そして変わったもの。
「……結構あっさりだったな」
「アクセルは良かったのですか?アクセルにも賠償金をと仰ってくださったのに断っちゃって」
「旅の軍資金なら今朝教皇の部屋で勝手に貰った」
それ泥棒では……?!と、回廊を歩きながら声を抑える。
いやでもアクセルにとっては確かに欺したのも監禁したのも教皇様と大聖堂だから、そこから直接賠償金代わりに貰うのは皇帝陛下から頂くよりある意味正しい……?正しいのかな。でもアクセルの国から教皇様は大金を騙し取ってたし、アクセルは聖典の旅でもよくやってたし相手は教会だし良いよね。
「そういえば、アクセルは故郷に着いたらどうするつもりですか?モイも要らないなら、やっぱりそのまま故郷に……」
「あ゛ーー、さぁな。まずは魔物の大発生とやらを止めたらだ。もし本当に滅びた時は雑魚聖女殺してでも聖典で全部変えてやる」
「殺さなくてもあげますよ。アクセル、やっぱり何か聖典を使えない理由があったんですか??」
古代語を読み書きできるアクセルなら私よりもずっと上手くすぐに使えると思ったけど、理由があったなら納得できる。
でもアクセルは背中を丸くしたまま「さぁな」と顔を背けるだけだった。聖典を手に取ったら満足しちゃったのか、それとも魔力暴走したことを気にしているのか。結局、聖典の回帰魔法は使い損ねちゃったらしい。聖典にどんなことが書いてあったのかも結局教えてくれずに今日になった。
取りあえず私にモイを返してくれたのだし、すぐに使う気はないのだろうなと思う。
「私は使い方もわからないままほぼ無条件で使えたんですけど」と言ったけれどそれも無視される。モイの所有者になったのに、相変わらず聖典のことは全くわからない。モイは大事な友達でも、聖典今はただの魔力増幅装置だ。
やっぱり、もともと魔力が弱い私だから聖典と相性が良かったとかだろうか。アクセルだともともと魔力高いから暴走しやすいとか
「ッヴィー!!聞いたぞ親父から!!!もう今回は付いて行くって俺が決めたからな?!!」
「エンヴィー!!私が役立つのよぉぉおおくわかったわよね?!!」
……回廊を抜けて、外へ繋がる扉を出た瞬間だった。
宮殿の正面扉を出た真ん前にニーロとエンヴィーが待ち構えていた。ニーロ、お家なんだからお城に入ってくれば良かったのにと見当違いなことを思う。
いきなり二人が同時に話したから、驚いたのもあって半分ぐらいしか聞き取れなかった。目が瞬きを繰り返してしまう中、二人が「お前一回黙れ」「アンタこそ!」と言い合いながら説明し直してくれるのを聞く。
今日旅に出ることは皇帝陛下様とアクセルにしか話してはいなかった。
ニーロは宮廷魔導師を緊急で六人も遣わしてくれたのお礼と、それと私の使命について撤回されるか心配して皇帝陛下に会いに行ったところで、皇帝陛下から私の旅についても聞いたらしい。
そしてラウナの方は、皇帝陛下に今回の魔物討伐の謝礼を渡すために昨日呼ばれて、……ラウナが謝礼の代わりに私の旅の同行任命を願い出たところで、やっぱり聞いたらしい。
私も、旅については皇帝陛下に意思表示しただけで口止めはしなかったし、二人の言い分を聞くと皇帝陛下も話すしかなかったんだろうなと思う。…………もしくは。
「自由になって旅出たいのはわかるけどなあ?!使命じゃなくても昨日あんなことあったばかりで一人で行かせられるか!!!魔力奪う為に育てられてたの何年も気付かなかったんだぞ?!」
─ 『ヴィーの盾役として同行させてください!!』
そんなこと言ったら教皇様の来たる脅威の大嘘信じた皇帝陛下もニーロも一緒だよ、と。ちょっと思ったけど、飲み込んだ。
目を釣り上げて歯を剥き出しに怒るニーロは、聖典の旅でもよく私を叱った時のニーロの顔で、今はこっちの方が懐かしく思う。…………懐かしく思うのがほんのちょっと寂しくて、嬉しい。
「あの阻害魔法どんだけ大変だったと思う?!一人で魔物十体退治は快挙だって皇帝陛下にもお言葉頂いたんだから!!」
『守るから』
ラウナがそれくらいできるのは最初から知ってたよ、と。それも飲み込んだ。ラウナにとっては私は一回決闘しただけの相手で、魔物と戦っているのを見たことあるわけない。
エメラルドみたいな目をつり上げながら自分の胸をバンバンと叩いて示すラウナは、怒った顔がこっちもやっぱり懐かしい。聖典の旅の始めに自己紹介しながら怒った時にちょっと似てる。
二人の勢いに押されて、一歩二歩と下がってしまった私は最後にドンと扉にぶつかった。いつの間にか閉じられた扉に振り返り、更に距離を詰める二人に背中を反らす。アクセルも煩そうに耳を押さえて一人距離を取っていく中、私は皇帝陛下へと向けたのと同じくらいの勢いで二人に頭を下げた。
「よろしくお願いします……」
私は、何も知らなかった。
アクセルがどんな気持ちであの地下聖堂にいたのかも、教皇様の嘘にも、ニーロがどんな覚悟でいてくれたのかも、ラウナがどんな気持ちで私を見てくれていたのかも、何も。わかっているつもりで、何もわかっていなかった。
私が継承魔法に侵されて、三人とも何の使命も得もないのに助けてくれた。
聖典の旅中はずっと使命だから、私が聖典の封印を解ける神聖魔法を使えるから助けてくれているのだと思ってた。世界の為に、国の為に、使命の為に、私じゃない他の誰かの為に旅を続けて助けてくれているのだと思って疑わなかった。だけど今回は、……ううん、きっと今回〝も〟みんなは、私の為だけに動いて助けてくれた。
何年も仲間達と旅を続けてきても知らないことばかりだったから、今度こそわかりたい。
それが、今私の目の前にいる仲間達の気持ちに応えるだけじゃなくて、…………あの時死んでしまった仲間達の本当の気持ちを知ることにもなるから。
死んじゃった仲間達が世界の為だけじゃなくて私のことを想ってくれていたのなら、私が皆にするべき償いは巻き込まないことじゃなかった。
未来で死んじゃった仲間にも、今生きてくれている仲間にも、過去の私ができる唯一のことは。
今度こそ、向き合いたい。
「わ、私から……お願いします……。にっ……ニーロと、ラウナに一緒に旅に付いてきて欲しいと、こ、こ、これから……お願いに行くつもりでした」
頭を下げたまま、震える拳をぎゅっと握っても声は震えたままだった。
緊張と言葉にならない恐怖が沸いて、訳もわからず涙が出そうになった。顔が上げるのが怖くて仕方ない。
昨夜アクセルにも話した。二人を連れて行きたいと相談したら「好きにしろ」とアクセルも反対しなかった。私には旅の経験と聖典のモイがいて、旅の途中で仲間になる筈だったアクセルが最初からいてくれる。それならまた簡単に死んだりしないだろと、頭の良いアクセルが言ってくれた。
正直、それでもまだ怖い。
私なんかいくらいても戦力なんかにならないし、自分一人しか守れない魔法の方が多い。ニーロとラウナを、アクセルを、モイを私なんかが守り切れるか自信なんかないし、誰か一人でも失ったらと考えるだけで逃げ出したいくらい足が震える。だけど、聖典の旅で仲間達は
この恐怖を、ずっと背負って私と生きてくれていた。
「お、おおおお断りを何度もして失礼だと承知の上で、お願いします……。い、一緒に来てください……。使命もないです。ただ、わた、私が旅に、旅で、広い世界に出たいだけです……。ずずずっと大聖堂で一人で、何も知らなくて……。今度は、一人でも多くの人のお役に立ちたいです……」
一緒にいても怖くても、逃げずに今度こそ見失わないし失わない。仲間達が、命をかけてそうしてくれたように。
今度はもう無茶な旅は絶対しない。使命より何よりも仲間を優先する。私が本当に大事で大好きで失いたくない人達と生き抜くことを一番に考える。
それさえ許してくれるなら、私もちゃんと出会う人達を助ける為にもう一度戦う。今度こそ間に合うようにだって頑張ってみせる。
返事は、すぐになかった。震える喉から歯までガチガチ音を立て始めて、私も顔を上げられなくて、どうすれば良いかわからない。
顔を上げたら三人ともいなくなっちゃってたらどうしようとか、ニーロとラウナの靴が見えているのに思う。だって、頭を下げてからずっと二人とも何も言わないから。
息を飲むような音が聞こえた気がしたのも勘違いか自分の息の音なのか空耳なのかもわからない。瞬きするのにも勇気が必要で、何度も小刻みに口の中を飲み込んで、ようやく覚悟を
「いよっしゃ行こう!!」
「私の町にも寄ってよ!!」
ぐいっ、と。右手を掴まれて左手も両手で握られ引っ張られる。思わず顔を上げれば、眩しい笑顔を向けてくれる二人がそれぞれ手を引いてくれていた。
歯を見せて笑ってくれるニーロも、鼻歌まじりにそのまま手を繋いでくれるラウナも、本当に本当に嬉しそうで。
もう旅支度もできた恰好の二人は、その足取りに迷いなんで一歩もなかった。避難していたアクセルも背中を丸めながらまた近くに来てくれて、一緒に進み出す。二人が引いてくれる太陽の先に目が眩む。
「ヴィー、昨日ので疲れてねぇか?なんなら背中乗るか?次の町までぐらいなら運んでやる」
「おいコラまてなにどさくさに紛れてんだ。その馴れ馴れしさだけ直せ凡族剣闘士が」
「どさくさ、って……ふっる。死語過ぎ。アンタ本当はいくつ??」
ラウナと手を繋いで、ニーロと間に入ったアクセルの背中見て、……好きな景色だなぁと思う。
ずっと後ろを歩いて下を俯いているだけじゃ何年掛けてもみれなかった景色。
足並みが揃う感覚も何年ぶりだろうと思うと涙が出て、反対の手で拭って鼻を啜る。もう聖典もない、使命もない。ただ、私達が一緒にいたいからいるだけの旅で、私達の為の旅だ。
鼻音に気付かれてニーロとアクセルまで同時に振り返る。ぐずぐず泣いてしまったからニーロが心配して、アクセルが呆れたように眉を曲げた。ラウナがハンカチを貸してくれて、私一人がびえびえ泣きながら前へと進む。泣いているのを誤魔化そうと、無理矢理笑って無駄に大きく息を吸い上げて、空に向かって喉を張る。
ここからが、やり直し。
「私……!行きたいところ、たくさんあります!」
全部行こう。返してくれた声が、三種類口調は違っていても同じ意味の言葉が返されてまた感極まった。
足並みが揃う音が続く限り、寂しさなんて一生感じない。
書籍発売致しました!
「純粋培養すぎる聖女の逆行 Ⅰ. 闇堕ち聖女×伝説の聖典」
よろしくお願い致します!




