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8. めいっこ。(1)

よく晴れた日曜日の朝。

滅多に来客のない日間賀家に、ある少女とその母親がやって来ました。


「ああ、いらっしゃい。なっちゃん」


ちょうど家の中の掃除を終えたばかりのあけみさんが、玄関先で愛想よくお出迎え。傍では夫であるそういちさんが優しく微笑んでいます。


そんな柔和で温かな日間賀夫妻がこの日、一時的に預かることになった少女。それは日間賀なつちゃん<10歳>、通称・なっちゃんです。

彼女は、そういちさんの妹・はづきさんのひとり娘で、日間賀家のある東京都日野市のお隣・府中市に住む小学三年生の女の子です。

最近は少し難しいお年頃のようで、お母様のはづきさんにも反抗的だったりするようです。


「ほら、なつ。今日お世話になる、そういち叔父さんとあけみ叔母さんよ。ちゃんとご挨拶しなさい」


はづきさんがなっちゃんの肩をポンと叩き、挨拶を促します。


しかし。


「……にちは」


ボソッと無愛想に口を開いたなっちゃん。

どうやら「こんにちは」と言ったつもりのようですが、これでは伝わるものも伝わりません。まるで不良の挨拶です。

ハッキリいって可愛げのない子、といった印象です。


「ふふ、少し恥ずかしがり屋さんなのかしらね?そんなに緊張しなくても大丈夫よ」


「うん。あけみさんの言う通りだ。ゆっくりしていきな」


日間賀夫妻はあくまで穏やかに受け流していますが、表情には少なからず戸惑いの色が伺えます。

そんな二人の様子を察したはづきさんも、「ごめんなさい、生意気な子で」と冷や汗がちに夫妻に頭を下げています。


一方の当人・なっちゃんはというと、そっぽを向いて知らん顔をしているのですから実はなかなか逞しい子なのかもしれません。


「では、すみません。本日は娘をよろしくお願いしますね。夜8時くらいまでには迎えに上がりますので」


はづきさんはそう言うと、腕時計を見ながら軒先に控えていたタクシーに乗り込み、慌ただしく行ってしまいました。


そんな忙しない彼女のお仕事はフリーランスの記者で、日々津々浦々を飛び回りながら多様なジャンルの記事を書いています。このあとは都心の会場で行われる汚職政治家の謝罪会見へと向かうようです。

いつも多忙なキャリアウーマンのはづきさんですが、実は少し前に離婚をしたばかりで、娘のなっちゃんを一人で育てるシングルマザーでもあるのです。


このような事情もあり、兄夫婦である日間賀夫妻が一日なっちゃんを預かることになったというわけです。


取材へ向かうはづきさんを見送ったのち、あけみさんは何かを思い出したようになっちゃんに話しかけました。

その口調は柔らかく丁寧で、あけみさんの人徳を表しているかのようです。


「あのね、なっちゃんに紹介したい人がいるの。叔母ちゃんの子なんだけど、ぜひ仲良くしてあげてほしいな」


あけみさんの言う”紹介したい人”というのは、もはやわざわざ触れるまでもなく。今までのエピソードでだって散々その自堕落っぷりを披露してきた、かの汚部屋ニートです。

果たしてあのような駄目人間の見本を、将来あるなっちゃんに近づけていいのでしょうか。ましてや、”仲良く”だなんて。

少女に思わぬ悪影響が生じてしまわないか、不安でなりません。


「ウチもなっちゃんと同じ一人っ子なのよ。だからいろいろ話が合うと思うんだ」


「……」


「それにね、あの子はアニメが大好きで。ほら、なっちゃんも見てるんでしょう?魔法少女なんとかっていうの」


と、あけみさんはなっちゃんの手元を見遣りながら懸命に話しかけています。

その隣で相変わらずダンマリを決め込むなっちゃんですが、彼女の持つカバンには確かに『魔法少女グレア』に登場する『星野ひかり』のキーホルダーが。

これは、某ニートとなっちゃんの意外な共通点かもしれません。


その後、あけみさんに手を引かれて二階のとある部屋へと案内されたなっちゃん。

向日葵のシールが貼られたドアの前に立つと、中からアニメの音声が漏れ聞こえてきて少し驚いたような表情を見せました。

どうやら部屋の主は『魔法少女グレア』をご鑑賞中のようです。


「ひまわりちゃん?姪っ子のなっちゃんが来てるの。ちょっと遊んであげて」


ガチャッ。


あけみさんの呼びかけに応じるようにドアノブを捻る音が響き、皺だらけのスウェットにヨレたパーカーというだらしのない出立ちの女性が顔を覗かせました。


彼女の名前は、日間賀ひまわりさん。25歳。

そういちさん&あけみさんご夫妻の一人娘で、いまだに実家のある地点から半径1キロ圏内で生活する究極の怠け者です。

本来、なっちゃんのような前途洋々の少女には、決して触れさせてはいけない存在なのですが。


「あ、初めまして。なっちゃん。ひまわりです」


子ども相手なためか、普段よりも明るめな声色のひまわりさん。その面持ちもいつになくニコニコしています。


そして、


「あ!ソレ!!ひかりたんだよね!?もしかしてグレア、好きなの!?」


なっちゃんのカバンについた『星野ひかり』のキーホルダーを発見するや否や、ひまわりさんはさらに喜びを爆発させました。

こんなテンションの高いひまわりさん、見たことがありません。怖いくらいです。


すると。

下を向いていたなっちゃんがようやく顔を上げ、小さく答えました。


「ま、まぁ…一応。グレア、流行ってるし」


素っ気ない返事ではありますが、これまでほぼ口を利かなかったなっちゃんがちゃんと喋ったのはこれが初めてです。

表面上はつっけんどんな態度を取りつつも、何だかんだ内面はまだまだ純真な少女。同じアニメが好きな同士の登場に思わず嬉しくなってしまったのでしょう。

ただ、その”同士”は15歳も歳の離れた大きな大きなお姉さんですが。


「ねえ、なっちゃんはグレアでどのキャラが好き?キーホルダー持ってるし、やっぱりひかりたん??」


「違う。これは友達とお揃いで買っただけだから。本当はひなたんが好き。いつも元気いっぱいで何があってもめげないし」


「なっちゃぁん!いいねぇ!せっかくだし、お姉ちゃんと一緒にグレア見よ?どうかな??」


「…別にいいけど」


「やったぁ!!お姉ちゃん嬉しいな!私たちはぁ♪めくるめくぅ運命のなぁかで♪」


なっちゃんの手を取り、上機嫌で『魔法少女グレア』の主題歌を口ずさむひまわりさん。一方のなっちゃんも迷惑がるどころか、満更でもなさそうです。

どうやらこの二人、意外と相性抜群なのかもしれませんね。


そんなやり取りを微笑ましく見守っていたあけみさんは、二人が仲良く部屋に入っていくのを見届けてから静かに呟きました。


「良かったわ。なっちゃんとひまわりちゃんが仲良くできそうで。年齢的にちょうどピッタリだと思ったのよね」


このあけみさんの発言に悪意があるかどうかは、さておき。


つい先ほどまでは冷たい態度だったなっちゃんが急激に心を開きかけているのですから、ひまわりさんの功績は大きいです。

いつも引き篭もってアニメばかり見ていたのは、こういう事態を見越してのことだったのですかね。


「お邪魔します」


すっかりお行儀が良くなったなっちゃんは、畏まった態度でひまわりさんの部屋へと足を踏み入れました。


が、途端──


「な、なに…これ…」


なっちゃんの表情が、みるみる強張っていきました。


少女が衝撃を受けて棒立ちになってしまったワケ──それは、目の前に広がった光景があまりに悲惨なものだったからです。


脱ぎ散らかした靴下、ポテチやらチョコレートやらの食べこぼし、所狭しと散乱しているゲーム機や漫画雑誌。加えて、食べ終えたカップ麺の容器や空のペットボトル、鼻をかんだティッシュ等のゴミも至る所に放り投げられています。

そんな無法地帯の汚部屋は、年頃の女の子の目にはあまりに苛烈に映ったのでしょう。


わなわなと体を震わせながら、なっちゃんは言います。


「なんなの……このカオス!!まるで、ぷーたろーの部屋じゃない!」


…いや、なっちゃん?

何もそこまでハッキリと…。私でさえもう少し自重しているというか、オブラートに包んで物を申し上げていますよ。


そもそも”カオス”や”ぷーたろー”だなんて言葉、一体どこで覚えたのでしょうか。お母様が記者さんなので、いろいろとボギャブラリーも豊富なのでしょうか。

いずれにせよ。かなりの毒舌少女現る、です。


「え、えっと…ごめんね?す、すぐ片付けるから…。ぷーたろーの…お姉ちゃんが…」


ああ!なんと哀れなひまわりさん!!

先ほどまでの元気をすっかり失い、息も絶え絶えの満身創痍。突如として少女から発せられた言葉の猛撃を受けてボロボロです。


こうして第三視点から勝手にアレコレ言っている私を除いては、これまで誰一人としてひまわりさんに喝を入れてこなかったわけですが、ここへ来て思わぬ伏兵が現れたようですね。


なっちゃん、恐ろしい子。



<つづく>

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