それがレーナの顔の中心に向かう。
半魔人であるレーナの動体視力を持ってしても、捕らえきることが出来ない速さ。
「くっ!」
レーナは何とか、首を傾けて、公爵の拳を躱す。
初撃は躱せた。
……と、思っていたが、
ガシ!
「え?」
躱したと思っていた公爵の拳は、いつの間にか手が開いており、レーナの腕を掴んでいた。
掴み攻撃。
しかも、何て握力。
左手で、レーナの右腕を掴んだ公爵は、そのままレーナを自身へ引っ張る。
そして、その勢いを活かして、右拳による突きが、レーナの腹部に放たれる。
咄嗟に、レーナは脚を上げて、足の関節部分で、公爵の拳を受け止める。
「は!」
レーナはお返しとばかりに、左拳で半円を描きながら、横からの突きを放つ。
お互い息がかかるほどの近間では、レーナの横突きは、死角からの攻撃である。
拳は公爵のこめかみに当たる。
と思いきや、
「舐めるな!」
公爵はレーナの右腕を離し、身体を後ろに持って行き、躱す。
躱しざまの公爵を見逃さず、追撃にレーナは右足を前に突き出し、蹴りを出す。
その蹴りを、これまた公爵は半歩横にズレることで、避ける。
ガシ!
そして、蹴りを放って、真っすぐと前に出したレーナの右足を掴む公爵。
これは不味い。
片足を掴まれた状態だと、体制を崩しやすい。
クイ!
案の定、公爵は掴んだレーナの右足を手前に引っ張る。
前方へとバランスが崩れるレーナ。
何とか、左足を瞬時に前に出し、体制を戻そうとする。
だが、それにより一瞬だけレーナに隙が出来る。
そこへ、公爵の容赦のない蹴りが来る。
咄嗟に、腕でガードするレーナ。
ガン!!
「あ?!」
つい、声を出してしまう。
それぐらい、公爵の蹴りは強烈だった。
何て筋力?!
腕に大きなハンマーを叩きつけられた感じだ。
体重の軽いレーナは、公爵の蹴りで飛ばされる。
それでも、飛ばされつつも、受け身を取り、すぐに防御の構えを取るレーナ。
追撃は来なかった。
「ふぅ…」
慎重に息を吐くレーナ。
意識の隙間を狙った距離詰め。
攻撃と思いきや、掴み。
さらに、死角からの攻撃を躱す。
これだけで、公爵の徒手格闘の技量の高さが伺える。
公爵の格闘術は、恐らく掴みを多用するもの。
打撃中心のレーナの魔闘術とは、少し違う系統の格闘術。
公爵の素手の技量は、自身と同等。
いや、それ以上かもしれない。
兎に角、まともに勝負をしたくない相手である。
ここは、やはり逃走を考えるべきか。
「やるな」
逃走を考えていたレーナに、公爵は喜びを込めた顔で、レーナに言う。
傍目でも、嬉しそうである。
「さっきの攻防で分かった。其方、そうとうな徒手の使い手。我の攻撃で、瞬殺されないとは」
「お褒めに預かり光栄……………と、言えばいいでしょうか?」
「そう謙遜するな。我と徒手同士でやり合える相手は、ほぼいない」
喜びの顔をしていた公爵だが、徐々に顔に別の顔ができ始める。
それは愉悦の顔。
獰猛な笑みで、レーナを値踏みする。
「益々、其方の体を研究したくなった。何が何でも、捕獲するか。大人しく我に掴まってくれぬか?」
「嫌です」
きっぱりと断るレーナ。
またしても、構えながら向き直る2人。
「そう言えば、名前を聞いていなかったな。名は何と言う?」
「………レーナ・シンギュラと言います」
レーナも公爵令嬢故に、育ちが良いのか、公爵からの質問に、真面目に答える
「ほうほう…レーナ・シンギュラル。家名があると言う事は、貴族?」
「……はい。私はシンギュラル公爵家の者。………もう違いますが」
「公爵家?!これは奇遇であるな。我も公爵、其方も公爵。つまり、公爵同士の戦いか!」
少し違う。
レーナは公爵ではなく、公爵令嬢。
しかも、もう追放されているので、貴族でも何でもない。
まぁ…そんなことは、今どうでも良いか。
「申し遅れた。我は、ベネジクト・ナイトメア。この地下都市の主だ」
遅れて、公爵…ベネジクトが名乗る。
はやり、ここは地下都市だったようだ。
ヴァンパイアは太陽光が弱点であるヴァンパイアにとって、地下都市は打ってつけの住処だろう。
何故、「漆黒の森」にあった転送の魔導装置がここに繋がっているのかは不明であるが。
けれど、ここは地下都市とすると、リックやクロが助けに来るのは絶望的かもしれない。
何とかして、こっち側が地上に繋がる出口を見つけねば。
そうして、レーナが思案する中、二回戦目が始める。
そこからは、主にレーナが防御、ベネジクトが攻撃側である。
ベネジクトの筋力や攻撃力は脅威である。
まとも、食らってはいけない。
防御をしながらも、適度にレーナはカウンターを叩くも、悉くいなされる。
ジリ貧だ。
「ふぅ…ふぅ…」
レーナは分かっていた。
このままでは、負けると。
疲労がだいぶ溜まっている。
最小限の動きを心掛けているが、それでも疲れてしまう。
疲れがたまると、動きに切れが無くなり始める。
互角だった戦いも、徐々にベネジクトの勢いが増してくる。
既にカウンターを放つ余力も無くなってきていた。
負けを直感しつつも、レーナは逃げられないかどうか考えていた。
何とか、ここを逃げなければ。
その時、
「はぁ…ここまでか」
いきなり、攻撃を止め、ため息をつく。
どうしたのかと、訝し気な表情で見るレーナ。
しかし、助かった。
このままベネジクトが攻撃し続ければ、負けていたかもしないからだ。
「其方、良く戦うな。我も久々に戦って、疲れた」
「疲れた?」
首を傾げるレーナ。
一方のベネジクトは肩を回しながら、身体を解す仕草を見せる。
疲れていたのは、自身だけかと思っていたが、公爵であるベネジクトも疲れていたと言う事か。
確かに、よく見れば、ベネジクトの額には、少量の汗が浮かんでいた。
「我と五分五部で戦う者は稀だからな。すっかり体力が衰えておる」
そう言って、ベネジクトは懐を漁る。
「故に、これを使わせてもらう。卑怯と思うな」
取り出したのは、小さめの袋。
その袋は何か分からないが、水が詰まっているように見える。
ここで、水分補給?
ゴク…ゴク…ゴク…。
そこで、ベネジクトは袋の口を開け、一気に中身を飲む。
見る見るうちに、袋の中身が減る。
飲んでいるのは水……ではない。
はっきりとは確認できないが、ベネジクトの口元には赤い水が垂れていた。
そして、少しだけ漂う鉄の匂い。
間違いない。
あの袋の中身は、血だ。
血だと分かり、レーナは、ハッとする。
そうかベネジクトはヴァンパイア。
吸血の魔人。
血を飲んだと言う事は、
「ふぅ…」
すっかり袋の血を飲み干し、一息つくベネジクト。
一息ついたベネジクトからは、先程まで感じられなかった覇気を感じる。
纏っている魔力も、膨れ上がる。
明らかに、血を飲む前と比べ、強くなっている。
心なしか、ベネジクトの赤い髪の毛が、さらに赤く光っているように見える。
血を飲む前も十分強さは伝わっていたが、今のそれの比では無い。
ベネジクトは最大限の警戒をするレーナを見て、赤目をギロ…と向け、ニヤケる。
三回戦目が始まる。




