10. いらすとれーしょん。
”ようこそ”。
ひまわりさんの持つタブレット端末の画面には、こう表示されています。
世界的に有名な米国発のITブランド『Ringo』社の11インチタブレット。洗練された美しいデザインのハードウェアに最先端のソフトウェアシステムを搭載した、世界中で高い評価を受けている人気製品です。
当然、そのお値段も決して安価ではなく、むしろ一定上の財力を持つ人でないと手にすることすら叶いません。
にも、関わらず。
いまタブレットの画面に悠々と指を這わせているのは、万年金欠のズボラニートです。
「さっすがはRingo製。やっぱし、UXの質が違うね…」
UX。さして意味も分かっていないくせ、横文字に憧れて言いたくなっちゃうお年頃なのでしょうね。
もっとも、彼女は25歳ですが。
日間賀ひまわりさん。25歳。
ITの知識はおろか、いまだに”E.T.”との区別すらついていないような残念な社会人──もとい社会人未満です。
むろん、そんな彼女が高級なRingo社製タブレットなど買えるはずはなく、いま手にしている端末はご両親が彼女のためにと購入したものです。
実はひまわりさんは幼い頃からイラストを描くのがお好きなのですが、それを知っていたご両親が”Ringo社のタブレットなら本格的にできるから”という理由で選んでくれたのです。しかも、一本二万円もする『Ringo Pencil』(専用のスタイラスペン)とのセットで。
ですが、”本格的”なイラストを描くには、相応の才能と何よりも努力が必須です。半端な覚悟でやっていけるほど甘い世界ではありません。
はたして、ひまわりさんの画力は如何ほどなのでしょうか──。
「イラストアプリをダウンロードして、Ringo Pencilを持ったら…。いよいよ私も絵師デビューだね!ヒュー!!」
ずいぶんお手軽な絵師もいたものです。先が思いやられます。
「まずは好きなキャラを描きたいよね…。せっかくの記念すべき一枚目なんだから、やっぱりここは私の推しこと”ひなたん”を描くべきでしょ!よっしゃ決まり!」
アニメ『魔法少女グレア』の主人公・朝日ひなたのイラストを描くことに決めたひまわりさん。
自分のお気に入りキャラなだけあって、その気合いは十分。普段ダラダラゴロゴロしている人とは思えぬほど、凄まじい集中力でペンを走らせてゆきます。
「手と顔のバランスは確かこんな感じで、コスはこんなデザインで…キュートなパッチリおめめを描き込んで…うんうん、いい感じなんじゃない?私って神絵師のタマゴなのかも」
”神絵師のタマゴ”がそんな自然発生的に生まれるわけありませんが、自分の絵に自信を持って楽しんで描くのは素晴らしいことです。
もっとも、肝心要の画力が伴っていれば。の話ですが…
ですが……
いや。
こうして文章越しに皆様にお伝えするのがかなり難しいのですが、ひまわりさんの画力はちょっと想定を下回ると申しますか…ハッキリ言って”画伯”ですね。
ひまわりさん本人は”完璧な朝日ひなたが描けた”と誇らしげです。なのに、なんでしょうこの違和感は。
デッサンが狂っているせいでしょうか。キャラクターの目だけを異様に大きく、その他のパーツを小さく描いてしまっているので人ならざるモノに見えるのです。
これは魔法少女ではなく、モンスター。
「よし。線画ができたら、次は色塗りか…」
いやいや。
まずは、もう少し線画のクオリティを上げてからにしませんか?今の状態で色を塗っても抽象画にしかなりませんよ?
どうか自身の絵のアバンギャルドさに気が付いていただきたいものです。
「色…ってどうやってつけるんだ?”影”とか”ハイライト”とかよく聞くけど、どんな風にイメージすればいいんだろう。いつも線だけの絵ばっかり描いてきたから全然わかんないや」
なるほど。色の塗り方、特に影の付け方が分からないというのは、イラスト初心者のあるあるかもしれません。
まぁひまわりさんの場合、それ以前の問題な気もしますが。
すると、ひまわりさんはスマホを開いて動画アプリ『YuzuTube』を立ち上げました。
どうやら文明の利器を活用するようです。
「たしか、前にルナちゃんがひなたんのイラストを描いてる動画があったんだよ…。あのメイキング分かりやすかったから、ぜひ参考にさせていただきたい。えっと、どこだったかな…」
あった!
しばし画面をスクロールしたのち、ひまわりさんは唐突に歓喜の声を上げました。
”ルナルナがひなたんを描いてみた!【イラストメイキング】”
ひまわりさんが見つけた動画にはこのようなタイトルが付されていて、自称・”魔法少女系YuzuTuber”のルナルナさんが朝日ひなたのイラストを描くという内容です。
コレはいわゆる「描いてみた』系動画と呼ばれるもので、早い話が画力に覚えのある方々がネット上でその腕前を自慢するための”場”だったりします。
もちろん、ルナルナさんだって優れたイラストスキルをお持ちのはずです。
「みなさーん!ごきげんヨーゼフ!魔法少女系YuzuTuberのルナルナです☆ 今回は、私も大・大だーいすきなアニメ『魔法少女グレア』の健気で可愛い主人公、ひなたんこと朝日ひなたを描いてみたいと思いまーす♪」
動画冒頭、まずはいつも通りの謎の挨拶をしたルナルナさん。
そして、画面が切り替わりお絵描きアプリの白紙が表示されると、そこに滑らかな線画が描き出されていきました。どこぞの自称・”神絵師のタマゴ”のそれとは比較にならないほど完成度の高いイラストです。
これは才能の差か、努力の差か。はたまた両方か。
「うん、線画はこんな感じかな。皆さんどうでしょうか??」
「次は色塗りですね〜。このアニメ特有の色使いを頑張って再現したいと思います!!」
「お!影をつけたら急にイラストが活き活きしてきたよ〜!」
「ついに…完成☆ やったー!!」
テレレッテッテレー。
軽快なSEとともに、画面上にカラフルな紙吹雪のエフェクトが表示されました。ルナルナさん作の朝日ひなたのイラストが完成したようです。
ステッキを持った右手を前に突き出し、魔法の呪文を詠唱する朝日ひなたのイラスト。
キャラの等身バランスや全体のパースが正確なのはもちろん、複雑なコスチューム・ステッキなどの小物も細部まで細かく描き込んであり、その躍動感といったら一枚絵とは思えぬほどの迫力です。
これぞ絵師、いえ神絵師のイラストではないでしょうか。
先ほどまで自分の絵に自惚れていたひまわりさんも、ようやくイラストの世界の厳しさを知るに至ったようです。
「あ、れ。私が描いたひなたんと、ルナちゃんが描いたひなたん。違いすぎじゃ…?」
そうです。違い過ぎです。
天と地くらい、神と人間くらい大きな隔たりがあります。
「き、きっとアレだよね。ルナちゃんは魔法のペンを使ってるんだもんね。魔法少女だもんね」
「なお!今回使用したツールはRingoの11インチタブレットとRingo Pencilです。やっぱりRinogo製品の使い心地は最高ー!」
「え…私と同じやつ…なの?」
「この動画を見てくれた皆んなも、ぜひ楽しくお絵描きしてみてね♡ 以上、ルナルナでした!倍倍バイバーイ☆」
「倍倍…バイバーイ……」
ルナ語(ルナルナさんが動画中で使う謎の単語のこと)をやまびこのように繰り返しながら、固まってしまったひまわりさん。
同じツールを使っているにも関わらず、わずか数十分の動画の中でルナルナさんが描きあげたのは圧倒的な完成度のイラスト。
自身の素人っぷりや絵師の世界の厳しさを見せつけられ、つい先ほどまでの楽しいお絵描きタイムはどこへやら。今のひまわりさんの表情は失意に満ちています。
この小説の展開としては主人公のひまわりさんにはここで諦めたりせず、むしろ神絵師になるぞ!と奮起して頂けたら最高なのですが。
当然、終身おわニートの彼女がそんな情熱を持っているはずはなく。
手にしたRingo Pencilを悲しげに見つめながら、ひまわりさんは呟きます。
「ごめんよ、私のRingo Pencil…君を活かしきれなくて」
コトン。
ひまわりさんはペンを机に置き、タブレットの画面を閉じてしまいました。もうイラストに対するモチベーションを完全に喪失してしまったようです。
最終的にはこうなるだろうとは思っていましたが、まだ一枚目でしかも色も塗らずにとは。これいかに。
あまりにも諦めが早すぎます。
Ringoさん。ひまわりさんでも使いこなせるような魔法のスタイラスペン、開発して頂けないものでしょうか。




