9. めいっこ。(2)
「す、すぐ片付けるから…。ぷーたろーの…お姉ちゃんが…」
可哀想なひまわりさん!
姪っ子からの辛辣な言葉を受け、涙目になりながら床に散乱したゴミを拾っています。
しかし、普段ロクに掃除をしないひまわりさん。その手際はお世辞にもよろしいとはいえません。
例えば、せっかく空のペットボトルを拾ったと思ったらそれを机に置いただけ、ゲームコントローラを片付けようとして充電ケーブルに足を引っ掛ける、倒れたフィギュアを元の位置に戻そうとするも肝心の置き場所がない──などなど。
これは汚部屋住人あるあるなんでしょうけれでも、”そもそも片付け方が分からない”という現象なんだと思います。
片付けようにも片付けられない、そんなある種のジレンマでしょうか。
すると。
「ちょっと、お姉ちゃんどいて!私が代わりに片付けてあげるから」
一向に掃除が進まないのを見かねたなっちゃんが、ひまわりさんの眼前で仁王立ちをしながら言い放ちました。
なんとも頼もしい10歳です。
「ありがとう、なっちゃん。気持ちは嬉しいよ。だけど…」
「だけどもヘチマもない!!私みたいな子どもに片付けさせるのは…とか考えてるんだろうけど、このままお姉ちゃんに任せてたら日が暮れちゃう!」
「え、いや…そんなことは…」
なっちゃんのあまりの剣幕にオロオロするひまわりさん。先ほどまでは辛うじて保っていた歳上のお姉さんとしてのメンツも、いまや丸潰れです。
ほら、どいたどいた。
狼狽するひまわりさんを押しのけ、なっちゃんは散らかり放題の混沌とした部屋と対峙しました。
いつの間にやら腕を捲って髪も纏めて、おかたづけ準備万端です。
「いい?まず、片付けっていうのは”余計なものを捨てること”から始めるの。お姉ちゃんみたいにただゴミを拾ってるだけじゃ意味ない。ちゃんとゴミ箱に入れなきゃ」
そう言って、なっちゃんはひまわりさんが机の上に放置していたペットボトルを、ゴミ箱へと捨てました。
もちろん。ラベルを剥がし台所へ持って行って中を濯いでから、です。
「つぎに!ゲームのコントローラーを片付けるのはいいけど、その戻し場所がコレじゃどうしようもないよ。見て、コードがグシャグシャ!!」
なっちゃんはデスク脇に設置されたゲーム機の周辺を指差しました。
タコ足配線状に繋げられた充電ケーブルが幾重にも絡み合い、もはやどれがどのケーブルなのか判然としません。おまけに埃も発生していて、火災になる危険すらあります。
なっちゃんが呆れ顔を示すのも当然の状態です。
「コード類は絡まないように輪ゴムやクリップで留めておくの。そうすれば…ほら!」
机の上にあった輪ゴムを使って次々にケーブルを束ねていくなっちゃん。ついでに溜まった埃や汚れも隅々まで拭き取る匠っぷり。
おかげで、ひまわりさんのデスク環境およびゲームプレイ環境は見違えるほどになりました。
その驚くべきビフォーアフターに、ひまわりさんは嘆息を溢します。
「す、すごい。なんということでしょう…」
「ちっち。驚くのまだ早いよ、お姉ちゃん。こっからがお片付けマイスター、日間賀なつのホンリョウなんだから!」
胸に手を当て、高らかに宣言してみせたなっちゃん。
確かに小さき匠・なっちゃんの本領発揮はまさにそれからのことで、世紀末のごとく荒れ果てていたひまわりさんの部屋は瞬く間に整頓されていきました。
毛布の上に脱ぎ散らかしてあったパジャマは畳んだ上で、ベッド近くのカラーボックスへ。毎日着るパジャマは手に取りやすいところに置くのが良いのだそう。
机の上や床に散乱していた本や漫画は、ジャンルごとに並べて本棚に収納。背表紙に統一感が出たことで見栄え・使い勝手ともに良好です。
そのほか必要なものとそうでないものを仕分けたり、小物などを一箇所にまとめて保管したり。
とにかく要領良く、テキパキと整理整頓をこなしていったなっちゃん。その手際の良さには目を見張るものがあります。
どこぞの”お姉ちゃん”とは雲泥の差です。
そして、ついに──
「はい!ここにコレを置いて完了っと」
『魔法少女グレア』のキャラクター・朝日ひなたのフィギュアを片手に、なっちゃんは一息つきました。
このフィギュアはつい先刻まで部屋の隅っこで埃を被って放置されていたもので、なっちゃんの手によって綺麗に拭き上げられたのち、これまたなっちゃんの手によって綺麗に生まれ変わったデスクの上に飾られました。
ピースサインポーズを決める朝日ひなたの表情も、心なしか晴れやかに見えます。きっとフィギュア本来の舞台に立てて喜んでいるのでしょう。
もちろん、かの汚部屋が見事な大変身を遂げたことに感激しているのは他の誰でもなく。この部屋の主人にしてカオスの元凶、ひまわりさんです。
すっかり片付いた自分の部屋を見て周ったのち、興奮気味に口を開きました。
「これが、ホントに私の部屋…!?なんということでしょう、なんということでしょう…!」
「どうよお姉ちゃん!見違えたでしょ?」
「”見違えた”なんてもんじゃないよ。もう別世界だよ。まるで魔法だよ!ありがとう、なっちゃん!いや…お片付けマイスター様ぁ!!」
「ま、まぁ、私にかかればコレくらい朝メシ前って感じだし」
ひまわりさんからベタ褒めされつつも、毅然とした態度で素っ気なく応じるなっちゃん。しかし、その表情には照れの色が浮かんでいます。
どうも素直になれないだけで、根はとても良い子ですね。
「お姉ちゃん。”片付け”っていうのは終わった後も綺麗にしておくのが大切なんだからね。次、私が来るときもキチンとこのままにしておいてよ?」
なっちゃんはひまわりさんの方へと向き直り、部屋の保全について釘を刺しました。
けれども、ひまわりさんはなっちゃんが”次、私が来るとき”と言ってくれたこと──つまり、また来る言ってくれたことが心底嬉しいようです。
なっちゃんの小さな手を取り、声を弾ませて言います。
「部屋も綺麗になったことだし、一緒にグレア観よう?お菓子とか食べながらさ!」
「じゃあ…うん。観る」
コクリと首肯してみせたなっちゃん。それから、ベッドにひまわりさんと横並びで腰掛けました。
どことなくソワソワしているのが可愛らしいです。
「よし観よっか。あ、その前に忘れてはいけないのが…ポテチ!」
ご両親には内緒でストックしているポテトチップスを用意し、ひまわりさんは悪戯っぽく笑ってみせました。
まったくニートの分際で何てものを買い込んでいるのでしょう。
「コレね、この間コンビニで買った新作のポテチ、”魅惑のチキン味“。では、いざ実食!」
ひまわりさんはポテトチップスの袋の端を掴み、袋の口を開けました。
しかし、勢い余って…。
「あ…!!」
力任せに開封したせいで袋が大きく裂け、中から飛び出したポテトチップスが弧を描いて空中を舞いました。
そして、パラパラという音とともに床に散らばってゆきました。
いま、この部屋はポテチの海と化したのです。
「あ…ごめん、なっちゃん。せっかくのポテチ、ほとんど溢しちゃった」
「……」
「なっちゃん?」
「…さっきお片付けしたばかりなのにっ!!」
なっちゃんは頬を膨らませ、ひまわりさんを睨めつけています。
必死に掃除したのをこうも簡単に汚されては、その怒りもごもっともです。しかも、当のひまわりさんはポカンとしているのですから余計に腹立たしいというもの。
なっちゃん──いえ、”お片付けマイスター”さん。本当にお疲れ様です。
<めいっこ。・おわり>




