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11. はやおき。

チロチロチロ──。

時刻は午前6時。東京都は日野市にある日間賀家にて。

ベランダの柵にとまった小鳥のさえずりが、一日の始まりを爽やかに告げています。


朝です、朝ですよ。起きてください、ひまわりさん!


「……」


へんじがないただのしかばねのようだ。

…そりゃそうです。この万年レベル1の最下級ニートが、こんな早朝に目を覚ますはずがありませんね。


「…ん、んぅ。もう朝か…」


え?

ちょ、ちょっと待ってください。いつもなら昼過ぎまで死んだように眠っている、ただのしかばねがこんな早朝に口を聞いた!?

…いえ、今のはきっと寝言でしょう。失礼いたしました。


「うーん…!って、あれ?なんか窓の外、薄暗くない?え、朝の6時!?めっちゃ早起きしちゃった!?」


枕元にあった時計の針を見て、ひまわりさんは素っ頓狂な声を上げました。

どうやらこんな早朝に目覚めたことに驚いているのは、他でもない”ただのしかばね”自身のようです。


そして。

おもむろにベッドから起き上がり、部屋のカーテンを開けたひまわりさん。窓の外に広がった茜色の情景に感嘆の吐息を漏らしました。


「すご…朝焼けだ。綺麗。こうやって生で見るの初めてかも。ネットのタイムラプス動画とかではたまに見るけど」


25年間生きてきて、一度も朝焼けを見たことがない。衝撃の事実です。

朝の早起きが必須であるはずの学生時代はいったいどうしていたんでしょうか。毎日寝坊していたというのでしょうか。

ひまわりさんならあり得そうな話ですが。


いずれにせよ。今日見た景色がひまわりさんの琴線に触れたのは間違いないようです。

早起きは何とかの徳ってやつでしょうか。


「せっかくだし、このままお花に水やりでもしてこよーっと」


!!

なんと、二度寝をすることもなくお花に水やりとは。

いったい今日のひまわりさんはどうしてしまったのでしょう。異常事態です!!


「さ、行きますか。愛しのお花さんたちの元へ」


パジャマから部屋着へと着替えて自分の部屋を出ると、ひまわりさんは階段をつたって玄関へと向かいました。

まだ眠っているご両親を起こさないよう、忍足で。そして、玄関のドアを開ける時はそーっとゆっくり。


ええ、そうです。

今日のひまわりさんは会社勤めのご両親よりも早くから起床しているのです。

繰り返します。これは異常事態です。


玄関を出て庭先にある花壇の前に立ったひまわりさん。その手には水道から繋がったホースを持っています。


「みんな、おはよう!いい朝だね。今から私がお水をあげまーす。欲しいひとー!」


ハーイ!ハイハーイ!!

…なんて。花が答えるはずはありませんが、まるでそんな声まで聞こえてくるような。


今日の朝はとても清々しく、ひまわりさんの表情も見たことがないくらい晴れやかです。それに、不思議と庭先の花壇に植った花々もいつにも増して活き活きして見えるのです。


「なんだか朝は空気が美味しいような気がするなー。色んなことが上手くいきそうな予感。水やりが終わったらコーヒーでも飲んで、それからちょっとストレッチでもしようかな」


あの。

これ、本当に『ひままひ。』ですよね?

つい前話までの、暇という暇を持て余したグウタラニートの主人公はどこへ行ってしまったのでしょう。

私の知らないうちに主人公が交代したんですか?いま見ているのは、実は日間賀ひまわりさんではないのですか?あるいは、大胆なテコ入れによるキャラ変ですか?


ひまわりさんはホースを使って花壇へ水を撒いたのち、花々に向かって小さく微笑みかけました。

そして、ウーッと。朝日を浴びながら背伸びをして、家の中へと戻っていきました。

その悠然たる足取りからは、かつての”ただのしかばね”だった頃の面影はまるで感じられません。今やレベル99の勇者です。


何度でも言います。これは異常事態です。


「さて。水やりも終わったし、エスプレッソでも飲みますか」


独り呟きながら、ひまわりさんはキッチンにあるコーヒーマシンのスイッチを押しました。


コポコポ…。

マシンの中でコーヒー豆が焙煎され、辺り一帯に芳醇な香りが広がります。

その香りを静かにじっくりと堪能するひまわりさんは、もはや完全にデキる大人のオーラを纏っています。


「できた。うん、いい匂いだねぇ」


淹れたてのエスプレッソが入ったマグカップを片手に、ダイニングルームの椅子へと腰を下ろしたひまわりさん。

ふー、ふーと。熱々のコーヒーを少し冷まし、ゆっくりと啜ります。


「…美味しい。モーニングコーヒーって最高。これからも毎日がんばって早起きして飲もうかな」


いや、それ。

もう立派な朝活じゃないですか、ひまわりさん。


朝早く起きれるようになって、やがて荒んだ生活習慣も改善して、ひまわりさんが一角の立派な社会人に。

もし実際にそうなれば、とても素晴らしいことだと思います。


ですが。

少しばかり寂しいような気がするのはなぜでしょうか。ニートあるいはパラサイトシングルなんて、一刻も早く卒業するに越したことはないのに。


チロチロチロ…。

窓の外では相変わらず小鳥がさえずっています。

ひまわりさんはその様子を見つめながら、嫋やかな微笑を浮かべています。


「おはよう、小鳥さん。素敵な一日の始まりだね」


ああ。

あなたは本当にかつての日間賀ひまわりさんではないのですね。

朝焼けの美しさを知った、いえ知ってしまった。25歳、正真正銘”オトナの日間賀ひまわりさん”なのですね。


ようやく蕾が花開いたようで、私は感無量です。とっても嬉しいです。

ええ、本当に…。


チロチロチロ……ピロリン。


朝日をいっぱいに浴びながら、小鳥は唄い続けています──って、アレ?

いま、”ピロリン”っていいませんでした?


ピロリン、ピロリン、ピロリン!


やっぱり。

けたたましく”ピロリン”っていってますよ。小鳥の鳴き声というより、何かの電子音みたいなサウンド。

どこかで聞いたことがあるような、身近な音です。


ピロリン、ピロリン、ピロリン…ピロリン、ピロリン、ピロリン!


あ、これ。スマホの着信音ですね。

先ほどまで聞こえていた小鳥の美しいさえずりはピタリと止み、代わりにこの電子音が鳴りまくっているのです。

いったい何が起こっているのでしょうか──。


答えは、単純明快です。


「…ん。電話ぁ…お母さんからだ…」


毛布に包まり、寝ぼけなまこでスマホの画面を確認するひまわりさん。

もはやここにはモーニングコーヒーもなければ、デキる大人なひまわりさんも存在しません。”ただのしかばね”が横たわっているだけです。


そう。

全てはひまわりさんの夢だったのです。


「ふぁ〜あ…。もしもし。お母さん、どうしたの?」


ひまわりさんは大きく欠伸をしつつ、お母様からの着信に応じました。


すると、電話の向こうでお母様のあけみさんが軽くため息をつくのが聞こえてきました。どうやら、いま目を覚ましたらしい娘に呆れているご様子です。


「ずいぶんお眠だったのね、ひまわりちゃん。もう夜の6時よ」


「え…。夜の6時!?朝のじゃなくって?」


「違うわよ。ひまわりちゃんが朝の6時にだなんて、そんな早くに起きた試しがないでしょう」


「いや今日は確かに朝の6時に起きたはず…。だって、庭のお花に水あげて、それからモーニングコーヒー飲んで…。あれ?私のエスプレッソはどこ?」


「もう。寝ぼけちゃってるのね。顔洗ってらっしゃい」


「ち、違うんだよ、お母さん。さっきまで本当に朝活してたんだから…」


「わかった、わかったから。それよりお願いがあるの。このあと雨が降るみたいだから、庭に干してある洗濯物を取り込んどいてもらえる?いい?」


「うん。でも、朝起きれたのは本当の話で」


「はいはい。そういうことにしておきましょうね。ひまわりちゃんは朝起きれるようになりました。偉い偉い」


じゃあ、洗濯物は頼んだからね。

最後にそう念押ししてからあけみさんは通話を切りました。どうやら娘の話も記憶力も信じていないようです。

まあ、ごもっともなのですが。


「素敵な夜だね、小鳥さん。って、いないか…」


日の落ちた空に暗雲が立ち込める窓の外を眺めながら、ひまわりさんは呟きました。その面持ちはひどく哀愁に満ちています。


さて。

夢オチと相成ったいま、訂正させていただきましょう。

これは異常事態ではありません。日間賀ひまわりさん、本日も平常運転です。

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